第十五話 三人寄れば

新しく人が住んでいそうな空間に辿り着いた彼とサクラは、

滝の上から慎重に部屋の主を探す。

今回は人が居るのだろうかと考えた矢先、

草原に寝そべっている人影を二人は見つけた。


「白衣を着ているな…。ここの関係者だろうか。」

サクラの呟きに彼も同意する。

関係者だとしたら聞ける情報は多い。

あわよくば水源の罠についてなど確認できないだろうか。

彼の期待が高まっていく。

「遠くに木があるので、万が一があっても戻れそうですね。

行ってみる価値はあると思います。」

彼も降りる事への意欲を示した。

問題はどのように降りるかだ。


「あの科学者風の男がもしここの関係者だとしたら、

我々には予想もつかない護身の武器を持っている可能性がある。

スズモリ、木剣を構えろ。降りるぞ。」

言うや否やサクラは飛び降りる。


「サ…!」

彼は驚いて下を見下ろす。

サクラが下で早く来いと手招きしているのが見えた。

サクラが無事である事にほっとする彼だが、

飛び降りる高さを確認してぞっとする。

かなり高いぞここは。


「スズモリ、何を躊躇っているんだ。

私が一人で行っても良いが、どうする。」

サクラが小声で問いかけて来る。


相手が未知の武器を携行している可能性を秘めている以上、

サクラを一人で行かせるわけにはいかない。

彼は意を決して飛び降りた。


彼は落下の衝撃に備えるが、

予想以上に少ない衝撃で着地が出来た。

なぜだろうと考えていると、サクラから声がかかる。


「もしかして気が付いてなかったのか。

君は色々鋭いから感覚的に分かっているものだと思っていたが。

ここは恐らく重力が低いか薄いかで、我々の体重も落ちている。

物が落ちていくのが少しゆるやかな感じだ。

なので君も飛べると私は判断した。

説明が不足していて悪かったな。怖かっただろう。」


全く気付いていなかった。

彼はサクラの感覚の鋭さに驚く。

このように気遣われるのは少し気恥ずかしい。


「私はあのくらいは元々飛んでいるのだけどな。

他にも前と変わっている事があるからついでに共有しておくと、

耳が良くなっているのか音が伝わり易いのかは分からないが、

遠方の小声が聞き取りやすくなって会話がし易い。

最初、君が私の空間に来た時の事を思い出して欲しいんだが、

高低差がかなりあったにも係わらず会話が出来ていただろう。

その事だけでも少し変だというのが分かってもらえるはずだ。」


会話に関してはサクラの言う通りだった。

カレルと会話した時にも、聞き返されることなく会話が出来ていた。

よくよく考えてみるとおかしな話だ。

サクラは物事をよく見ている。それとも自分が少し鈍いのだろうか。

彼は少しだけ自信を無くす。

しかし普段からあの高さを飛んでいるとは。

サクラは何者なのだろうか。


「それよりスズモリ、早く行こう。

起きてしまうかもしれない。

くれぐれも近付いてからは油断をするなよ。」


二人とも木剣を構えて科学者風の男が寝転がっている場所に近付く。

近くまで来ると、何やら幸せそうな顔で寝ている事がわかった。

少し拍子抜けす二人だったが、油断は出来ない。


「私が起こす。スズモリは構えていてくれ。」

サクラがそっと近づいていく。

あの役回りは自分がやった方が良かったのだろうか。

彼はサクラの身に危険が迫らないよう、木を引き締める。


「起きろ。」

サクラが木剣を突きつけて科学者風の男に呼びかける。

科学者風の男はゆっくりと目覚めた。

科学者風の男は一瞬寝ぼけたような顔をしたが、すぐに青ざめる。


「お前は誰だ。ここで何をしている。」

サクラが問う。

あれを自分の寝起きでやられたらパニックになりそうだ。

彼は科学者風の男が少し気の毒になる。

しかし油断は出来ない。


「ミハイル。ミハイル=RUS=タケダだ。

僕は気付いたらここにいただけだ。何も知らない。」

科学者風の男は慌てたような声で答えた。

演技だとしたら相当なものだ。


サクラは自分達と同じ境遇と判断したのか、木剣を下ろそうとする。

万が一油断させる場合の嘘だった場合、サクラが危ない。

彼はすかさず木剣をミハイルに向ける。


「いつの時代に生きていたか教えてください。

あと、その服装のせいで僕はあなたを信用出来ていません。

正直に言うと、この空間を作った関係者ではないかと疑っています。

敵ではない事が分かるまで両手をあげていてくれませんか。」

彼は努めて冷たく言い放つ。


男は両手をあげる。

「いや、職業はこの服を見ての通りで合ってるなんだけどね。

参ったな。疑われるのは確かに分かるんだけど…。」


彼とミハイルの目が合う。

ミハイルは彼の事をまじまじと見始めた後、突然声をあげる。

「ヒロト=JPN=スズモリじゃないか!嘘だろう!」


久しぶりに間違われた彼はため息をつく。

余程似ているのだろう。

続いてミハイルはサクラの顔を見てまた声を上げた。


「サクラ=JPN=ソメイもいる!

