閑話 カレルの決断

彼が去ってから四、五日経った。

カレルは滝の穴を見ながら放心したかのように座っている。

その手にはスコップが握られていた。

彼が去った後、カレルは彼を追うべきかずっと迷っている。


―また会える日を楽しみにしてますね!


屈託のない笑顔で接してくれた彼。

共には行けない事を伝えた時の残念そうな顔を思い出す。


『ヒロトは良い奴だった。

共に行くべきだったのかもしれない。』


カレルには後悔の念が残っている。

この空間が心地良く、外に出るメリットを感じない。

それは嘘ではなかった。

いつまでこの状態が続くかは分からないが、今は不自由を感じない。


『ヒロトにも色々教わったしな。』


彼がカレルにもたらした恩恵の内、

明かりの調整とたくさんの種類の食事は、

この空間での生活を劇的に快適なものへと変化させていた。

特に食事に関しては、今が生涯で一番美味しい物を食べていると断言出来る。

カレルは草原に大の字になって寝転がってそのまま目を閉じる。


『俺は充分幸せだ。

ヒロトの探究心と現状への不安も分かるが、

分からない事が多過ぎる世界で無茶出来る方が不思議だ。

俺には真似できないよ。

それに…。ヒロト、君に言えなかった事がある。』


カレルの脳裏に兵役についていた頃の記憶が蘇る。

そこでの戦闘訓練は主に仮想空間に入り込んでのイメージトレーニングだった。

仮想空間には過去にあった実際の反体制勢力との戦場が再現されており、

その中でどのような働きをするかで成績が決まる。


カレルは仮想空間上の戦闘において無類の強さを誇っており、

主に敵の指揮官や名高い戦士を倒す事による士気の低下の役割を担っていた。

カレルの活躍はめざましく、全てのシミュレータの攻略において要となった。


そんな折、新シミュレータが開発された。

テスターとして当時の精鋭百名が選抜される。

攻略相手は、歴史の教科書で習う反逆者の内で最も凶悪とされる集団の一つだ。


広範囲で高高度核爆発を起こす事により、

一時的に電子機器を世界規模で使用出来ないようにし、

文明を原始まで回帰させた集団だった。

事態を重く見た各国家は国家の垣根を連合軍を作り対抗。

これをきっかけとして後に地球上の全国家がまとまったとされている。


シミュレータでは相手の数は十五人。

精鋭百人で負けるはずがないと臨んだ戦いだったが、結果は惨敗だった。

今でも覚えている。

いつも通り集団の代表に挑むカレル。

先手を打ったにも拘らず、かわされた挙句に木刀の一撃で伸されてしまった。

出鼻を挫かれ、士気が下がってしまった味方が簡単に蹂躙されていく。

倒れたまま敵の代表を睨み付けるカレル。

振り返ってカレルを見る集団の代表の顔がヒロトと重なっていく。

ヒロト=JPN=スズモリ。

文明を滅ぼした主犯格の名前だ。

シミュレータはそのままお蔵入りとなり、日の目を見ることはなかった。


スズモリヒロト。

恐らく血縁者でない限り本人だ。あまりにも顔が似ている。

まるで雰囲気が違うけれど。

もしヒロトがあのヒロト=JPN=スズモリだとしたら、

偽名ではなく文化の違いなのだろう。

ミドルコードはある時期に付けられたと聞いたことがある。

姓名が反対だった文化があったというのも今思い出した。


仮想空間で出会ったヒロト=JPN=スズモリは、

恐らくカレルが出会ったヒロトより一回り以上歳が上だった。

もし仮にヒロトと同一人物だとしても、

ヒロトは自分が歴史的な犯罪者になる事を知らない可能性がある。

知っていたにしては不自然な立ち居振る舞いだった。

記憶を無くしたのではなく、

まだ世界と戦う事を決断する前のヒロト=JPNスズモリという事だ。


『ヒロト。君はヒロト=JPNスズモリなのだろうか。

もし君がヒロト=JPN=スズモリだとしたら、何の為に戦っていたのだろうか。』


―君達は自分達の正義の在り方に疑問を持った事はないのか

―いつか君達にもきっとわかる時が来る


カレルを変えた言葉を思い出す。

ヒロトは当時も今もきっと強い意志で動いている。

ヒロトと行けば何かが分かるかもしれない。

カレルは手に持ったスコップを強く握りしめて立ち上がった。

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