第十七話 呼吸を合わせて
彼とサクラはミハイルと合流し、三人での旅を始める。
「この穴は外から見ると暗いのに、中に入ってみると意外に明るいね。」
穴に入った時、誰もが必ず最初に思うセリフをミハイルが口にした。
「こんなに明るいのは意外ですよね。
僕も最初一人でこの穴に入った時は本当に怖かったんですけど、
予想外に明るかったから何とかなりました。」
彼がミハイルの言葉に返事する。一人旅だった時の事が懐かしい。
サクラとの二人旅、サクラ・ミハイルとの三人旅へと変わるにつれて、
彼は少しずつ心の負担が減っていく事を感じる。
「次はどうするのか決めておこう。
新たに仲間を探すのか、それとも水源に向かうか。
時間を無駄にすることになってしまうかも知れないが、
私は一度水源を見てみるのも良いのではないかと考えている。」
サクラから次の目的地について確認され、彼は少し考える。
まだ像の所に行くのは早いのだろうか。
しかし、これなら行けると思えるような判断材料もない。
鳥を使用しての様子見も一度試してみたかった事だ。
あの像に関する二人の見解も聞いておこうと彼は決意した。
「そうですね。一度水源に行きましょう。
今回は像に対してのアクションはあまり考えずに、
お二人に水源がどのような所なのかを見て頂いて意見を仰ぎたいです。」
彼はこう述べた後にミハイルをみる。
「僕も見てみたいから反対する理由はないよ。
水源への向かい方も見せて欲しいし丁度いい。」
ミハイルの同意も得た事で、出発することにする。
歩き出してしばらく経った時、ミハイルが彼とサクラに質問をする。
「二人はここを本気で脱出したいって考えているのかい。」
サクラが答えを言い淀んでいる様子なので、彼が初めに答える。
「脱出というより、外が知りたいというのが表現としては正しいです。
何かが起こるまでここを快適に過ごす事も考えましたが、
今がいつだかも分からないですし、この建物が何なのかも分からない。
僕がなぜここにいるのかすらも分からないのですよね。
分からない事が多すぎて気持ちが悪いんです。」
未だにほとんど何も分かっていない。
彼は歯がゆい思いを笑顔に込める。
「ミハイルさんはどう思ったのか分からないですが、
僕とサクラさんはこの空間で目覚めて色々分かってきた時、
感覚的に閉じ込められているような気分になりました。
もしかすると、僕達は誰かに集められているのではないか。
そんな思いがあります。」
彼の答えを頷きながらミハイルは聞いている。
黙って聞いていたサクラもここで口を開いた。
「私は、スズモリが心配だったというのが最初の動機だった。
良く分からない脅威に対して一人で立ち向かおうとしているからな。
スズモリに感化されたのか、今は私も外を見てみたいと思っているよ。」
サクラも外を見る事に興味を持ち始めた事を知り、彼は心の内で喜んだ。
ミハイルはそのサクラの答えにも頷いている。
「ヒロトさんが言っていた閉じ込められているという感覚だけど、
僕には分からなかったな。どちらかというと守られている感覚だった。
食料も水もあるし、かなり過ごしやすい空間だと思ったんだよね。
シェルターに守られているような、そんな気分だったよ。
次に、僕らは集められたのではないかって言ってたけど。
これは僕も思ってる事だね。
ヒロト=JPN=スズモリと同じ顔を持つヒロトさんと、
恐らくサクラ=JPN=ソメイさん本人。
そこら中に生えてるデメテルの開発者である僕。
何か意図的なものを感じざるを得ないよ。
偶然時間移動をしたメンバーがこれは有り得ないでしょ。」
ミハイルは饒舌に語る。
シェルターか。彼が考えもしなかった事だ。
ミハイルの感覚は今後貴重な意見になっていくだろうと彼は考える。
「あと、僕も外を見たいという気持ちは一緒だ。
好奇心は猫を殺すっていうけど、見たいんだよ単純に。
僕らの未来がどうなっているのか。」
ミハイルは非常に純粋な興味で旅についてきたようだ。
