第七話 再出発

少しの間沈黙が流れた後、彼が先に口を開く。

「色々教えて頂き有難うございます。

未来なのかなと少し予想はしていたのですが、やはり堪えますね。

しかも僕の想像よりもずっと先の未来のようです。

どうやって来たのでしょうか。タイムスリップでもしてしまったのかな。」

謎は深まるばかりだ。

頭の中を整理するために、カレルにも分かるはずもない問いを彼は投げかける。


「時間を滑るって表現は面白いね。けど俺の予想はヒロトとはちょっと違う。

君と俺がいるのは同じ時間の未来にいるのは偶然ではないと思うんだ。

仮に何かの拍子に時間を滑ってしまった人間が今に集まるとしたら、

部屋みたいな場所に一人ずついるのは不自然だよ。

何か閉じ込められているような感じも受けるし。

やはり誰かが過去の人間を集めてるんじゃないかな。

さらわれたという記憶はないけど。」


カレルはタイムスリップを時間を滑るという表現に変えて話す。

確かに部屋みたいな場所に閉じ込められている。

彼はカレルの言う偶然ではないという推論に納得する。


「カレルさんの言う通りですね。

どうやってかはわからないですが、集められたという事でしょうか。

けど人選の基準がわかりませんね。僕は呼ばれる理由に心当たりが無いです。

もうちょっと賢い人を呼んだ方が、時代について語れると思うのですよね。」


自虐的な冗談を交えて笑いながら言う彼をじっと見た後、

カレルも少し笑いながら

「そうかもな。俺にも呼ばれる覚えがないよ。」

と答えた。


カレルは何やら物思いに耽っているようだ。

自分が来た事で、カレルも未来に居る事を確信したのだ。

思う所もあるのだろうと思い、彼も少し休むことにする。


彼は少し間を空けた後、何となく気になっていた事を口にした。

「気になっていたのですが、何で僕達は会話が出来ているのでしょうか。

カレルさんの時代にも日本語があるのだなと思うのだと思うと、

少し感慨深いのですけれど。」


きっと違うのだろうなと思いつつ彼は聴いてみる。

時代はどのように変わっているのだろうか。


「ニホンゴ。言語の話か。すまないが、その言葉は知らないな。

会話は勝手に翻訳されるように遺伝子が構成されていると聞いた事がある。

正確に言うと、遺伝子ではなくてインプラントされているだったかな。

いずれにせよ、言語の分野は俺の時代では古代の分野だ。

分からない言葉で話す人を見た事がないからな。

疑問に感じた事がない。

ヒロトはその日本語という言葉を使っているのか。」


予想外に超文明だと彼は舌を巻く。カレルの言葉も自動で翻訳されているのか。

カレルが言い換えている「時を滑る」という言葉が、

タイムスリップとカレルに伝えている時点で翻訳されていることに彼は気付いた。


「日本という国の言葉ですね。僕の生まれ育った国です。

カレルさんの時代に残っているかは分かりませんが。」

国の興亡は気になる事だ。彼は家族の事を思い出す。

もし日本という国が無くなってるなら、

彼の家族が居なくなった時代であって欲しかった。


「国や国家って概念は俺の時代にはないよ。

けど歴史学で学んだから、その概念を聞いた事はある。

あまり真面目に授業を受けていないから正確には言えないけど、

世界がいくつもの政府に分かれて運営されていた時代の事だね。

国家間の争いが存在した事も学んでいるよ。

西暦の後半に、全世界は統一された政府によって運営されている。

太平洋の真ん中に人工島があって、そこの政府が中心になっているんだ。

これは俺の生きる時代まで受け継がれている。」


日本ではなく、国家という概念がなくなっていた。

国家が無くなってるのは彼にとって衝撃的な事実だった。


「僕の時代では全ての国家が協力するなんて考えにくいです。

宗教や政府の施策。それこそ人種の違いだって争いの元でした。

