第十一話 不在
サクラがハシゴを取りに行くついでに、カゴに鳥を入れて連れて来る事になった。
彼はそれをのんびり待っている。
共に旅に来てくれる仲間がいる。
彼にとっては望むべくもない結果だったが、同時に重圧も感じる。
これまではもし失敗しても彼自身の犠牲で済んだが、
これからは失敗するとサクラの命が失われる事になる。
これまでより慎重な行動を心掛けなければならない。
彼が心に誓っている間にサクラが戻ってきた。
鳥数匹に指示をしてカゴを彼の元に運ばせている。
可愛がっているというより、予想以上に便利に使っているなという感想だ。
滝にハシゴをかけてサクラがすいすいと登ってくる。
「待たせたな。」
サクラはそう言って何かを彼に渡す。
木剣だ。非常に軽く、中々に刃先が鋭い。
「さすがに切れないが、突くと刺さる。
護身用に持っておくに越した事はない。私も一振り持っている。」
サクラも木剣を持っている。随分用意が良いが、何故だろうか。
余程怪訝な顔をしていたのだろう。
彼が疑問を口にする前に、サクラが疑問に答える。
「私は剣に少し心得があってな。外に出ようとしていた時に用意した。
二本あるのはただ予備を用意していただけだ。
今作ったわけではないから、鳥はもう増やせないぞ。」
彼が思ってもいなかった方向に解釈したようだ。
「有難うございます。
僕は剣に関しては疎いですが、持っているだけで少し心強いです。
忘れ物とかないですか。」
言ってしまってから随分間の抜けた質問をしてしまったと彼は思う。
我々に忘れるようなものがあるはずがない。
しかし彼の問いにサクラは調子を崩さずに答えた。
「問題ないよ。あの木にもう会う事が出来ないのが残念ではあるけどね。」
こうして二人での旅は始まった。
歩き出して少し経った時にサクラが彼に話しかける。
「スズモリ、ちょっといいか。」
穴での一人歩きに慣れていた彼は、ペースが早かったかと足を止める。
「どうしましたか。」
振り返ってみると、サクラは特に疲れた様子もなく付いて来ていた。
「呼び止めて悪かった。足を止めずに話してくれていい。」
サクラは少し笑顔を見せて先に行くよう彼に促す。
歩くのを再開してすぐにサクラは質問を続ける。
「今、我々は水源に向かっているんだよな。」
彼は当初の目的通り、水流を見ながら水源を目指している。
「ええ。水源を目指しています。
すぐにトラップをどうこうするという訳ではありませんが、
他の人を見つけるにも水源に向かった方が確実なので。」
サクラの問いに対して彼は答えた。
「ここまでに複数の分岐があった。水源に行くならともかく、
誰かに会う事を視野に入れるのであれば、
横に逸れた方が早いという事はないのだろうか。」
サクラの言う事は尤もだ。
少し上流に遡った後、横道に逸れて新しい流れを見つけてしまえば、
そこから下って行った方が早い。
「生存を優先するのであれば、人数が多い方が良いのではないだろうか。
スズモリは私の他にもう一人会っていると言っていたな。
その人は来れなかったようだが、私の他にも共に行ける人員がいるかもしれない。
私とスズモリでの二人旅も悪くないかもしれないが、
出来る限り多い人員で臨めば、何人かは真実に辿りつける可能性がある。
スズモリのこれまでの軌跡を我々だけで終わらせるのは勿体ないよ。」
サクラは先を見据えた提案をしてきた。
彼は良い仲間を持ったと改めて感じる。
「そうですね。サクラさんの言う事が僕も正しいと思います。
少し横道に逸れて仲間を探しましょう。」
水源とは違う道を向かい、仲間を探す旅へと転換することにした。
曲がり角でいつものように草を置く。
「その草は迷った時の道標として置いているのかな。
ちょっと気になっている。もし良かったら教えて欲しい。」
サクラに草を置いている意味を説明していなかった事を、
指摘を受けて初めて彼は思い出した。最早無意識の行為に近いようだ。
「サクラさんに出会う前に会った人が、後から来るのに備えているんです。
誘った時に断られてしまったので、来るとは限らないのですけれど。
もし来た時に何もないと絶対に会えないなと思いまして。」
カレルの事を思い出す。もし来てくれるのであれば、非常に心強い。
