第十話 旅は道連れ

サクラは筋が良く、フィンガースナップをすぐに使えるようになった。

昼夜の切り替えを指でパチンと切り替えるサクラの姿を見ると、

本当にこれで良かったのかと疑問が湧いてくる。

彼は言葉だけでも昼夜の切り替えが行える事を、墓場まで持っていく事にした。


「ところでスズモリ、君はどれくらい記憶があるんだ。」

サクラが唐突に聞いてくる。

サクラと出会った時に名乗った際、

一般的によく知られている名前だと言っていた事を思い出す。

何かを疑われているのだろうか。


「僕が失っている記憶は多分無いと思うのですよね。

小さい頃の記憶とかは当然なくなってしまっていますけれど。」

と答える彼に対し、サクラは「そうか。」とだけ言って黙り込む。


「僕の名前を聞いて、サクラさんは有名人のような扱いをしてましたよね。

どんな事をして有名な人だったのでしょうか。

同じ時代では僕の名前で有名な人なんていませんでした。」


彼はサクラに疑問を直接ぶつけてみる事にする。

サクラは困ったような顔をして彼を見た。

彼が黙ってサクラを見ていると、少し彼から目を逸らして話しだす。


「あまり良い意味での有名人ではないが、気分を害さないで欲しい。

ヒロト=JPN=スズモリという人間が西暦の末期に居たんだ。

歴史上稀にみる凶悪なテロリストの集団の筆頭だ。

歴史の教科書にも顔写真付きで載っている。」

サクラは彼の顔をじっと見ている。


「スズモリ。その顔写真は君にとてもよく似ているんだ。

教科書でしか知らない顔だが、だからこそ思い出した。

君が本当に何も知らないとしても、私は君が本人ではないかと思っている。」


初めて有名人に似ていると言われた彼だったが、

それが歴史上有名な犯罪者ではあまり良い気分がしなかった。


しかし、なぜカレルは教えてくれなかったんだろう。

カレルの時代には恐らく既に有名になっている筈だ。

知らなかったのだろうか。

それとも、知らないふりをしていたのだろうか。

次に本人に会うことが出来たら聞いてみようと彼は考えた。


「しかし誤解しないで欲しい。スズモリの人格を疑っているわけではない。

君が犯罪を働くような悪人には私には思えないし、

もし本人だとしても、まだそのような思想を持っていないのだと思っている。

教科書に載っていた顔は、君よりもずっと年齢が上だったからな。

君がヒロト=JPN=スズモリ本人がこの時間に来たとしても、

これからの君の事まで責任を取る必要はないと私は考えている。」


サクラは口調こそ堅いが、優しい人間なのだろう。

彼はサクラの言葉の端々に気遣いを感じる。

しかし、彼は自身がヒロト=JPN=スズモリではないという確証があった。


「お気遣い有難うございます。サクラさん。

けど、確か西暦の末期って3000年代ですよね。

僕は2000年代の中でも前半の方で生活していたので、

その人と同一人物である可能性は非常に低いと思います。

不老不死の技術があれば別ですけれど。」


彼の言葉を聞いて、サクラは目を丸くする。

「それが本当なら…いや、本当ならというのも失礼な話だな。

本当に申し訳ない勘違いをした。許して欲しい。

しかし、あまりにも似ているのだよ。

ヒロト=JPN=スズモリはスズモリの子孫なのかもしれないな。」


なるほど、と彼は納得する。

そこまで似ているのであれば、そうなのかもしれない。

けど子孫がそんな大罪人となってしまうのも頂けない話だ。


「僕がここにいる時点で、そのヒロトさんも生まれてこないかもしれませんね。

いや、妹の血筋なのかな。考えても仕方ないですけれど。

何にせよ、ここから上手く脱出できた所で、きっと過去には帰れないんだろうな。

歴史が変わっちゃいますものね。」


彼は敢えて明るい口調で言う。

サクラもふっと笑いながら応答する。


「そうだな、脱出か。スズモリが来るまでは諦めていたよ。

それなりにここも快適だったから、出る事を考えなかったと言ってもいい。

滝の穴が入口なのは盲点だった。スズモリはよく見つけたな。」


サクラは遠くの木を眺めながら話している。

木の周りを鳥が飛んでいるのが見えた。


「しかしスズモリの言う通り、ここを出た所できっと帰れはしない。

