第四章 噂・その2

「あら、どうしたのヒロキ?」


「いや、ちょっと寒気が」


 不死者であるが故か、何か予感が働いたらしい。痛みも感じるのかどうかわからない身体を軽くさすったヒロキくん、なんとなく上を見あげた。


 音もなく現れたのはボタンの牡丹のような美貌である。場所はヒロキくんの自室。OLさんの魂を無事に地獄界まで運んできたと判断したヒロキくんが笑いかけた。


「ボタンさんお疲れ様。うまく行きましたか?」


「はい。なんとか、周囲に見つからぬよう、あの魂を地獄界まで送りこんできました」


「そりゃよかった。で、余った寿命は?」


「ここにあります」


 と、ボタンが手をだした。OLさんの魂より、かなり小さめの金色の光が手のひらに乗っている。どうやったのか、とにかく寿命を少し削ってきたらしい。


「で、どうすればいいんだ?」


「私が預かっておくわ。明日、学校に行くとき、あのユウキって人に、うまく植えつけておくから」


 狩った魂を戻すのは無理でも、それくらいは閻魔姫にも可能らしい。閻魔姫がボタンに手をだす。


「ボタン、その寿命、渡しなさい」


「では、閻魔姫様、お願いいたします」


「はい。明日、忘れないようにしておかないとね」


 閻魔姫、言いながら寿命の光を受けとって、軽く丸めて部屋の端にひょいと転がした。寿命をである。オカルティストが見たら目を剥く光景であった。


「じゃ、寝るまで、トランプでもやりましょうか?」


「私はかまいませんが」


「ヒロキ、トランプある?」


 あるかどうかも知らないで提案したらしい。ヒロキくんがため息をつく。


「あいにくとねーよ。この前、学校の昼休憩に熱中してたら、気がつかないうちに五時間目のセンセがきて、問答無用でとりあげちまったからな」


「じゃ、買ってきてよ」


「これからか? そりゃ、商店街の百均に行けば売ってると思うけど、もう閉まってるだろ。スマホ持ってるんだからゲームでもやりな」


「あんなの飽きた。人の温もりもないし」


「感心なこと言う娘だな。いまどきの小学生に聞かせてやりてーぜ。じゃ、オセロがあったと思うから、それでボタンさんと楽しんでくれ。俺は宿題があるから。えーとどこだったっけ?」


 ヒロキくんが机の引き出しをあけてゴソゴソやりだした。


「あ、あった。ほれ」


 閻魔姫とボタンの間にオセロを置いて、ヒロキくんが机についてカバンの中身を引っ張りだした。


「それでね、ボタン。あなたがいない間に、アズサって死神がきたのよ。私のこと、迎えにきたんだって」


「あ、そうだったのですか。気づかなくて申し訳ありませんでした」


「ううん、それはいいの。それより、そのとき、ヒロキが、私のこと、助けてくれたのよ。嫌がる私の手を引こうとしたアズサに、『ちょっと待て』って、格好良くって。すごく強くって。ボタンにも見せてあげたかったな」


 パチパチとオセロのコマを真ん中に置きながらヒロキくんの手柄を説明する閻魔姫。なんとなく、好意的な口調だったとヒロキくんが気づいたかどうか。


「そうでしたか。では、アズサに、ヒロキさんのことを知られたわけですね」


「うん。それがどうかしたの?」


「いえ」


「じゃんけんポン。じゃ、ボタンが先ね。あなた、白やりなさい。私は黒。それから、ヒロキって、アズサが魂を狩ろうとしたのに、平気な顔して、アズサをびっくりさせちゃって。しかも大鎌をだしたら、それを振りかぶるより早く、抑えにかかって、一瞬で大鎌をとりあげちゃったな。死神と戦える人間がいるなんて思わなかったから、私、感心しちゃったわ」


 オセロがパチパチうるさいし、聞いててくすぐったいからティッシュを丸めて耳栓をしたヒロキくんが宿題に集中しはじめた。


「それで私、ヒロキのこと、本当に気に入っちゃった。だから、将来のお婿さんにしてもいいかな、なんて思っちゃって」


 聞こえよがしに言った閻魔姫が、ちらっと横目で見ても、耳栓ヒロキくんが振りむいたりは、当然しなかった。それでブーたれる閻魔姫である。


「つまんない。寝る」


 そうとは知らず、なんとか学校のノルマを片付けたヒロキくんが、さ、今日もトレーニングとシャドーはなしにして、お休みタイムに入りましょうと思いながら耳栓を抜いて振りむくと、閻魔姫はジャージに着替えて布団のなかで寝息を立てていた。このへんは小学生である。隣でボタンが閻魔姫の頭をなでていた。


「お母さんみたいだな」


 そういえば、閻魔姫のお母さんって、どういう人だったんだろう。やっぱり、閻魔中王とか閻魔小王なんていう閻魔一族がゴロゴロいて、それで若い者同士で縁談とかあるのかな――などと考えてるヒロキくんのほうをボタンがむいた。


「ヒロキさん、実はお話があります」

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