第十四話 ヒロ

「君は本当に、ヒロト=JPN=スズモリなのか。」

カレルは助けてくれた男性に問う。


「そうだ。何で疑われているのかは分からないが、

同姓同名の別人と間違えてない限り本人だぜ。

あんた、もしかして俺の事知ってるのか。」


ヒロト=JPN=スズモリはカレルに問い返す。

カレルはあまりの事に混乱していたが、

少しずつ冷静さを取り戻していった。


目の前の男性が嘘を言っている様子はない。

となると同姓同名の別人だろう。

若すぎる。いや、それはこの際あってもおかしくない事だ。

最大の相違点としてはカレルが知っている顔ではなかった。


歴史の教科書でも仮想空間でも見たヒロト=JPN=スズモリの顔。

目の前のヒロト=JPN=スズモリとは顔が違う。

しかし、どことなく共通点はある。

年代まで一緒だった。兄弟と言われれば信じてしまうだろう。


「俺は同姓同名の別人を知っているのだと思う。」

同姓同名の犯罪者だよと言う訳にはいかない。

きっと気分を害するだろう。

カレルは端的に述べるだけに留めた。


「そうか。まぁ俺一人しかいないって名前ではないからな。

それよりさっき言ってた太平暦って何なのか教えてくれないか。

ここは俺の知っている時代ではないと感じているんだ。」


そうだった。

西暦から来ていると目の前のヒロト=JPN=スズモリは言っていた。

カレルの居た太平暦の前が太陽暦、その前が西暦である事を話す。

また、今いる場所がカレルの居た時代よりも先の時代である事も併せて説明した。


「西暦も太陽暦を採用してるのに、次が太陽暦になるのは面白いな。

多分呼称の変更程度で太陽暦を採用しているのだろうけど。

それより、カレルは1000年以上後の人間なのか。

しかも今いる場所がそれよりも先の時代って。

気が遠くなるような未来にいるんだな俺。」


ヒロト=JPN=スズモリには特に落ち込んだ様子はない。

恐らく凡その見当がついていたのだろう。


「いや、だけど未来って本当に便利になるんだな。

あの食べた事がある食事を再現する草は反則だろう。料理屋が潰れるぞあれ。」


ヒロト=JPN=スズモリは笑いながらカレルに話しかけている。


「ヒロ…スズモリの時代はたくさんの種類の食事があったんだよね。

僕の時代は支給されたシリアルを食べるのが一般的だから、凄く驚いたよ。

実は俺はここで人に会うのは初めてじゃないんだ。

西暦の人と一人会っているんだよ。」


ヒロト=JPN=スズモリは目を丸くしてカレルを見る。


「他にも西暦生まれの奴がいるのか。会ってみたいな。

しかし支給されたシリアルを食べるのが一般的って。

あまり夢のない未来だなぁ。じゃあ美味しい飯奢ってやるよ。」


ヒロト=JPN=スズモリは草を取り出して何かを想像しているようだ。

その草からハンバーグの香りがしてきた事にカレルは気付いた。


「スズモリ。ハンバーグだな。ごちそうになるよ。」


カレルがニヤッと笑ってヒロト=JPN=スズモリを見る。

ヒロト=JPN=スズモリは驚いてカレルを見た。


「え、何で分かるんだ。ろくな物を食べてないって言ってただろあんた。」


ヒロト=JPN=スズモリは訝し気にカレルを見ている。

カレルは笑いながら答えた。


「西暦生まれの人と会ったって言っただろ。

その人に食べさせてもらったんだ。

スズモリのハンバーグも美味しく頂くよ。」


彼は元気にしているだろうか。

カレルは急に心配になる。

あの罠を知っていたという事は、罠の発動を見たはずだ。

一人で切り抜けられる罠とは思えない。


「なんだ、びっくりさせようと思ったのに。

けどやっぱりこの草はカレルが食べてもハンバーグの味になるんだな。

不思議すぎるだろこの世界。

そうそう、スズモリじゃなくてヒロトって呼んで良いぜ。