もし、帰る術があっても帰ってはいけないのだろう。

こんなに寂しい気持ちになるのは、想像していなかったよ。」


サクラの語尾は震えている。

彼はサクラの気持ちが落ち着くまで待つことにした。

しばらくしてサクラが彼に話しかける。


「取り乱したようだ。待たせてすまないな。

やはり少し堪えてしまったようだ。情けない。

そうそう、折角スズモリが来たんだ。

もてなすのが礼儀だろうが、あいにくこんな状態でな。

お茶の一杯も出せない。

草も同じ味を食べているだろうしな。」


サクラの言葉に、カレルが大喜びしていた草による料理ショーを思い出す。

カレルもそうだったように、シリアルを食べていたとサクラは言っていた。

未来ではきっとろくなものを食べていないのだろう。

どの料理が口に合うかは分からないが、喜ばせる自信が彼にはあった。


「サクラさん。この草は食べた事のあるものを再現する草みたいなんです。

僕はもしかしたら太平歴の人よりおいしい物を食べてるんじゃないかなって、

前の人に会った時に思ったのですよね。

サクラさんも僕の記憶が再現した料理を食べてみませんか。」


彼の言葉をサクラはいまいち理解出来ていない様子だ。


「この草は支給されているシリアルと同じ味だろう。

もしかして、スズモリは全く違う味として受け取ってるという事か。

そもそもシリアル以外の食べ物なんてそんなに無いはずだが…。」


サクラの言葉を額面通りに受け取ると、未来の食事には希望がない。

カレルもサクラも「貧しいから」などのワードを一切使っていない事から、

恐らく一般的な感覚として、

食事とは支給されたシリアルを食べる事を指すのだろう。


「西暦の時代と大きく食事の事情が異なるようです。

僕は裕福でもなく、貧しくもない家庭に育ちましたが、

たくさんの種類の食事を食べてきました。

もし良かったら食べてみてください。」


彼はみかんの味にした草をカゴに入れてサクラに渡す。

サクラはその草の香りに驚いている様子だ。


「何か変わった匂いがする。

スズモリが食べた事がある料理といったが、

何で私にまでそれが再現されるのか理解できない。」


サクラは本当に食べて良い物か訝しんでいる様子だ。

サクラの反応を見て、改めてカレルの豪胆さに驚かされる。

確かにこの反応の方が人として正しい反応なのだろう。


「原理は僕にも分かりません。

何かしらの方法で感覚が共有されているのだと思うのですが、

僕が再現した料理が他の人にも食べられるようなんです。

逆も勿論可能でした。

その草は酸味と甘みが混ざったみかんという食べ物を再現したものです。」


彼は説明する。

味覚は環境が作るというが、サクラはこれを食べられるのだろうか。

カレルが何でも食べてくれたので大丈夫かと思っていたが、

味覚が全く異なる可能性を考慮していなかった。


彼は急にサクラを喜ばせる自信がなくなっていく事を感じる。

むしろ未知の物を食べてあの反応だったカレルがおかしいのかもしれない。


「これは食べても良いものなのだな。スズモリ。

私は君を信用して食べるからな。」


サクラは念を押しつつ草を食べる。

彼はその反応を恐る恐る見守った。


「スズモリ。すまないがもう一度この食べ物の名前を教えてくれ。」


食べ終わった気配がしてからサクラが呟く。

木を見ながら話すサクラの声からは何の感情も伝わってこない。


「みかんです。お口に合わなかったですか。」


彼の脳は他に何を食べさせた方が良いのかをフル回転で考え始める。

たかが食べ物、されど食べ物だ。

信頼関係を築こうと思っての事だったが、逆効果になるのでは非常に困る。


「いや。」

サクラの反応は非常に淡泊なものだった。

彼はカレルの反応を思い出し、これを失敗と受け取る。


ライチ味の草でも出そうとしたその時、

「いくつか、みかん味が欲しい。」

サクラの反応を読み間違えていたことが分かった。


その後、何を出してもやはりサクラは喜んで食べている様子だった。

太平暦の人間に会ったら食べ物で釣れるかもしれない。

そんな事を考えていたら木の周りを飛んでいる鳥が目に入った。

そういえば、あれはなんなのだろう。