もしかして僕は死んだのだろうか。

しかも地獄に落ちているみたいだ。」


ミハイルは肩を落として嘆いている。失礼な話だ。

彼が横目でサクラを見ると、少し目を伏せていた。

まさに『教科書に載る犯罪者』にサクラもなっているという事だろう。

サクラが傷付いているのが表情を見なくても分かる。


「僕達の自己紹介は要らないみたいですね。

質問に答えて欲しいのですが、あなたはいつの時代の人間でしょうか。」

敢えてヒロト=JPN=スズモリである事を否定せずに話を進める。


「僕は太平暦3280年にデメテルの開発をしていた者だ。

デメテルとはこの空間一杯に生えている草の事だ。

相手の記憶から食べ物の記憶を読み取って味を変える。

いや、味を変えるというのは正確ではないな。

正しくは味覚に直接訴えかけて味を再現するんだ。

今からデメテルの数を増やそうとしたのまでは覚えているんだが、

なぜ既にここまでたくさん生えているのだろう。」


この草はデメテルというのか。

このような発明はもう少し年配の方が行うと思っていた彼は、内心驚く。

ミハイルはどうみても十代か、多く見積もっても二十代前半だ。


「ところで僕は死んでいるのだろうか。

そうだとしたら無念だ。これからという時だったのに。」


ミハイルは本当に悔しそうな表情を浮かべている。


「ヒロト=JPN=スズモリ、僕はあなたの演説を何度も聞いてきた。

世界は今、労働を放棄してAIが全ての食事を作っている。

そしてその食事を作れる人間は存在しない。

人は生物としての本分を忘れてしまったんだ。

あなたのしていた予言は必ず現実になると確信している。

デメテルはそれに対抗するための手段だと考えて作ったんだ。」


ミハイルは熱を込めて話す。

しかし当然の事ながら、彼には何の話かさっぱり分からない。

助けを求めてサクラを横目で見る。

しかしサクラも困ったような顔をして彼を見返すばかりだった。


恐らくミハイルはここの施設の関係者ではないのだろう。

よく考えてみたら、昼夜を切り替えないでミハイルは寝ていた。


「僕達は多分死んではいないと思います。疑ってすみません。

僕達もあなたと同じく、目が覚めたらここにいた人間です。

僕は西暦、サクラさんは太平暦に生きていました。」


ミハイルは唖然としている。

何が何だか分からないという表情だ。


「僕とサクラさんにとって、

この空間は未知の技術が使われている、よくわからない施設です。

恐らくは未来に来てしまったと考えているのですが、

どのようにして来たのかも覚えていません。

今が何の時代かすらわからない状況です。

ミハイルさんはこの施設について何か予測がつきますか。」


ミハイルは彼とサクラの顔を交互に見比べる。


「なるほど、君たちの言い分は分かったよ。

自分達も状況が分からないから僕を信用出来なかったという事か。

ちょっと簡単には信用できないね。

何が分からないって、一番分からないのは君達が揃っている事だよ。

時代も違うのもそうだが、有名人だけ時間を移動しているのは不自然だろう。」


今度は彼らがミハイルに疑われる番だった。

先程とは逆の状態になってしまう。


「偶然誰かが来たというのならまだ信用出来るが、

ヒロト=JPN=スズモリとサクラ=JPN=ソメイ。

二人とも子供でも分かる名前だ。

顔は本当にそっくりだが、君達が本物であるという確証がない。

君達が僕をこの空間に運んできて騙していると考える方が自然だ。

デメテルをどうやって増やしたのかは謎だけれども。」


どうやったら過去から来たと信用されるだろう。

彼が頭を悩ませていると、サクラが彼の近くにきて助言する。


「食べ物だ。スズモリの食べ物をこの男に示してやるといい。

あれは私の時代にはもう存在しなかったものだ。

先程ミハイルが言っていた事を信じれば、

私の時代と何ら食料事情は変わっていないようだった。

スズモリの食べ物は私達にとって本格的に未知のものだ。

食べさせれば絶対に伝わるよ。」


何故か自分だけ姓で呼ばれているのが気になるが、一理ある。

ミハイルに実家のシチューを食べさせることにした。


「ミハイルさん。あなたを信じさせる証拠が僕にあったようです。」


