第六話 カレルとの邂逅

滝の穴は外から見ると真っ暗なように見えていたが、

目が慣れてくると薄明かりが差しているような明るさである事が分かった。


光源が見当たらないのが不思議だが、

彼にとって覚悟していた程には暗くないのは有難い事だった。


水温を適温に変化させながら歩く予定の彼だったが、

内部の両端に丁度歩ける幅の道があったのでそれを利用する事にする。


彼が抱いていた「閉じ込められていた」という疑念は、

人工的なその道を見る事で確信へと変わる。

一体なぜだろう。何度「なぜ」と思っても解決しない疑問だった。


入口から歩き出して三十分程で道が十字に分岐する。

彼は少し迷った後、これまで歩いて来た道の端に草を置いて右折する事にした。

特に根拠はない。

行動学上、人は未知の分岐は左を選びやすいという話を彼は聞いたことがあった。

敢えて最初はその逆を行こう程度の動機だ。


ふと道中の目印を食べられてしまう童話を思い出すが、

そもそもまだ彼は生き物と出会えていない事も同時に思い出す。

無くなるものなら無くなってみせて欲しいという心境だった。


その後も彼はY字十字など複数の分岐を辿り、

その度に分岐点に目印を置きつつ歩いている。

あまりに同じような景色が続いた為、あの空間のループを思い出す。

同じ所を通らされている事も懸念した彼だったが、

置いている目印をまだ見ていない為、諦めずに歩き続けた。


新手のループだろうか。あまりの長さに彼の気が滅入りつつあったその時、

前方から光が差し込んでいる事に彼は気付いた。一目散に走りだす。


出口が近付くにつれて警戒心を取り戻した彼は、

ゆっくりとした歩調に改めてからそっと外を覗いた。


彼の想像通り、穴を抜けた先は滝だった。

彼の居た空間によく似ている。

自分と同じような人が居るかもしれない。

彼は大きな期待と少しの不安を抱く。

降りれそうにないのは残念だが、相手が上がって来れないのは幸いかもしれない。

相手が善人とは限らないからだ。


彼はとにかく誰かと会話がしたかった。

しかし辺りを見渡しても人がいる様子がない。

声を上げて様子を伺おうとしと瞬間、

「うお!」

という声が真下から聴こえ、彼は心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。


人が居る。恐る恐る下を覗き込んだ彼は、下にいる人間と目が合った。

青い眼、金色の髪、白い肌。

彼から見たその人間の第一印象は「海外の人」だ。

日常の英会話をもっと勉強するべきだったと彼は悔やむ。

尤も、外見から英語だったら通じそうだと判断したのは、ただの彼の偏見だ。


彼が知ってる英単語を絞り出して会話を始めようとしたその瞬間、

相手が話し出す。

「そこが出入り口だったのか!」

日本語だ。ネイティブな発音の母国語に彼は大きく安堵する。

コミュニケーションを取るのには困らなそうだ。


「はい。僕もここと似たような所から出て来てここに来ました。

少しお話しさせて頂けませんか。僕はスズモリヒロトです。」

彼は正しく伝わるように、ゆっくりと話しかける。


「スズモリ、ヒロト。」

彼の名前を繰り返した男は、戸惑ったかのように言葉を止める。

何か引っかかるものがあったのだろうか。

彼が心配した瞬間、男が再度話し出した。


「よろしくな!俺はカレル=CZE=テプラーって名前だ。

その、あれだ。ミドルコードで差別する人間を俺は心から軽蔑している。

俺の前ではミドルコードは隠さなくていいよ。

けど無理に言う必要もないけどね。気が向いた時に教えてくれよな!