スズモリでは他人行儀過ぎて少し気になる。」


ヒロト=JPN=スズモリの言葉を受けて、カレルは少し答えにつまる。

彼の事を正直に話しても良いものなのだろうか。

一瞬の逡巡後、正直に話すことにカレルは決める。


「実は、スズモリの前にあった人の名前がスズモリヒロトなんだ。

本当にそっくりな名前だろう。

俺はその人をヒロトと呼んでいたから、君をスズモリと呼んでいるんだ。」


ヒロト=JPN=スズモリはカレルの話を聞いて心底驚いたようだ。


「嘘だろう。呼称統一制が施行される前の俺と全く同じ名前じゃないか。

俺の名前はある程度一般的な名前とはいえ、

きっとこの世界に二人も来る程多くはないぞ。凄い偶然だな。

カレルが最初俺の名前を聞いて疑っていたのはそういう理由か。」


感心したような声を出すヒロト=JPN=スズモリ。

呼称統一制はミドルコードが用意された制度だ。

世界中の名前が一定の規則に従って改名されている。

宗教上の理由で持つミドルネームなどは通称として利用されている。

カレルが最初に会ったヒロトは、その制度が始まる前の人間ということだ。


「これからどうする。」

ヒロト=JPN=スズモリがカレルに問いかける。

相談というよりも、カレルの方針を聞いている感じだ。


「君とは別のヒロトと合流する予定だったが、

先程の罠から逃げた時にどこから来たのか分からなくなったので、難しくなった。

あの罠に二人だけで対抗できるとも思えない。」


カレルの言葉を、ヒロト=JPN=スズモリは頷きながら聞いている。


「あの水源は思ったよりも沢山の分岐をしていた。

少なくともその分岐の数は部屋があると見ていいだろう。

一緒に仲間を集めてみないか。」


カレルはヒロト=JPN=スズモリに問いかける。

ヒロト=JPN=スズモリはニヤッと笑い答える。


「決まりだな。俺も同じ事を考えていた。」


ヒロト=JPN=スズモリはカレルを見ながら続ける。


「目が覚めた時にいた空間を滝から出られることに気付いた時、

恐らく水源になにかあるだろうと思ってここまで来たんだ。

来れたのは偶然だったけどな。

水源の罠に何度か一人で挑んでみたが、破壊できるイメージが今一つ湧かない。

罠がある以上、何かを守っていると思うんだ。

それが出口の可能性が高いと俺は睨んでいる。」


目を丸くしながらヒロト=JPN=スズモリを見ているカレルを見て、

更にヒロト=JPN=スズモリは続ける。


「万が一出る事が出来ても、正直な所その先にあるものが全く想像できない。

人数は多いに越した事はないと、俺は考えている。

食料は幸いな事に持ち運びが非常に楽だしな。

カレルが持っているカゴは凄く便利そうだ。草は随分落ちてしまったようだが。」


ヒロト=JPN=スズモリに指摘されて初めて気付く。

罠の攻撃を避けている時に落としてしまったのだろう。

残りはそこまで数が無い。補給しなければならなかった。


「流れを下っていけば、恐らく俺達が最初にいたような部屋に着くだろう。

何にせよそこまで行って草を手に入れないとな。歩きながら話そう。」


ヒロト=JPN=スズモリは流れを見ながら歩き出す。

カレルはヒロト=JPN=スズモリの後ろを歩き、それに倣う事にした。


「草に余裕が出来てからで良いんだけど、

カレルの食べているシリアルってのを食べてみたいな。」


ヒロト=JPN=スズモリはカレルに話しかける。

シリアルか。カレルは彼にあげた時の微妙な表情を思い出す。


「初めに会ったヒロトにあげたんだけど、微妙な顔してたよ。

たくさん美味しい物を知ってしまった今は食べる気が起きないから、

美味しくはないのだと思うね。

それだけしか食べてなかったから、そんなこと知りようがなかったけれど。」


ヒロト=JPN=スズモリにあげたらどんな顔をするのだろうか。

