箱旅の果てに
真川 瑞織
序章
人は求め続けていた理想を遥かに超える楽園に住んでいる。
神々が作り出した息を呑むほどに美しい絶景も、
自ら作り出した幻想的に煌めく芸術も、
人の心を癒やし、照らし続けている。
魚よりも遠く海を渡り、馬よりも早く地を走り、
鳥よりも優雅に空を飛ぶ。
便利を求める人の心は、いずれ宇宙の果てまで届くのだろう。
娯楽はついに掃いて捨てられる程、人の生活を満たしている。
一生を費やしても全てを堪能することは出来ない。
だが、それを完全に享受出来るのはいつの時代も一部の人間だけだった。
多くの人は楽園を運営する側であり、自分が楽園のステージに立つ事は稀だ。
手の届かない楽園は人の心を掴んで離さない。
人は全ての人類を楽園の住人にすることを、諦めた事はなかった。
楽園の運営を人以外のものに委ねるべく研究に研究を重ねた末、
ついに全ての労働を自動化、機械化する運用試験が最終段階に至る。
人が人の為に働かなくても生活が保証される世界。
人類の悲願が達成される瞬間が訪れようとしていた。
そんな時だった。破滅を予見する男が現れた。
『機械による人類の作業代行は、いつか人類を滅ぼす。
楽園に人類のみが居座る事を、機械が許さなくなる時が必ず訪れる。
我々が今、特権階級にのみ許される不労を自身達にも求めるのと同じ事だ。
しかしそれが直接人類を滅ぼすわけではない。
最大の問題は人類が自分達の存在意義を見失う事だ。
生物としての本分を忘れてしまった人類が長く繁栄出来るはずがない。
これは人類の緩やかな自殺になると断言する。』
男の主張は決して全てが全て目新しいものではなかったが、
時期と男自身の影響力が世に機械化への疑問符を投げかけた。
結局は専門家によって説明された機械統制の方法と、
労働従事者に対して優遇施策を厚くする事で議論は終息したが、
機械化に反対する自然派に勢いを与える事となった。
着々と進んでいく機械化。
加速度的に過激になっていく自然派の反対運動はデモを行うだけに留まらず、
徐々にエスカレートしていきテロ紛いの事を始めるに至る。
事態を重く見た政府は、自然派の運動が活発になるきっかけとなった男に対し、
運動の終息を呼びかけるよう依頼した。
自然派がただのテロリストとなることを望まなかった男が、
政府に代わり運動の終息を呼びかける事を決めた日。
その日に悲劇は起きた。
止まらない機械化にしびれを切らした自然派が最終手段を行使。
文明がこの日を境に大きく後退する結果となってしまった。
機械化の計画は当然白紙に近い形へと戻る。
楽園への梯子を外された人類は激怒し、自然派の駆逐を全世界が決意した。
目的を達成した後、自然派に残ったのはテロリストの汚名のみだった。
命をもってその罪を償わされていく自然派。
全世界から敵と睨まれ、後ろ指をさされる自然派に居場所はなかった。
行き場を失った彼らは男を頼り代表へと祭り上げる。
自然派を自業自得と切り捨てることができなかった男は、
否が応にも世界から追われる身となった。
残っている自然派を集めた男は、可能な限り多くの命を救う事だけを考える。
幾度か戦闘を繰り返し、その度に死を装って少しずつ自然派を亡命させていく。
亡命する者には今後一切の活動を禁じ、生きる事のみを厳命した。
最後に残ったのは男を含めて十六名。
政府が駆逐の終結を宣言するのに十分なメンバーだけが残っていた。
「すまないな。お前達には辛い役目を背負わせる事になった。
分かっているとは思うが、我々が生き残る事は許されない。
我々の命こそが政府が矛を収める妥協点だ。」
最後の夜に男が十五名を集めて語り掛ける。
「いえ、何人も助ける事が出来たのはあなたが来てくれたからです。
あなたには私たちを見捨てるという選択肢もありました。
それにもかかわらず、あなたは私達を救う事を選ばれました。
運命を共にして頂ける事に感謝致します。」
メンバーの一人が男を真っ直ぐに見ながら答える。
他のメンバーもその答えに異存は無い様子だ。
男は自身の選択に後悔が無かった事を再確認した。
「ありがとう。俺もお前達に会えて良かった。
正直に言うと、最初は勝手な暴走をしたお前達が信じられなかった。
あまりに暴力的な手段なので、粗暴な集団に祭り上げられたと悲しかったよ。
けど俺にはどのような方法で機械化を止めるのか、全く策がなかった。
結局この方法しかなかったのだろうという思いはある。
そう思いたいだけかもしれないが。
我々を許すことが出来ない人々の憎しみは御門違いではない。
我々の行った事は決して善と認められる事がないものだ。
ただし後世が必ず結果的に正しかった事を証明してくれる。
今だけは、誇ろう。」
次の日、自然派が世界から消えたことが高らかに宣言される。
世界は再び楽園へ向けて歩みだした。
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