三人寄れば文殊の知恵という言葉もある。
きっとこの先良い旅となるだろう。
彼は水源に着くのが少しずつ楽しみになっていた。
「しかしあれだよね、本当はここはあの世でしたってオチはないよね。
ここまで来てそれだと凄く空しいからな。
ヒロトさんにしても、サクラさんにしても、かなり昔の人でしょう。
僕を騙していないのは凄く伝わってくるんだけど、
本人たちも気付かない内に死んでたりしたら分からないわけでしょ。
本当に申し訳ないのだけど、
まだあの世に着いたかどうかを天秤にかけてしまう自分が居るよ。」
ある時、ミハイルは少し遠慮がちに聞いてきた。
ミハイルは冗談を言うような口調で言っているが、
恐らくかなり本気なのだろう。
西暦から来た彼にとっては全員未来の人なので実感がないが、
ミハイルからみた自分は、きっと墓から蘇ったようなイメージだ。
無理もないとは思う。
「ミハイル。その仮定だと私もスズモリも自分が死んだ事に気付いていない。
私達に問う事自体、あまり意味のない行為だよ。」
サクラが微笑みながら答える。
「それはそうだ。
会った時から失礼な事ばかり言って本当に申し訳ない。
頭では分かっているんだけど、
全然理屈に合わない事を心が受け入れてくれないんだ。
不愉快な思いをさせてるとは重々承知している。二人とも許して欲しい。
実は僕は死んでるんじゃないかって、この先も疑ってしまうと思う。」
ミハイルは苦悩している。
「僕達にも確証のある答えは出せていません。
一緒にこれだって答えを探していきましょう。
今回の旅はそういう旅でもいいと思うんです。」
彼も笑顔でミハイルに応じた。これから共に悩むしかない。
まだこの世界の事も、自分たちの事も、何もわかっていないのだから。
水源への流れを見ながら行く旅は、いつもより長い。
三人でじーっと水流を見ている時間が長く、
他の人から見たらきっと間抜けな旅なんだろうなと彼は内心笑っている。
仲良しな旅にも見えるに違いない。
彼は三人で歩く道中にとても満足していた。
そろそろ水源も近付いてきているのではないか。
それくらいの時間が経ったある時の事。
「本当に全く生き物がいない空間だよね。
魚釣りとか出来れば道中も楽しいと思うんだけどな。
何か生き物とかどこかにいないのかな。」
と、ミハイルが言いだした。
魚釣りは未来に残っているのか。
料理をしないのになんでだろうと彼が考えていると、
サクラが無言でカゴの中から鳥を二匹取り出して飛ばし始めた。
「え、サクラさんがやってるのこれ。
どうやってるんだろう。」
そういえば鳥の事を何も言っていなかった。
彼はミハイルが鳥を追いかけている様子を見て、
もう少し黙っている事にする。
大喜びしているミハイルを見てサクラは微笑んでいる。
そのサクラの表情が突然凍り付いた。
彼もサクラと同時に強烈な違和感を覚え、前方を見る。
「スズモリ…。」
サクラが木剣を構える。
「ミハイルさん、下がってください。恐らく前から来ます。」
彼も木剣を構えた。
ミハイルも二人の表情を見て只ならぬ事態である事を察知したのだろう。
盾を構えて彼の後ろに隠れる。
気配は徐々に近付いてくる。
三人が視認したそれは、恐ろしい気配を放つ人間だった。
蓬髪、和装、両手に木刀を持っているその姿を見て、
彼は嫌でも有名な剣豪をイメージする。
この世界にきてから彼はカレル、サクラ、ミハイルといった、
未来の人間とばかり会っている。
自分が最古の人間ではない可能性も十分に有り得た事を、
彼は忘れてしまっていた。
ミハイルはよく事態が呑み込めておらず、相手が人間であった事に安堵する。
「人じゃないですか。おどろい…」
ミハエルが言い終わる前にその男が彼に斬りかかって来る。
避けたら後ろのミハイルに攻撃が行ってしまう。
彼は避ける事を諦めて受ける事にする。
二刀を受けきる自信はないが、一撃くらい食らっても死なないだろう。
そう考えた刹那、サクラが割り込み彼への攻撃を弾く。