きっと同じような顔をするのだろうとカレルは想像する。


「食べる前からがっかりさせるようなこと言うなよ。

それとさっきうやむやになったからもう一度はっきりさせておくが、

スズモリと呼ばれるのは他人行儀過ぎて好きじゃない。

かといって二番目のヒロトと呼ばれるのも御免被る。

これから俺の事はヒロと呼んでくれ。」


ヒロト=JPN=スズモリはカレルを振り返りながら言った。

どう呼べば良いのか内心困っていたカレルにとっては助かる一言だ。

二番目のヒロトと呼ぶつもりはなかったが。

ヒロ。悪くない。


「分かったよヒロ。改めてよろしくな。」

前を歩くヒロは振り返らずに手を挙げて応えた。


しばらくの間、無言で歩く。

特に会話が無くても二人で旅するのは悪くないものだ。

カレルは安心感を感じていた。

彼は誰かと合流して歩けているだろうか。

今も一人で歩いている姿を想像するといたたまれない。


「なぁ。」

ヒロが突然話しかけて来る。


「何で前のヒロトと一緒に行かなかったんだ。

ここにカレルが居るという事は、ヒロトの部屋に行ったんだろう。

ついてこなかったのか。

それとも信用出来なかったから連れてこなかったのか。」


信用出来なかったかの問いに対し、違うと断言はできない。

カレルは彼こそがヒロト=JPN=スズモリだと思っている。

本人ではなく歴史から考えるのであれば、簡単に信用出来るわけがない。


「ヒロトは信用出来る人間だった。

俺がヒロトの部屋を訪ねたのではなく、ヒロトが俺の部屋に来たんだ。

それまで俺は滝の入口から出入りできるなんて想像もしていなかった。

ヒロトは一緒に行こうと誘ってくれたが、その時は俺に勇気がなかった。」


そう、歴史上のヒロト=JPN=スズモリが信用出来ないだけであって、

彼は信用に足る人物だった。

カレルは正直に答える。


「そうか。じゃあヒロトはこの水路のどこかに居るって事だ。

きっといずれは会えるさ。」


ヒロの答えは予想外に優しい。

ふとヒロに会った場所が水源である事をカレルは思い出す。


「ヒロトはヒロと同じく水源を目指していたようだよ。

実はヒロトが残した目印に沿って歩いていたら、水源に辿り着いたんだ。」


ヒロと彼は名前だけではなく考え方も似ているのだろう。

カレルは何故か納得出来る部分がある。

顔が全く違うのに、なぜか似たような雰囲気を感じるからだ。


「カレルがあそこにいたのはヒロトを追っての事だったのか。

水源に辿り着く方法を知ってそうなのかヒロトってやつは。

いや、待てよ…。という事はヒロトはあの水源に居たという事か…。」


前を歩くヒロの表情は分からない。

しかし、きっと水源の罠に彼がかかったと想像しているのだろう。


「あの水源の入口の前の目印は×印だった。

ヒロトは少なくとも罠である事は分かっていたはずだ。

きっとヒロトはどこかで無事に生きている。

俺はそう信じているよ。」


水源の広間には人影らしきものは一切なかった。

罠がどのようなものかは分からないが、

彼の死が確認できない以上はカレルは生存を信じる事に決めている。


「そうか。罠だと気づいていたのであれば下手な事はしないはずだ。

きっとどこかで生きているんだろう。

そうなると目的地はきっと同じだ。どこかで会えると確信したよ。

問題はなぜ罠と知っていたはずのカレルが罠にかかっていたかだな。」


ヒロはカレルの方を振り返り笑う。


「ヒロトが何かの罠にかかっていると大変かなと思ったんだ。

ヒロが来なかったら本当に危なかった。

これからは気を付けるようにするよ。」


カレルは苦笑いで返す。


「俺もヒロに聞きたいことがあったんだ。」

少し歩いた後にカレルが切り出す。


「なんだ。前置きなんていいから何でも聞いてくれていいよ。」

ヒロは気さくに返してくる。