ハンバーグ味の草を食べ終えたらしいサクラに聞いてみる。


「あぁ、あれは私が木から作った鳥だよ。

生きているかのように飛ぶだろう。小さい頃に図鑑で見たことがあってな。

作ってみたんだ。おいで!」


サクラが呼ぶと複数の鳥が飛んできた。

近くで見ると確かに木で作成されたのだなというのが分かる。

しかしそんなことより、鳥をサクラが呼んだら飛んできたのが気になった。


「その鳥は呼ぶと来るように作ったのでしょうか。」

彼の中で何かしらの考えが浮かびつつあるが、

それが何なのかは彼にもまだ分かっていない。


「作ってみたら簡単な指示を聞く鳥だった、と言った方が正しいな。

従順な鳥になってほしいという思いはあった。

それが正しく反映されたのかもしれないな。」

サクラの答えに、彼の考えがまとまる。

この鳥はきっと役に立つ時が来る。


「サクラさん。僕は先日、この滝の水流を遡って水源に行ってみたんです。

水源はとても広い部屋みたいな所でした。」


彼の突然の告白に、サクラが驚いた顔で彼を見る。

「水源まで行ったのか。

水源はどのようになっているのか教えてくれないか。」

彼は頷き、話を続ける。


「そこには大きな水の球が浮いていました。

そこから水が流れ落ちていたので、水の球自体が水源だと思います。

水がどこから来るのかを確認すれば、外へのヒントも分かると思うのですが、

残念ながらトラップの気配がしたので確認出来ませんでした。」


サクラは彼の話を聞き、感心したような表情を浮かべている。

「ここに来た時点で行動力があるのは分かっていたが、

まさか一人で水源まで辿り着いていたとは。

スズモリは本当に凄い奴だな。」


サクラの感嘆を受けて気分は良いが、彼の目的はそこではない。

協力を取り付けたいと彼は考えている。


「サクラさんにお願いがあるのですが、鳥を数匹頂いても良いでしょうか。

お借りしたいと言いたいのですが、返しに戻れる自信がありません。

僕の指示を鳥が聞くように指示してから頂けると助かります。」


あの像がトラップだった場合、本当に命に係わる問題だ。

カレルの時とは違い、旅の同行を依頼するのは気が引けた。

それにこの鳥であれば、トラップの正体を観察することが出来る。


「どのように鳥を使うのか聴いても良いだろうか。」

サクラは鳥を案じているのだろうか。

無事に返すつもりが無いのを後ろめたく思いながら、サクラに用途を説明する。


「先程説明した水源のトラップを見破る為になります。

鳥が近付けば、恐らくはトラップが発動すると思うのですよね。

申し訳ありませんが、何匹か使ってパターンもみたいです。」


正直に話して断られるのであれば仕方がないと彼は考えた。

嘘を話して鳥を手に入れるのは、彼の良心に反する。


「ふむ…。」

サクラは少し考えた上で答えをだす。

「私もスズモリと共に行こう。」


予想外の答えに彼は絶句する。

来てくれると言い出してくれるのは予想すらしていなかった。


「そこに登れば一緒に行けるんだろう。

実はあの木に登るために木のハシゴも作ってある。

ちょうど良い高さだから持って来たら登れるはずだ。」


サクラは共に来る方向で動こうとしている。


「命の危険を伴う旅になる可能性が高いです。

言い忘れましたが、トラップは人型の像でした。

水の球の前から消えたり出てきたりを繰り返すのですが、

消えている間どこにいるか予想できていません。

最悪の場合、水路を見回っているのではないかと推測しています。

本当に危険な旅になると僕は考えています。」


サクラの来てくれるという言葉はとても嬉しい。

水を差すような事を言うのは嫌だったが、

だからこそ彼は危険性を強調する必要があった。


「危険な旅だから私も一緒に行くんだろう。

罠に関しても一人よりは二人、二人よりも三人で見た方が良い。

たとえ私が命を落とした所で恨みはしないよ。」


サクラの言葉は彼にとって望んでもいなかった言葉だった。


「それに、美味しい料理をまだまだ知っているんだろうからね。

今後ともよろしく頼む。」


サクラは彼に笑顔を向けた。



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