彼はミハイルにデメテルを差し出す。


「デメテルが何の証拠に…。いや、この匂いは…。」

ミハイルは彼からデメテルを受け取り、食べ始める。

一瞬で平らげたと思ったら、ミハイルは急に泣き出してしまった。

驚いている彼とサクラに向かってミハイルは事情を説明する。


「デメテルの最大の弱点は誰も良い物を食べていない事だったんだ。

これ程の物を作ったにも係わらず、皆が皆シリアルしか食べていないから、

味に関しては本当に無意味な食品となってしまっていたんだ。

今、それが報われた気がするよ。有難う。」


気を取り直したミハイルが立ち上がる。


「いや、本当に凄く美味しかった。これが運命かと思ったよ。

君は本当に過去から来た。そう思うしかない味だったよ。

しかもその味を教えてくれたのがあのヒロト=JPN=スズモリとは。

感無量だよ本当に。」


そこの誤解を解いていなかった。

彼は慌てて説明する。


「僕だけ自己紹介が遅くなって申し訳ありません。

僕の名前はヒロト=スズモリです。

名前どころか顔まで似ているらしいのは把握していますけど、

ヒロト=JPN=スズモリさんとは全くの別人です。

まず過ごした時代が違います。

私はヒロト=JPN=スズモリより1000年以上前の時代にいました。」


ミハイルは彼の自己紹介を受けて一瞬面食らった様子だったが、

すぐに笑い飛ばす。


「いや、それはないよ。親兄弟でもそこまでは似ない。

確かに話し方などは全然違うが、本人以外有り得ない程似ているよ。

ヒロト=JPN=スズモリに一卵性双生児がいたとも聞いた事がないし。」


彼は何か証明するものがないか考えたが、思いつかない

特に支障はないから誤解を解く必要はないかもしれないと諦めかけたその時、

サクラが彼とミハイルの間に立った。


「本当だ。スズモリはヒロト=JPN=スズモリではない。

私は少なくともそう思っている。

スズモリはあのような凄惨なテロを起こす人間ではない。

そう確信しているんだ。

ミハイル。君にも信じて欲しい。」


サクラの彼への信頼を、彼は素直に嬉しいと思った。

ミハイルは真っ直ぐ自分を見るサクラを見てため息をつく。


「随分と彼の事を信じてるんだね。

僕が信じてどうなるわけでもないだろうけど、とりあえず信じるよ。

取りあえず過去の人間である事は間違いないようだし。

それに今、僕を騙した所でどうしようもない事だろうしね。」


サクラはミハイルのその言葉に安堵の表情を浮かべた。


「ところで今更だけど、君たちは一体どこから入って来たんだい。

結構探したんだけど、出入口なんて僕には見つけられなかったんだよね。」


ミハイルの言葉にサクラが無言で滝を指さす。

その指先に滝がある事を見つけ、ミハイルは納得した。


「あれか…。けどあんな高いところにどうやって登るのさ。

というか君達は一体どうやって降りてきたの。

隠れた階段みたいなのがどこかにあるのかな。」


「見せるからちょっと待っててくれ。」

サクラがそう言い残して木に向かって歩き出す。

きっとハシゴを持ってきてくれるのだろうと解釈し、

彼は説明を始める。


「僕達が降りてきた方法は、単純に飛び降りてきただけです。

僕も無謀だと思ったのですがサクラさんが先に実践しまして…。

サクラさんが見つけたのですが、

この空間は重力が通常よりも軽い…低いみたいなのですよね。

なので実際飛び降りた時の衝撃は想像よりも非常に軽かったです。」


話している最中にミハイルは何度かジャンプしている。

通常では有り得なさそうなそのジャンプ力に、

彼は飛び降りた時の実感よりも顕著に重力が低い事を確信できた。


「本当に重力が弱い。びっくりしたよ。

確かに少し高いところから落ちてもこれだったら怪我しないかもしれない。

けどジャンプであんなに高いところまで行けるほどではないな。」


重力の大きさに関して色々な単位で言ってきたが、正解は強弱なのだろうか。

ミハイルが言うのであれば強弱なのだろうと勝手に納得する。


「待たせたな。ちょっと鳥も増やしてきた。」

サクラがハシゴを持って帰ってきたのをみてミハイルは絶句している。

木の加工が出来る事を知らなかったようだ。

