第十六話 脅威との遭遇 

カレルとヒロは新たな居住空間を求めて旅を続ける。

ヒロの身体能力の高さを目の当たりにしたカレルは、

気になっていた事を訊ねた。


「なぁ、ヒロ。何でそんなに強いんだ。

さっきの高さは八メートルはあったぞ。

俺はそんな高さから落ちて無事である自信が無い。」


カレルの質問を受け、ヒロは目を丸くした後に笑った。


「いや、さっきのは普通無理だ。

あれで骨折しない程、足腰は強くないよ。

この世界に来て何か身体が軽くなった気がするから出来た芸当だ。

多分実際軽くなっていると思うよ。」


ヒロはその場でジャンプをして見せる。

かなりの高さのジャンプだ。カレルは目を瞠った。


「ヒロ、お前凄いな!そこまでとは思わなかったよ。」

手合わせの件は無期限延期だ。勝てる気がしない。

カレルは心に誓う。


「カレルもジャンプしてみてくれ。

多分、これは俺の身体能力が上がったとかではないと思う。

いくらなんでも異常なジャンプ力だし、腕力とかは変わってないからな。」


ヒロはカレルに提案する。

半信半疑ではあったが、試しにカレルがジャンプしてみた所、

かなりの高さまでジャンプすることが出来た。

成る程、確かに身体が軽くなっているようだ。

カレルはヒロへの大きな劣等感が払拭されて一安心する。


「ヒ…。」

ヒロに感謝を告げようとした刹那、カレルは強烈な違和感に襲われる。

咄嗟に木刀を構えて周りを見回す。

何か恐ろしいものに見られている。

ヒロも同じ感覚を抱いていたらしく、既に身構えていた。


「カレル。何かに遠くから見られているぞ。機械ではないと思う。」

ヒロがカレルに話しかける。

じっと奥を見つめているカレルには、それに応じる余裕がない。


奥の闇からその何かがゆっくりと近付いてきているのを感じる。

視認できる距離に来た時、それが人である事を二人は理解した。

中年の男だ。しかし友好的な気配が微塵もない。

木刀を二本構えてこちらを見ている。


「俺はカレルだ。カレル=CZE=テプラー。

こちらに敵意はない。あなたが構えを解いてくれれば、

俺も…。」


カレルの言葉の途中で突然男が斬りかかってくる。

ヒロがカレルと男の間に入り、間一髪でその剣を受け止めた。

しかし、男は間髪入れずにもう片方の手でヒロに斬りかかる。

ヒロはその剣を受けられず、身体を捻って避けた。


「カレル、誰にでも名乗っちまうのやめろ!

明らかに敵意むき出しだったろうが!」

ヒロの怒号が飛ぶ。


「すまない。人間である以上言葉が通じると思ったんだが…。」

自分の失敗でヒロが怪我を負う所だった。

カレルは気を引き締める。

命を奪わず、奪わせないためには一瞬も油断できない。


改めて見直しても男の気配は尋常ではない。

カレルの背を冷たい汗が走る。

どこにも男の隙を見出せない。

逆にこちらの隙を窺っているようだ。


突如、横でヒロが動く気配を感じる。

「カレル、逃げるぞ!」

ヒロが何かを男に投げつけて走りだした。

咄嗟にカレルもその後を追う。

男はその場に留まり、こちらが去る様子をじっと眺めていた。

追ってくる様子が無い事にカレルは心底安心しながらも、

全力で逃げ続けた。


しばらく走った二人は息を切らしてその場に座り込む。


「何だったんだあれは。」

息が整った頃にカレルがヒロに問いかける。


「さあ。分からないね。少し怖すぎたな。

あんなに隙が無い奴を初めて見たよ。」


ヒロはカレルに笑顔で返す。


「あいつも俺達と同じく居住空間から来たんだよな。

全然仲良くできる気配がなかった。傷付いちゃうね。」


ヒロは冗談交じりに言っているが、本当にそうだ。

あそこまで敵意丸出しで出て来る人が居るとは想像もしていなかった。


「俺と同じ名前の人が、あいつに会わないのを祈るばかりだな。」


ヒロの言葉にカレルはハッとする。


「それは本当にまずいな。ヒロトがどれだけ戦えるのか全く分からない。

俺達で倒して縛り上げておいた方が良かったかもしれないな。」

カレルは後悔する。


「いや、正直勝てるか分からなかったよ。

どちらも犠牲にならずに逃げられた事を喜ばないと。

俺も強い気でいたんだけど、上には上がいるもんだな。」

ヒロはこの状況でも、ネガティブに考えている様子が無い。

カレルはヒロを見習う事にした。


「そういえばあいつに何を投げつけたんだ。」

カレルはふと最後にヒロが何かを投げつけていた事を思い出す。


「カゴとハシゴを空き部屋で作ったよな。

あれの余りで苦無を一個作っておいたんだ。

最終兵器みたいに使おうと思って裾に忍ばせておいたんだが、

あっという間に使う羽目になったのは笑うね。

面食らってはいたけど、苦無自体ははじかれたよ。

あ、住人の分の木は勿論残してあるよ。」


ヒロの遊び心に救われた形になったようだ。


「さて、今どこにいるのか分からなくなっちまったな。」

ヒロの言葉で方向を見失った事をカレルはようやく思い出す。

無我夢中になって逃げた結果だから仕方ない。


「さっきのとまた遭遇するのも困るから、

このまま戻らずに進もう。どこかには着くだろう。」


カレルにも異存はなかった。

流れを見る必要がないので二人で並んで歩く。


「なぁ、カレル。」

ヒロが突然口を開く。


「さっき、あの男と戦うのを躊躇っていただろ。

何でだか教えてくれるか。

これは責めているわけではない事は理解して欲しいんだけど、

次もあの様子だと無傷で済む保証がない。

言いたくないなら別に構わないんだが。」


ヒロはカレルの方を見ずに質問している。

カレルは少し迷った後、正直に答える事にした。


「俺が兵役について部隊長をやっていた時代に、

殺す必要のない人を殺してしまった事があるんだ。

相手は全くこちらに対して殺意がなかったことを、

殺めた後に気付いた。


殺してしまった相手の亡骸を抱いて慟哭する人を見て、

ようやくとてつもなく悪い事をしたのだと自覚した。

自分が怖かったよ。そして情けなかった。


俺はもう二度と人を殺めたくないと思っている。

だから、躊躇ってしまった。」


カレルの話をじっと聞いていたヒロが、

「なるほどな」と短く返事をする。


「あいつと次に会ったらどうしたいんだ、カレルは。」

しばらく歩いた後に、ヒロは優しい口調で聞いてくる。


「次は倒すよ。殺しはしない。

無力化した上で縛り上げてやろうと思っている。

ヒロとならそれが出来る気がするからね。」


カレルは笑顔で答えた。


「上出来だ。カレル、次から俺もその方針でいくよ。

あんないかつい奴でも優しく捕えてやらないとな。」


ヒロも笑って答える。

二人は次の居住空間を目指して、そのまま歩き続けた。




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