「ヒロが持っている武器って木刀だよな。

何というか、使えたりするのか。」


カレルは少し遠回しに聞いてみる。

どれくらいの強さかを聞いても単位が違う可能性がある。

どう聞けば認識が合うのか分からなかった。


「あぁ、飾りや威嚇用ではないよ。

俺は長い間剣に生きてきたから相当強いと思うよ。

さっきの罠の所での身のこなしを見る限り、

カレルもかなり強いんだろうというのが分かるよ。

獲物も同じ木刀のようだし、

こんな状況じゃなきゃ手合わせを申し込みたいね。」


ヒロの口調は大口を叩いているとは思えない。

きっと自信を裏打ちする経験があるのだろう。


「そうだな。俺もいつかヒロと手合わせをしてみたいと思ったんだ。

状況が安定したらよろしくな。」


ヒロト=JPN=スズモリの木刀は神業だった。

全く同じ名前のヒロも剣の心得があるようだ。

偶然に偶然が重なり過ぎている。


教科書に載っていた顔と同じ顔である彼と会っていなければ、

ヒロこそが本物のヒロト=JPN=スズモリだと信じていただろう。


「あ、光だ。」


カレルが考えをまとめようとした時に、前でヒロが呟く。

先の方で光が射している事をカレルも確認した。

あれは恐らく、カレルが目覚めた場所と似たような空間だ。


「きっと居住空間の光だな。行こう。」


ヒロがあの空間に分かり易い名前をつけている。

カレルはヒロに続いた。


滝の入口から空間を覗く。

やはり居住空間のようだ。誰かいるだろうか。


「木がまだあるな。加工はされてないようだ。

少し見て来る。」


ヒロは唐突に下へと飛び降りる。

八メートルはあったはずだ。

驚いたカレルが下を覗くと、既にヒロは走りだしている。

どんな強靭な足腰をしているんだとカレルは舌を巻いた。


しばらくすると、ヒロがハシゴを持って走ってきた。

「誰かが生活をしている気配はないな。

木も減っていないようだったし、空き部屋かもしれない。

これから誰か来るのかもしれないから、木は少しだけ拝借してきた。

カレルも降りてきて草を補給しろよ。」


ヒロは持ってきたハシゴを立て掛ける。

ちゃっかりカゴも作っているようだ。

後から来た人は大変だろうなと思いながらカレルは降りた。


二人で草をせっせと補給する。

途中でヒロが枝を取りに行き、滝の下においた。

何故置いたのか聞いた所、記念との事だ。


しばらく後に彼とサクラがここを訪れ、

その記念の枝を見て住人が出て行ったという誤った推測をするが、

二人はそんなことを知る由もなかった。


補給を終えて二人ともハシゴを登り終えると、

ヒロがハシゴを滝の上に引き上げ始めた。


「それはそのままにしておいた方が良いんじゃないか。

持ち歩くのは結構大変だと思うよ。

それに、もし後から住人が来た時に出やすいと思うんだ。」


驚いたカレルはヒロに提案する。

ヒロはカレルの意見を聞いて笑いながら答えた。


「持ち歩こうとは思ってないよ。

便利だけど、本当にかさばるから毎日疲れるだろうしね。

あと、引き上げるのは何も新たな住人への嫌がらせではないよ。

もし水源に何も知らないまま辿り着いたら責任が取れないからね。

外に出る事をちゃんと計画した人が出た方が良いと思ったんだ。」


ヒロの答えを聞いてカレルは納得する。

確かにハシゴが掛かっていたら、何の心の準備もなく外に出るだろう。

水源に辿り着くどころか、草を持って行かずに飢え死にすらあり得る。


引き上げたハシゴをヒロは水に沈める。

怪訝そうに見ているカレルをみて、

「もし頑張って上がってきた時にハシゴがあったら腹が立つでしょ。

俺なりの気遣いだよ。」

と、ヒロは笑った。







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