第十三話 サクラの道

空振りに終わった前回の探索から気を取り直し、

次の目的地を探し始める彼とサクラ。


前回は水の流れを見るのを彼に任せていたサクラだったが、

今回は彼と一緒に流れを見つける練習をしている。


「川の流れを少し見ていたんだが、薄暗くて意外に分かりにくいな。

前回は任せきりにしてすまない。今回から一緒に探すよ。

交代で探して休憩出来るようにしよう。」


サクラが彼に提案した内容だ。

出会った時からある程度は分かっていたが、サクラは非常に気を遣う人間だ。


彼は川の流れを見るのが好きだったので、実は全く苦痛ではなかった。

しかし単純に気遣いが嬉しかった彼はその提案を受け入れた。

仮に自分が何らかの原因で居なくなっても、

サクラには探索を続けて欲しいという思いからでもある。


「スズモリのおかげで大体コツが掴めてきたよ。

次からしばらくは任せて欲しい。」

熱心に川の流れを見ているサクラであれば任せられる。

彼はしばらく何も考えずにのんびり歩く事にした。


数日後、サクラの様子がおかしい事に気付いて彼は声をかける。

「サクラさん、どうかされましたか。」


サクラが困ったような顔で彼を見る。

「すまない。私はひどい思い違いをしていたようだ。

進むべき方向が分からなくなってしまった。」


驚いた彼が川の流れを見る。

しかし今見た所で無駄な事に気付いた。

流れが水源へ向かっているのか下流に向かっているのか判断がつかない。


「本当にすまない。任せてくれと言ったのにこのザマだ。」

サクラが悲痛な面持ちで彼に謝る。


「いえ、慣れていないサクラさんに任せきりにした僕も悪いです。

謝らないで下さい。それに僕達の旅は急ぎではないです。

のんびり行きましょう。」

彼の本心からの意見だった。


「人が居なかったあの場所に戻ってから確実に行くという手もあります。

けど食料には幸いかなりの余裕がありますし、

敢えて川の流れを見ずに、少しお話に重点を置きながら歩きませんか。

川の流れを見るのに必死で、これまであまり話せてなかったですし。」


彼は笑顔で話しかけ、まだ暗い表情のサクラの不安を取り除こうと試みる。


サクラは少し笑い、

「気遣ってもらってすまない。少し落ち着いたよ。」

と答えた。


「そうだな。折角機会を頂いた事だし、私の事について少し話そう。

正直バツが悪い話もあるのだが、スズモリには聞いておいて欲しい。」

サクラは語り始める。


「私はサクラという名前の他に、世間で認知されていた名前がある。

カタナという名前だ。

刀による暴力で、悪人を…悪人と思っていた人を社会的に抹殺していた。

そこから付いた名前だ。

その名前で活動していた時、私は自身の活動を正義だと信じていた。

しかし行っていたのは実質ただの人殺しだった。

私によって社会的に抹殺された人は、

社会復帰など出来ずに無念の内に死んでいく事が多かったようだ。

私のせいで人が不幸になっているなんて思わなかった。」


彼はサクラが語る過去に耳を傾ける。

衝撃の過去だとは思うが、サクラは本当に正しいと思っていたのだろう。


「悪党を誅すると称して、

悪事を働いていると言われている人間を不幸に叩き落していた。

その人達にも大事な人が居る事も、

その人達の事を大事に思っている人が居る事も。

私は何も想像しないままに人を殺していたようなものだ。

私の手は汚れている。

だが、それ以上に私の心は淀んでいる。」


サクラは自身の手を見つめている。

彼にはその手が綺麗な手に見えるが、

サクラにはその手が汚れているように見えているのだろうか。


「この世界で最初に目覚めた時も、

しばらくは『とうとう捕まったんだな』としか思っていなかった。

どのような状況で捕まったかまでは考えなかったけど。

牢屋にしては屋外のような感じで、妙に広いなとは思っていたが。」


牢屋という印象か。彼は考える。

実際、この空間に閉じ込められているという印象は強い。

サクラの考えもあながち間違いとは言い難かった。


「大きな木と鳥が作れた時は、もしかしたら天国かもしれないと思ったんだ。

私は悪い事しかしていないというのにな。

直後に木剣を作ってしまった時は複雑な気分だった。

やっぱり私にはこれしかないのかってね。

どうしてもこれまで間違えてきた正義を信じたい気持ちが、

私自身を褒めてあげたい気持ちが残っているのだろうな。

浅ましい話ではあるのだけど、本当に自分の正義を信じていたからな。」


自身の正義を否定しなければならない。

それはかなり辛い事なのだろうと彼は想像する。

サクラは特に融通が利かなそうだ。


「私を信じていた両親には本当に申し訳ない事をしたと思っている。

きっと、私がカタナだとは全く想像もしていなかっただろうから。」


もう元の世界に帰れない事に対し、泣いていたサクラを思い出す。

きっとサクラを信じる人達も大勢いたのだろう。


「ここまで聞いてくれてありがとう。礼を言うよ。

何となくだが、スズモリなら言っても大丈夫だと思ったんだ。

迷惑な話かもしれないが。」


横を歩くサクラの表情は読めない。

しかし彼の答えは決まっていた。


「色々教えて貰えて嬉しかったです。

ようやく信用してくれてるんだなって実感出来ました。

迷惑だなんてとんでもないです。」


彼はサクラの堅い口調がどこから来ているのかが分かった気がした。

細かく気遣ってくれているのも、性分なのだろう。

結果としてサクラがやってきた事は人の死を招いてしまっているが、

悪意を以て行った行為ではない。

彼はその事についてサクラに思う所など全くなかった。


「僕が一緒に来て欲しいとお願いするのを言い出せなかった時、