宇宙人でも攻めてきたのでしょうか。

いざって時は人類ってまとまるものなのですね。」

彼は妙に感動している。

その姿を見るカレルの目は冷静だ。

カレルは「宇宙人は来なかったけど、緊急事態だったみたいだね。」と答えた。


それからカレルと彼は、この空間の使い方について情報交換を行った。


草が思う通りの味になる事や、

滝の水が思い通りの温度に変化する事は共通の認識だったが、

カレルは昼と夜を自在に入れ替え出来る事を知らなかった。


「え、あれって夜空に出来るのか。

全然沈まないからあの光は太陽ではないとは思っていたけれど、

そういう種類の光源だと思っていたよ。」

というカレルの前で、指を鳴らして昼夜を切り替える。

カレルから感嘆の声が上がった。

「これは快眠出来る良い情報だ。本当に嬉しいよ。有難う。」

カレルの喜ぶ姿に、彼も来た甲斐があったと感じる。


しかしここでカレルから思わぬ質問を受けた。

「ところでさっきの破裂音はどうやって鳴らしたんだ。」

フィンガースナップの方法がカレルには分からないようだ。


彼は身振り手振りで教えていたが、今一つカレルには伝わらない様子だ。

手元を見せて説明しているが、少し離れているので伝わっているのか怪しい。

見上げる体勢のカレルが徐々に疲れ始めて来ているのが分かる。


夜にする方法を何が何でも伝授しなければならないという事ではないが、

あれだけ喜んでいるカレルに教えないのは酷な気がしている。

その時突然カレルが

「おーい、夜になってくれ!」

と叫んだ。指が鳴らせないカレルがただ願望を叫んだだったが、

青かった空が夜空へとパッとその姿を変える。


大喜びしているカレルをよそに、

彼は指を鳴らさなくても良かったという事実に拍子抜けしていた。

「なぁ、指を鳴らすのって他にどんな場面で使うんだ?」


カレルの問いに適切な答えが思い浮かばなかった彼は、

「悔しい時ですね」と答えて指をパチンと鳴らした。


ずっと見上げる姿勢のカレルが疲れるだろうと思い、

彼は木を伝って滝の入口に入った事を伝えた。

木を持って来れば登り降り出来るだろうと提案する。

この提案にはもし次の旅に出る際、

カレルもついてきて欲しいという期待も含まれている。


しかしカレルからは予想外の返事が返ってきた。

「木って、あの簡単に加工出来るやつだよね。

ベッドとか椅子にしちゃったよ。

ほら、椅子はここに持ってきている。」


そういえばカレルの姿勢は何かに座っているような様子だった。

カレルが見せてくれた椅子は、座り心地が良さそうだ。


椅子を作れるような道具がここにはあるのだろうか。

いや、そんな話は出て来なかった。

そもそもどれ程の道具があればあのような椅子が作れるだろうか。

カレルは椅子の職人だったのかもしれない。


彼が呆然としているのを見て、カレルは少し考えた後、彼に質問する。

「もしかして木を触りながら念じると、

性質や形状を変えられる事を知らなかったのか。」


知らなかった。

しかし彼には思い当たる節が一つあった。

穴に立て掛ける際、間違いなく木は軽くなっていた。

その時は火事場の馬鹿力かと結論付けていたが、

よくよく考えてみると軽くなるように願っていた。

木を背に持ちながら。条件に当てはまる。

「知りませんでした…。」


あれだけ不自然な存在感を出していた木を、

普通の木と思っていた自分が信じられない。

彼はうなだれる。


「俺がヒロトに教える事もあって良かったよ。

教えられる事だけだと、何だか悔しいからね。

もう外に出たヒロトが今知ってもあまり意味が無いかもしれないけれど。

そうそう、木の性質変化は回数制限か時間制限があるみたいだね。

もう元には戻らないんだ。」

カレルの情報はきっと役立つ時が来る。

彼は心の中に木の性質をメモした。


「カレルさんが外に出る時はどうしましょうね。」

