第二十話 魂の証明

カレルとヒロは、ゲオルクの言葉を待つ。

ゲオルクは静かに話し出した。


「私は魂について研究していた。こういうと前時代的に聞こえるだろう。

しかしカレル君。

君が反政府組織のリーダーとして活躍した時代より随分後だ。

私は天人暦201年に生きていた。

太平暦が3302年に終わった後の時代だ。」


カレルは驚く。

反政府組織にいる事を知られているのはともかく、自分はリーダーではない。

しかし否定は出来なかった。

会った人間全員が、違う時代を生きている。

自分の未来を、他の人間の方が詳しい事は十分にあり得る。


「…今から君達に聴かせるのは、捉えようによっては非常に酷な事だ。

私の予想でしかない事ではあるが、恐らく合っている。

それでも聞きたいかね。」


ゲオルクは二人を真っ直ぐ見つめる。


魂の研究。嫌な予感しかしない。

カレルは答えを躊躇う。


そんな様子をヒロは見ていたのだろう。

カレルより先に返答をする。


「俺がゲオルクの話を聞く。

カレル。お前は少し木の方へ行って休んで来い。」


ヒロの言葉は優しいものだった。

だが、自身の空間から外に出た時から、カレルの答えは決まっている。


「いや、俺も聞く。聞かなければ前に進めない。」


ゲオルクは頷く。


「では話させてもらうことにしよう。


この空間で目覚めた時、前日までの記憶があった。

しかし、明らかに自身の知っている技術よりも進んだ科学が目の前にある。

どうやら君達は時間を移動してきたと思っているようだ。

そう結論を出すのも無理はない。


君達は、何かの拍子に時間を超えて移動してしまったのかもしれないと思った。

あるいは誰かに時間を超えて捕らえられ、集められたと。


私も君達に会うまでは、そうかもしれないと考えていたよ。

けどヒロ君の話を聞いて確信した事があるんだ。」


二人は黙って聞いている。

この先の答えを、聞きたくない気持ちを抑えながら。


「我々は既に死んでいる。少し考えれば当然の事だ。

もし仮に君達がその年齢のまま時を超えてここにいるのであれば、

歴史が変わっている。


ヒロト=JPN=スズモリが高高度核爆発を起こさない未来。

カレル=CZE=テプラーが政府と戦わない未来。

その延長上の未来に私が存在する筈がない。


では死んだはずの我々が何故ここにいるのか。

我々が自分だと思って動かしているこの身体が、クローン体だからだ。」


ゲオルクの話が遠くに聞こえるような感覚に陥る。

あの気丈なヒロが膝から崩れ落ちて、地面に手をついていた。


ヒロがゲオルクと話していた時、カレルは薄々疑問には感じていた。


―この世界に来ている以上、俺がそうなる未来はなくなったって事だ


ヒロが言っていたこの言葉は、未来が変わった事を表す。

そんな事がもし起きてしまったら、自分は今ここに存在しているのだろうか。

そう疑問に思っていた。


我々は歴史上もう死んでいて。

どのような理屈かは分からないが、蘇ってここにいる。

そう考えた方が確かに矛盾が無い。

いや、待て。根本がおかしい。

カレルはゲオルクに問う。


「ゲオルク、俺が反政府組織のリーダーだと言ったな。

俺の記憶ではまだリーダーになどなっていない。

なんで死んだはずの俺達が、そんな若い時の記憶のままなんだ。

そもそもそこが有り得ないだろう。

もし仮に脳が復元される程の技術がこの世界にあったとして、

俺が死んだ時の年齢じゃないとおかしいはずだ。」


ゲオルクはカレルの返しに頷く。


「君の言う通りだ。

もし仮に脳が復元される技術によって君が蘇ったら、

死ぬ直前の記憶のまま蘇るのだろうね。


けど、私が知る限りそんな高等な技術は存在していない。

灰になったものから復元するのは、神でも不可能なのではないだろうか。

一から作り直した方が早いだろう。」


カレルにはゲオルクが何を言おうとしているのか想像がつかない。

黙って聞こうと思っていると、俯いているヒロが呟いた。


「魂を、クローンに宿らせたのか…。」


カレルは驚いてヒロを見る。

ゲオルクは大きく頷いて言葉を続ける。


「結論から言うとその通りだ。

先程も言った通り、私は魂に着眼した研究を行っていた。

そんなものは存在しないと結論が出ていたにもかかわらずだ。


私の執念は結果的に魂の存在を証明するに至ったのだが、

同時に面白い事が分かったのだ。

魂に記憶があるという事が同時に証明されたんだ。


魂の記憶は年輪のようになっていて、

肉体の年齢に合わせて記憶が重なっていく。

平たく言えば、15歳の年齢には15歳までの記憶しか宿らないという事だ。


私は天啓かと思ったよ。

当時、娘が政府に殺されていてね。

何とか蘇らせる方法はないものかと…いや、違うな。

単純に、娘に会いたいと思っていたんだ。」


ゲオルクが俯く。

カレルとヒロはゲオルクの言葉を待った。


「すまんね。どうも、娘の話は私がダメになるようだ。

魂の研究は元々行っていたのだが、

最後の方は私情で動いていたと言われても受け入れざるを得ない。


