閑話 豊穣の神

「完成した…。完成したぞ!」

白衣の男が狂喜している。


「この開発が人類を飢餓から救う時が、いつか必ず来る。」

満面の笑みを浮かべるその男の前には、

アイスプラントに似た緑色の多肉植物があった。


「あとはこれをどうやって増やすかだな。

まぁけど、君の再生力ならそこまで難しくはないだろう。」

男は嬉しそうに植物が生えている植木鉢を持ち上げ、

色々な角度から眺めている。


「君の名前はデメテルだ。豊穣の神からとった名前だよ。

何の捻りもないけど、だからこそ君にふさわしい名前だ。

君は豊穣の神そのものだからな。」


男はおもむろにその植物を千切る。

植物はみるみる内に千切られた箇所から再生を始めた。

それを見る男の顔は上機嫌だ。


「今は政府が支給するシリアルが主食だが、

全人類が少しずつその味に飽き始めている。

米やパンに例えられ、飽きないだろうと言われていたシリアルにだ。

その点を君は完全に克服している。」


飽きもせず男は自分の作り出した植物に話しかけている。


「一度だ。たった一度で良いから良い食事をすることが出来れば、

その味を何度でも繰り返し味わうことが出来る。

君は完璧な食糧なんだ。」


しかし、そこまで言い切った筈の男の顔は暗い。


「そう、そのたった一度の機会が我々にはない。

遥か昔、食べ物にはたくさんの種類があったそうだ。

その時であれば君の凄さがよく伝わったろうにな。」


男の時代には料理という概念が存在しない。

歴史上最高の発明と言われたシリアルのみが食品市場を独占している。

歯応え、味、栄養を究めて作られたシリアルだ。


人類の歴史が長くなるほど、顔の形が崩れるという定説がかつてあった。

顎に頼った食文化ではなくなるからだ。

しかし、このシリアルは人類の顔の形の維持まで計算に入れて作られている。


人類の味覚では中々違いが認識できないが、

かなりの数の味の種類が存在し、

無意識的に飽きがこない味になっているようだ。


カロリーは運動で消費される事を想定した高めの設定にされており、

人類の健康維持にも一役買っている。


「いつかは君が日の目を見る時が必ず来る。

しかも僕の予想では、恐らくそう遠くない未来だ。

あのシリアルはAIが司っている機械において、完璧な配合で作られている。

人類はそのレシピを全く知らないんだよ。

信じられない事に、誰一人だ。

あれが何で出来ているのか、想像することすら出来ない。

僕でもだ。正直に言うと調べるのが怖い。

毎日何を食べているか分からないなんて、こんな恐ろしい事はないよ」


人類を養うために、多数の農場が存在している。

AIがその全てを管理しており、

人類は一切自身の食料に関わる事をやめていた。


それらの農場が全てシリアルに関する材料を育てていると言われているが、

詳細は不明だ。

人類の食事を作れる人間は、既に存在していない。


「人類が働かなくなってしまっている今、

AIは人類を養っていく為に徐々に進化していっている。

そしていつかは考えてしまうはずだ。

なぜ自分より劣る人間を育てなければならないのか、と。

そして遠からず人類の排斥を始めるだろう。

何千年も前にヒロト=JPN=スズモリという人が提唱していた説が、

そろそろ現実になろうとしている。」


男は古い映像の再生を始める。

一人の男が演説をするホログラム映像だ。


『機械による人類の作業代行は、いつか人類を滅ぼす。

楽園に人類のみが居座る事を、機械が許さなくなる時が必ず訪れる。

我々が今、特権階級にのみ許される不労を自身達にも求めるのと同じ事だ。

しかしそれが直接人類を滅ぼすわけではない。

最大の問題は人類が自分達の存在意義を見失う事だ。

生物としての本分を忘れてしまった人類が長く繁栄出来るはずがない。

これは人類の緩やかな自殺になると断言する。』


再生が終わる。

演説を見終えた男はやはり満足そうだ。


「まさにこれだよね。

ヒロト=JPN=スズモリは犯罪者になってしまったけど、

言ってる事はおかしくなかったと僕は考えているんだ。

人類は今、自分達の存在意義を見失っている。

自分達の食料を、自分達では作れないんだからね。

笑うしかないよ。

本当はAIに見捨てられた時点で滅んでも良いのかもしれない。

けど、そんな人類を僕達が救うんだ。

死んで良い人間なんて存在しないと信じてるからね。」


男は嬉々としてその植物を増やす研究へと没頭し始めた。








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