サクラさんが自ら一緒に来ると言ってくれましたよね。

あれ、本当に嬉しかったんです。

今でもサクラさんが一緒に行動してくれているおかげで、

僕も色々慎重に行動することが出来るようになっていますし、

道中も楽しく歩けています。改めて有難うございます。」


彼はサクラに笑顔を向ける。


「スズモリに会えて本当に良かったよ。

この話をしてまさか御礼を言われることになるとは思わなかった。

本当に君は良い人なんだな。

君のお陰で美味しい食事が食べられるし、

何より私の事を認めてくれている君がいる。

この世界から帰れなくても、悪くないと思ってしまうよ。」


彼の笑顔に対し、サクラも笑顔で応じた。


「僕についても何か話したいのですが、

お話して僕への理解が深まったりするエピソードも特にないのですよね。

趣味とかの話でも良いでしょうか。」


彼はサクラに問いかける。


「趣味か。君という人間が分かる可能性もあるし、聞かせてもらえるだろうか。

私の趣味といっていい活動は、華道だったな。

花の顔を私が作れる喜びが華道にはあった。

あとは座禅だな。悟りを開けるなどというつもりはないが、

心が千々に乱れない為に必要だったと思う。」


彼にも分かる文化的な趣味だった。

後世にまで伝わっている文化なのだなと感心する。

彼の趣味は後世にまで伝わっているのだろうか。


「趣味はTVゲーム…という概念はきっとサクラさんの時代にはなさそうですね。

個人宅で出来るeスポーツっていえば伝わるのでしょうか。

それと、漫画を読むことと音楽鑑賞と映画鑑賞。

フットサルもたまにやってます。

僕の話って理解できない点とかあったりしますか。」


彼はサクラの反応を待つ。

カレルとこういう話をしていなかったので、

どこまで話が通じるのかが分からない。


「スズモリ、ちょっと待ってくれないか。

eスポーツは分かる。私達の時代のそれとは異なるのかもしれないが、

太平暦にもあるものだ。仮想空間に入り、様々な体験をするものだろう。

私達の時代では軍事訓練のシミュレータとしても利用されているな。」


サクラのいうeスポーツは何となく理解できる。

人間が仮想空間に意識を飛ばす事が、本当に出来るようになっているようだ。

それの簡易版と説明したい所だが、説明が難しそうだ。

彼は他の趣味への解釈を黙って聞く事にした。


「漫画とは絵と話を組み合わせてストーリーを追う本だろう。

勿論私達の時代にも存在する。

人間で漫画を描く人はほとんどいなかったとは思うが。

西暦では紙媒体のそれも存在していたと勉強した事がある。

悪い風習として習うのだけれど。

太平暦では紙の本は大変貴重なものとなっているよ。」


サクラの話から、木が本当に減少しているのだなという事が分かる。

紙媒体の漫画が悪しき風習として扱われているのは悲しいけれど。

しかしそれより彼には気になる事があった。

「人間の漫画家がほとんどいないと言ってましたけど、

誰が漫画を描いているのでしょうか。AIですか。」


彼が質問した事にサクラは驚く。


「その通りだね。AIが全般的に本を描いていたよ。

西暦の時代からAIは存在しているのだな。知らなかったよ。」


AIが漫画を描く時代。

いや、この話しぶりだと漫画だけではなく小説や記事なども書くのだろう。

彼は少し寂しさを覚える。しかし、考えようによっては凄いのではないか。

彼の時代の漫画家と過去の漫画家。そして未来の漫画家。

それぞれの絵や話の特性を受け継いで新しく作られるAIの漫画。

素晴らしく素敵なハイブリッドな作品が未来にはあるのかもしれない。

彼は是非とも読んでみたいという感想を抱く。

この世界は太平暦より先の時代であるはずなので、きっとあるはずだ。

外に出た時の目標が一つできた事を彼は喜んだ。


音楽や映画は当然のようにサクラの時代にも受け継がれていた。

驚くことに、彼の知っている音楽や映画の中に、サクラが知っているものもある。

良い作品は時を超えるのだなと、彼は感動する。


フットサルに関してはサクラには全く分からないようだったが、

単純にサクラが知らない可能性もあるので話を割愛した。


「スズモリはこの世界ではとてもアクティブな様子なのに、

元に居た世界ではどちらかというと屋内の趣味が多いのだな。」


サクラの言葉が刺さる。

フットサルを正しく理解させて訂正したいが、

最初についたイメージを引っくり返すのは難しいだろう。

それにサクラが悪い意味で言っているような感じもない。


「こちらでは動かざるを得なかっただけです。

もし最初に目覚めた空間が趣味までカバーしていたら、

僕はもしかすると外に出ていなかったかもしれません。」


冗談で言ったつもりだが、自分でも冗談とは思えない。

予想通りサクラは彼の冗談を真に受けている様子だ。


「私の時代ではシリアルが配られていると言ったな。

あれは非常に栄養価が高いので、

ただ食べているだけだと少しずつ過剰な栄養が摂取されるんだ。

一般的な体型の場合はだが。

だから私の時代では一日最低一時間以上の運動が義務付けられている。

運動は良いものだぞ、スズモリ。」


よく話に出て来るシリアルにそんな効果があるのは初めて知った。

政府より配布されている食料。

もしかすると、国民に運動をさせる為の配給なのだろうか。

気になる所ではあった。


そのような事を話している内に前方に光が見える。

新しい仲間は果たしてそこにいるのだろうか。

彼とサクラは慎重にその空間の入口へと向かった。

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