さて、続きだが。

私の生きた時代では幸いなことに既にクローン技術は完璧だった。

それこそ髪一本でも肉体が再生できる。

しかも培養器で肉体を好きな年齢まで成長させる事が出来るんだ。


主な用途としてはスペアだね。

脳さえ傷がつかなければ、脳移植で人は長く生きる事が出来た。

まぁ大半は丈夫な機械の身体を選んだがね。


話は逸れたが、私はこれを利用することにした。

娘のクローンを娘が死んだ年齢まで培養し、

魂を選別してクローン体に宿したんだ。」


ゲオルクはそこで言葉を止める。


カレルは納得せざるを得なかった。

もしそこまで技術が進歩していたのであれば、自分がここにいる事も説明がつく。

しかし何故、この世界に自分が蘇る事になったのだろうか。


しかし次にゲオルクが言った言葉は意外なものだった。


「しかし結果は失敗だった。

娘ではない、誰かの魂が娘のクローン体に宿ってしまったのだ。

諦められなかった私はその後も何度か挑戦したが、

遂に娘を呼び出すには至らなかった。


私が話の冒頭に言った、心当たりがあるというのはそういう意味だ。

ここが魂の選別の研究がかなり進んでいる時代であれば、

私とカレル君がここに存在する事が説明のつく問題となる。

ヒロ君とヒロト君の魂が入れ替わった可能性があるという事だ。」


ゲオルクの話が終わった後、

カレルとヒロはしばらく無言で大樹を見ていた。

ゲオルクも何も言わずに座っている。


「ゲオルク、もし俺とヒロトの魂が入れ替わったらどうなると思う。」


ヒロがゲオルクに質問する。

大分落ち着いたようで、その口調は穏やかだった。


「肉体の年齢に依存する問題になる。

例えばヒロト君が17歳くらいの君の肉体にいて、

君が20歳くらいのヒロト君の肉体にいる場合。

ヒロト君が元の身体に戻ったら、単純に3歳分の過去の記憶が重なるだろう。

君が元の身体に戻ったら、3歳分の過去の記憶が消える。

両方とも、この世界に来てからの記憶は残るのではないかとは思うのだが、

断言は出来ない。

特に君の場合は3歳分の記憶と共に消えてもおかしくはない。」


ゲオルクの答えに、ヒロは「そうか。」と呟いて黙り込んだ。


「魂は元の身体に戻りたがる。


一度だけそのような現象を体感したことがある。

実験で私の娘に宿った別の魂があると言っただろう。


その中に中々面白い子がいてな。

自分のクローン体を作ったら娘から出ていくというんだ。

私も娘のクローンに無理やり宿した負い目があるのと、

実験的な興味が湧いてね。


その子から聴いた情報を基にDNAを手に入れて、

クローン体を作ってみたんだ。

しばらく経ったら何もせずとも本当に魂が移動していた。


その子は意気揚々と故郷へと帰っていったよ。」


ゲオルクはここで一旦言葉を区切り、ヒロの表情をみる。

ヒロは笑いながらゲオルクに答えた。


「気を遣うなゲオルク。

もし、ヒロトが近くに居たら魂が突然入れ替わる可能性があるってことだな。

教えて貰えて助かったよ。」


ヒロはその時、今の記憶が無くなるかもしれない可能性を踏まえて笑っている。

とても強い男だ。


「しかし、ヒロトの顔ってどんな顔なんだ。

水は絶えず流れてるからついに見たことがない。

滝も途中で消えるから水も溜まらないしな。

これも計算通りなのかね。」


確かにヒロの言う通り、顔を見る場面がなかった。

このような事が予見されていたのかもしれない。

カレルはここがどういう所なのかが本格的に気になってきた。


「あと、ヒロトの身体だと微妙に剣が振りにくくてな。

ようやくその理由が分かったよ。他人の身体だからだったんだな。

よく鍛えてあって強そうだけどなこの身体も。」


ヒロの言葉にカレルは驚く。

ヒロトが強いというイメージは全く湧かない。

今度会った時に聞いてみようと思い、出立の準備を始める。


「行くのかね。」

ゲオルクがカレルの様子を見て声をかける。


「ヒロトと会って、ここを出る算段を立てようと思っているんだ。

ゲオルクも良かったら一緒に行かないか。」


カレルの誘いに対し、ゲオルクは即座に首を横に振る。


「いや、私は良い。

誰かと話したくてここまで来たが、君達と話せて満足した。

旅の幸運を祈るよ。」


ゲオルクの言葉に、カレルとヒロは少し目を伏せる。

色々情報を教えてくれたゲオルクに、返せるものが二人にはなかった。


「ゲオルク、元気でな。

もし戻ってくる事が出来たら、土産話を聞かせるよ。」


ゲオルクは手を挙げてその言葉に応えた。


「行こう。」

ヒロの明るい表情だけが救いだ。

滝を出たヒロとカレルは彼の後を追う旅に戻ったが、

その足取りは少しだけ重いものとなった。


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箱旅の果てに 真川 瑞織 @havaneru

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