「どうせ水音と淡い光以外は何もない道中だ。
良かったらどんな人なのか聞かせてくれないか。」
サクラは彼に問いかける。
彼にとってはカレルの事は是非話しておきたい事だった。
良い機会なので、彼はサクラにカレルについて情報共有しておくことにする。
「前回少し話したけど、その人もサクラさんと同じ太平暦に生きる人でした。
細かくは覚えていないですけど、太平暦300年より少し前の人だったと思います。
カレルという名前の人でした。」
サクラが無言で聞いている様子なので、そのまま続ける。
「僕が着いた時、カレルは凄く驚いていました。
けどすぐに歓迎してくれたのですよね。
名前を名乗ったのですが、僕の名前に対してのリアクションはなかったです。
今考えると不思議ですよね。
太平暦に生きている人なら、僕の名前を仮名だと思うのが普通かもしれない。」
彼は名乗った直後のサクラの反応を思い出す。
「あの時は悪かった。けど確かに不思議だ。
ヒロト=JPN=スズモリの名前を知らないという事はないはずだ。
スズモリがあまりにヒロト=JPN=スズモリのイメージとかけ離れているから、
思い出せなかったのかもしれないな。」
カレルの屈託のない笑顔を思い出す。
ミドルコードでは差別しない、か。
サクラとヒロト=JPN=スズモリは同じミドルコードだな。
JPNというのはもしかして日本を指しているのではないだろうか。
アルファベット三文字で日本をJPNと表すのはサッカーなどでよく見る。
サクラ=JPN=ソメイ、ヒロト=JPN=スズモリ
両方とも日本人のような名前だ。
「カレルさんという御名前だったな。
その方のミドルコードをスズモリは知っているのか。」
サクラが不意に問いかけて来る。
そう、カレルは確かにミドルコードを名乗っていた。
今一つ覚えていないけれども。確かCZから始まっていた。
しかしサクラは何故カレルのミドルコードを知りたがっているのだろうか。
カレルの時代では差別が残っているという表現をしていた。
サクラが差別している場合、どのように対応して良いのか分からない。
「サクラさんはミドルコードで差別してしまう人でしょうか。」
思った事をつい口にしてしまった。
彼はそんな自分に驚き、思わずサクラの方を振り返る。
サクラは驚いたような表情で彼を見ていた。
「スズモリの時代にはミドルコードはないと言っていたな。
という事は、カレルさんはそういう事もスズモリに話しているのか。
歴史の良い勉強になるよ。」
サクラは柔らかい表情で答える。
彼はサクラの気分を害さなかった事に心底ほっとした。
恐らく根強い差別問題だと感じている。
二人で協力して生きていかなければならない今、
首を突っ込んで良い問題ではなかった。
「ミドルコードで差別する時代はとうに終わっている。安心して欲しい。
変な偏見をスズモリには持って欲しくないから、
どのコードが差別を受け、どのコードが優遇されていたのかは言わないよ。
誰もが差別を受ける謂れがない。それでいい時代だ。少なくとも私の時代は。」
サクラの答えは全てのわだかまりを消してくれるような威力を持っていた。
「私がカレルさんのミドルネームを知りたい理由に関してだが、
スズモリにはとても言いにくいのだが歴史上の人物と照らし合わせる為だ。
太平暦300年頃にカレル=CZE=テプラーという反政府組織のリーダーがいた。
本当に戦争に長けた人物で、少数精鋭を率いて政府と戦っていたようだ。
当時の政府はあまり民衆には歓迎されていなかったようだが…。」
サクラの言う事が遠くに聞こえるような感覚に陥る。
カレル=CZE=テプラーは記憶違いでない限り、カレルの名前だったはずだ。
同姓同名の確率はどれくらいなのだろうか。名前からは想像が付かない。
いずれにせよカレルはカレルだ。
もし反政府組織のリーダーだとしても、気にする所ではない。
そう思う事にした。
「スズモリ、聞いているのか。」
気付けば彼は立ち止まっていた。すぐ後ろにサクラが来ている。
「ごめんなさい。ちょっとカレルさんの事を思い出していたのですが、
やっぱりミドルネームを思い出せませんでした。
差別の話が出たくらいなので、恐らくはちゃんと聞いていたとは思うのですが。」
彼は咄嗟にカレルを庇う。