彼は途方に暮れる。カレルが外に出る方法が思いつかない。

折角外に出る出口が分かったというのに、

そこに辿り着く方法が無いのでは意味がない。

しかしカレルは余裕の表情だ。

「ちょっとまっててくれ。」

と走っていき、カレルは何かを拾って戻ってきた。

「木で丈夫なスコップを作ったんだ。」

と、彼に見せてくる。

地を掘り進めてみるのだろうかと考えている彼に、

カレルは新たな案を示す。

「土を盛って水で固めて登れるようにするよ。」

頭に雷でも打たれたかのような衝撃。

少し考えればそのような方法がある事も分かったはずだ。

やはり一人では思い浮かばない事が沢山ある。

来て良かったと彼は改めて感じた。


彼がカレルの所に来て数日経った。

カレルが木で作成したカゴのようなものでやり取りし、

彼は新鮮な草を補給する事が出来た。

元々彼が持ってきていた草も鮮度が落ちているわけではないが、

何となく気分が違う。


ふとカレルがどのような味にして草を食べているのか気になった彼は、

まずは実家のシチュー味にした草をカレルに食べて貰う。

「何だこれヒロト。何だこれは!

こんなに美味しいものを今まで食べた事がないぞ!」

カレルの予想外の好反応に彼は驚く。

家族に聞かせてあげたい感想だった。


草に本当に味が再現されるのか、感覚の共有なのか。

原理はわからないものの、味が伝わるのは間違いないようだ。

実家の味は未来にも通じるのかと彼は感動する。


しかしその後何を食べさせてもカレルは美味しいという反応だった。

実家のシチューの評価が最高評価というわけではなかったことだ。

少し残念に思いながら話を聞いてみたところ、

栄養価の高いシリアルのようなものが政府から十分に支給されるので、

それを食べるのがカレルの時代の食事との事だった。


カレルに何を食べさせても非常に嬉しそうな反応をするので、

毎日食事を考えるのも楽しいと感じながら過ごしていた彼だったが、

そろそろ出発しなければならないという思いも日々強くなっていた。


「カレルさん。そろそろ僕は行こうと思うのですが、一緒に来ませんか。」

ある時、突然彼は切り出す。

この先の旅に何があるか分からないが、カレルの視点は必要な気がする。

何よりここ数日一緒に過ごして分かったが、カレルは信頼のおける人間だ。

「カレルさんとなら楽しい旅路になると思うのですよね。

けどこの先に何があるか分からないので、危険を伴う可能性もあります。

それでも良ければというお誘いにはなります。」

そう、あてのない旅路だ。無理にお願いして来てもらい、

カレルが命を落とすような事になったら彼は一生後悔を引きずるだろう。

慎重に言葉を選んだ誘い文句でカレルの反応を待つ。


カレルは少し考えた後、

「本当にすまない。どうしても勇気が出ない。

ここもヒロトのお陰で以前より快適になった。

ヒロトは信頼出来る友人だ。

一緒に行きたい気持ちは勿論あるけど、

ないかも知れない終点を目指せるほど俺は強くはないよ。」

と肩をすくめながら答えた。


何となくこの答えを予想していた彼だったが、

それでも来て欲しかったという思いは残る。

しかし、命のかかった旅だ。重ねてお願いをするわけにはいかない。


「分かりました。カレルさんに会えて本当に良かったです。

もしゴールへの手掛かりを見つけることが出来たら、迎えにきます。

戻れるか分からないので約束は出来ませんが。

また会える日を楽しみにしていますね!」


彼は立ち上がって穴の方を向こうとする。

「ヒロト!持って行ってくれ!」

というカレルの声と共にカゴが飛んでくる。草が大量に入っていた。

「また会おう!」

カレルの餞別が身に染みる。

彼はそのカゴを持ち、振り返る事なく穴の奥へと入っていった。

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