男はもう一方の手に持つ木剣でサクラに斬りかかるが、
サクラはそれも打ち落とした。
「スズモリ、奴の攻撃は重い。
一撃食らうだけでも致命的だ。無茶な事はするな。」
サクラがこちらを見ずに言う。
彼が避けるのを諦めた事が見抜かれていたようだ。
「サクラさん、助かりました。
有難うございます。」
彼はサクラに礼を言い、一歩前に出てサクラに並ぶ。
「ミハイルさん、もう少し遠くに下がっておいて下さい。
どうやら僕の剣ではあの人に対抗できないようです。」
彼は男から目を離さずに言った。
後ろでミハイルが離れていく気配がする。
男は彼とサクラを刺すような視線で見ている。
逃がしてくれる様子はない。
「女。失せろ。今消えれば見逃してやる。
少しは出来るようだが、所詮は真似事だ。
わしの相手を出来る力量ではない。
わしの剣を女の血で汚させるな。」
男が口を開く。
彼は男が話し始めた事よりも、その言葉遣いに驚く。
意外に分かり易い言葉だ。もう少し時代劇風に話す事を彼は想像していた。
「時代錯誤も甚だしい。
あなたの生きていた時代がどのような時代だったか想像はつくが、
私の時代に男尊女卑の風潮はない。
私が女だからと言って侮ってもらっては困る。」
サクラの言葉遣いと同じくらい堅いだけではないだろうか。
彼は余計な事を考えながら会話を聞いている。
「言わせておけば…。
女の分際でわしを愚弄し、立てついた事を三途の川で後悔するがいい。」
男は二本の剣を上げて構える。
やはり男に隙を見出すことができない。
どのような援護をすればサクラが勝てるのだろうか。
彼が必死に考えている間に、サクラが男に応答する。
「私は強い。私に負けても恥じる事はない。
だがあなたのプライドの高さだと、きっと必要以上に敗北を恥じるのだろうな。
女に負けた事を嘆き、枕を涙で濡らす覚悟が出来たらかかってくるといい。」
彼が予想していなかった凄まじい煽り文句だ。
サクラの言葉を受け、男の怒気は大気を震わすかのようだ。
男の目に彼の事が視界に入っている様子がない。
彼はハッと気づく。サクラが一瞬、彼を見た気がした。
男は全く彼を見ていない。
直後、男が恐ろしい圧力でサクラに木刀を振り下ろす。
サクラがそれをかわして一撃を入れようとした刹那、
男のもう一方の木刀がサクラの木剣を弾き飛ばす。
男が丸腰のサクラにとどめを刺そうとした瞬間、
彼が男に後ろから渾身の一撃を与える。
バランスを崩した男の木刀を奪い取ったサクラは、
そのまま一撃を加えて男を気絶させた。
「凄い!見事な連携だったね!」
ミハイルがはしゃぎながら歩いてくる。
間一髪だった。連携と呼べる代物ではない。
サクラは木刀をわざと男に弾かせて隙を作ったのだろう。
彼はサクラの豪胆さに呆れる。
「あまり無茶な事をしないで下さい。
僕が意図に気付かなかったらどうするつもりだったんですか。」
彼は気絶している男からもう一本の木刀を奪いながらサクラに問いかける。
一つ間違えれば大怪我では済まない可能性がある場面だった。
「その場合も何とかしたよ。その男は怒りで我を忘れていたからな。
そうさせたのは私だが。感情で動く人間には必ず隙がある。」
全て計算に入れて逆上させていたのか。
サクラの意外なしたたかさに彼は驚く。
「それに、スズモリならやってくれると信じていたよ。
君はやる時はやれる人間だ。」
事あるごとに褒めて来るから、サクラはタチが悪い。
「いや、本当に凄かったよ。
サクラさんのかっこよさも際立ってたけど、
ヒロトさんもかっこよかったよ。」
ミハイルも褒めてくる。
何だか色々うやむやになってしまったが、
良い仲間に恵まれたのだろうと彼は思った。
さて…。
彼は腕組をして考える。
この人をどうしよう。
眠っている侍風の男の処遇を考えて彼は途方に暮れた。
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