本人の居ない所でカレルの名前を明かすのは彼の良心が咎めた。
もし会う機会があったら直接確認すれば良い。
「そうか。まぁ私も興味本位で聴いただけだ。
スズモリに勘違いで突っかかった件もあるし、深くは聴かないよ。
後でゆっくりカレルさんの話は教えて欲しい。」
サクラも煮え切らない彼の返事に何かを感じたのか、
あっさりと引き下がってくれた。
程なくして水流が下り方面に向いている道にぶつかる。
ここを下っていけば新しい出会いがあるかもしれない。
サクラにもそのことを伝える。
水流を下り始めた数時間後、前方に光が見えてくる。
サクラと共にそっと中を覗いてみる。何の変哲もない空間だ。
サクラの空間のように大樹があるわけでもない。
遠方を見ると、木はそのまま残っているようだ。
今回は滝の近くに誰も居ない事を確認している。
住人はどこに行ったのだろう。
「スズモリ、ここに住民はいないのではないだろうか。
木がそのまま残っている。普通は何かに使ってしまうはずだ。」
サクラの問いに対し、彼はイエスと答える事が出来ない。
自身は偶然その機能を利用したとはいえ、全く性質に気付いていなかったからだ。
「誰かがいる気配はないですね。
全ての空間に人がいるわけではないのかもしれません。」
彼は最初の問いだけに答える事にした。
しかし、住人がいない事は想定外だった。
そう思った彼は滝の下を再度見て、違和感に気付く。
あれは木の枝ではないだろうか。
用途は分からないが、木の枝が滝の下においてある。
「サクラさん、あれは木の枝だと思うのですが…。」
滝の下を覗きこみつつ枝の方を指し示すと、
隣にサクラが来て同じような姿勢で覗き込み始める。
「私にも枝に見えるな。しかし、木は非常に遠い。
もしかしたら辺りに見えないだけで、人がいるのではないだろうか。」
サクラは彼と同じ想像をする。
降りてみたいがその手段がない。
しばらく待ってみたが、住民が現れる気配がなかった。
彼はサクラと相談してその空間を後にする。
理由は分からないが、ここの住人は既にいないと思われる。
もしかすると、何かしらの手段で既に外に出たのかもしれない。
他の部屋を回ってみようという結論になった。
穴の中で再度水の流れを辿り、新しい空間への水路を探す。
空振りに終わった仲間探しだが、一人ではないので少し気が紛れる。
「先程の空間の探索は少しすっきりしない終わり方だったな。
住人はどこに行ったのだろうか。」
サクラが彼に話しかけて来る。
「それなりの時間滞在しましたし、昼夜の切替も試したので、
中に居れば僕たちが来た事には気付いたはずです。
長い間寝ていたのであれば話は別ですが。
やはり、外に出たのではないでしょうか。」
あるいは、中で亡くなっている可能性もある。
彼が死の可能性を敢えて口にしないのは、
ここでの死がどのようになるのか予想が付かない事と、
サクラが死に対してどのような反応をするのか想像が付かないからだ。
「もし住人が外に出たのであれば、協力者がいるな。
滝の付近には道具が見当たらなかった。
スズモリのように行動力がある人が、他にもいるのだろうか。」
協力者の存在を考えていなかった。
もし脱出させる道具を持ち歩いているとしたら、
かなり周到に用意している人間が歩いている。
強力な味方になるはずだと彼は考える。
「もしそうだとしたら、会ってみたいですね。
きっと良い味方になってくれると思います。」
彼は是非会ってみたいと考えた。
旅を続けていればその内に会えるのではないだろうか。
彼の期待は高まる。
「そうだな。是非会ってみたいものだ。
しかし相手が友好的とは限らない事を肝に銘じておいた方が良い。
相手の人数が多いと、怖いのは攻撃的な考えを持っている時だ。
いざというときは情報交換のみで終わらせる事も考えよう。」
サクラの言葉に彼は衝撃を受ける。なるほど。同じ目的とは限らないのか。
今まで友好的な人にしか会っていない事を彼は改めて幸運と感じた。
「そうですね。気を付けるようにします。」
新たな出会いを求めつつ、水流を辿る。
この旅は決して容易ではない。
彼は気を引き締め直した。
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