サクラがハシゴを滝に立て掛けるのをみてミハイルはようやく話し出す。


「物凄く器用なんだね。

この短時間でハシゴをそんなに綺麗に作れる人を見たことがないよ。」

ミハイルはサクラに全く角度が違った感心をしている。


「あそこにある木は触れて念じるだけで性質や形を変えられる特殊な木なんです。

加工は回数か時間かで制限が掛けられていて、

何度も繰り返して出来るようなものではないとの事でした。

実は僕はその性質を知らないまま出てきてしまったのですけれど。

僕のカゴやサクラさんの木剣などはあの木から作られたものです。

ミハイルさんの時代には存在しなかったものでしょうか。」


彼の言葉を受け、ミハイルは木に向かって歩き出した。


「そのような技術は僕の時代には存在しないと言い切れるよ。

未だに色々と信じられないが、デメテルも量産化されている事だしね。

もしかしたらここが未来かもしれないと、信じるしかない部分もある。

まずは直接木を確かめさせてほしい。」


木に到着した。かなり使われた形跡がある。

ハシゴと鳥で大分消費してしまったのだろう。


「大分木が小さくなっているね。

あの短時間でここまで無くなってるのだから、やはり君を信じるしかないのか。」


ミハイルが木に触り目を瞑る。

木が徐々に削られていき、少し大きめのショルダーバッグが生成され始める。

彼も実際に加工の現場を見るのが初めてなので、

このようになっているのかと驚きながら見守っている。

すぐにショルダーバッグが出来上がった。


「あまりにイメージ通りで怖いよ。この技術は本当に凄いな。

ここが未来である事を嫌でも確信したよ。」


ミハイルはショルダーバッグを肩にかけて上機嫌だ。


「ところで君たちはハシゴを用意していたけど、

ここから出てどこに行くんだい。」


ミハイルは彼に質問する。

彼はいよいよこの瞬間が来たかと緊張しながら答えた。


「結論から言うと、外に出ようと思っています。

僕はここがどこだか未だに想像すらついていません。


この滝の水源に水で出来た大きな球があるんです。

その球から流れ出た水が、

滝となってここのような空間に流れてきている事がわかりました。


水の球はしばらく見ていても質量が変わらなかったので、

内側から水が湧き出てきているのだと推測しています。

そこにこの施設から出る方法のヒントがあるのかなと考えました。

その真実を見極めるのが第一の目的となります。」


ミハイルが頷きながら聞いているのを見て、彼は続ける。


「実際どうなっているのかをその時も近付いて確かめようとしたのですが、

水の球の前にいきなり像が現れました。

しばらく待っているとまるで何もなかったかのように消え、

またしばらく経つと突然現れる不思議な像です。


僕はその像を罠であると考えています。

どのような罠なのかを確かめるのは実際の発動が必要になるので、

僕一人では最悪何もできないまま死んでしまうかもしれません。


今はサクラさんと共に、罠を解き明かしたり外に出るために協力してくれる、

そんな仲間を探す旅をしています。

ミハイルさん、もしよかったら一緒に行きませんか。」


ミハイルは彼の言葉を聞いてから、しばらく黙っている。

ハシゴを掛け終わってこちらの様子を窺っていたサクラが、

こちらの方へと歩いてきていた。やり取りを聞いていたらしい。


「ミハイル、命に係わる選択だ。

私もスズモリも無理矢理にでも連れて行こうとは考えていない。

慎重に考えて欲しい。」

サクラは彼の言いたい事を汲み取り、ミハイルに投げかけた。


サクラの言葉を聞いたミハイルはおもむろに木に近付き、手を当てる。

木は少しずつ切り取られ、盾の形になっていく木。

そのまま木は盾へと集約されていき、元々木などなかったかのような状態となる。


「身の安全が確保できれば良い話だ。

君達がどこかで死んでしまうのを想像しながら生きるのは辛い。

僕も連れて行ってくれ。」


ミハイルは彼とサクラと共に行く決心を固めてくれた。

彼は外を知るという目標が、少しずつ実現へと近付いていることを感じた。


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