本当に会えて嬉しいよ、ヒロト。」


いきなり名前で呼ばれるが、悪い気はしない。

カレルは人と話す事に慣れている様子だ。

彼はカレルの放つ、人の良さそうな雰囲気に安心した。


会話の中にミドルコードという気になる単語があった。

それが彼の名前を聞いてカレルが戸惑った原因だろうか。

彼が今知りたい事ではないので、取り急ぎ後回しにして話を続ける事にする。


「ありがとうございます。

僕も人に会えたの自体が久しぶりで、凄く嬉しいです。

色々知りたい事も多いので、情報交換をさせてください。

僕もここと同じような部屋から出てここにきました。

目覚めた時にはその部屋に居たので、

その部屋にどうやって来たのか私は覚えていません。

カレルさんは何かご存知でしょうか。」


気になっていた事だ。

敢えて部屋という表現を使ったが、カレルには通じるだろうか。

彼はカレルの返答が何かしらのヒントになるかもしれないと期待する。


「いや、それが全く覚えていないんだ。

俺も気付いた時にはこの部屋にいた。

けど名前も過去も思い出せるし、記憶自体を無くしているわけではないと思う。

ヒロトもそうだったんだな。」


カレルの返答は予想出来ていたものとはいえ、彼は少し落胆する。

やはり同じような境遇であれば、把握している事はほぼ同じレベルなのだろう。


「そうですね。僕も同じです。

記憶は持っているので、記憶喪失は考えにくいです。」


カレルは彼の答えを受けて頷いている様子だ。


「しかし、ヒロトはこの空間からよく出られたな。

ヒロトが出てくるのを見てしまえば、そこかなって納得するけど、

俺が試してもみなかった場所だ。

俺も最初は出入り口を探してたけど、しばらく諦めて暮らしていたよ。」

感心したようにカレルは彼に話しかける。


「僕も最初はどうやったら出られるだろうって必死に考えていました。

何度歩き回っても同じ所に着いた時は本当に驚きましたよ。

それから何となく閉じ込められてるんじゃないかなって感じていました。」


そう答えた彼にカレルは少し驚いている様子だ。


「閉じ込められてるという認識は俺も同じだよ。

何だか凄く快適に作られているけど、説明もなくて不便だったからね。

だから最初にヒロトを見つけた時、監視してる方の人かと思ったよ。

それより、何度も同じ所に着くのはショウクウだからだろう。

ヒロトの家にはなかったのか。

ここまで広いのと、屋外のようなレイアウトで使うのは俺も初めて見るけどね。」


カレルの答えに対し、彼はすぐに反応する事が出来ない。

あのループする空間を、知らない単語で当たり前のようにカレルは語っている。

もしかして。彼の頭の中で一つの疑問がまとまりつつあった。

ずっと感じていた疑問だ。

彼は聞かなければならない事を口にする。


「カレルさん、今って西暦何年なのでしょうか。」

その問いにカレルは笑って答える。


「歴史のクイズかな。西暦で言うとか。

そういう考え方をした事がないから俺は分からないな。」


そこまで言ってカレルはふと真顔になる。

カレルの答えを聞いて彼が絶句している事が遠目にも分かったのだろう。


「そうか、分かったよ。きっと西暦の時代の人なんだねヒロトは。

ショウクウも知らない様子だったもんな。

信じられないが、やはりそういうことなんだ。」


カレルはうなだれる。

その言葉から、既にカレルが違う時代を生きる人である事を彼は察する。

しかしカレルの様子もおかしい。

彼は考えがまとまらないまま再度カレルに質問を繰り返す。


「カレルさん、教えてください。今はいつなのでしょうか。」

カレルは困ったような笑みで彼を見る。


「俺の最後の記憶では太平暦278年だったよ。

西暦は3000年と少しで終わって、太陽歴がその後1000年近くあったから、

ヒロトのいた時代より後の人間だね。」


カレルの答えは彼の予想通り、今居る場所が未来である事を明確に示した。

しかも予想よりも遥かに遠いようだ。

家族や友人の顔が思い浮かぶ。もう会う事は叶わないのだろう。

予想していた事とはいえ、彼はその事実に打ちのめされる。

しかし、カレルの次の言葉は彼の予想をさらに超えるものだった。


「ヒロトが来る前に俺も色々やってみたんだ。

けど、色々分からない技術が使われている。

この空間は俺の時代の技術では恐らく作れない気がするんだ。

恐らく今、という時間軸で見るならば俺も過去の人間だ。

今が何年なのか、俺にも分からない。」


カレルの言葉は彼の戸惑いを、より深い所へと突き落とした。

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