第十八話 ゲオルク

カレルとヒロが二刀の剣士と遭遇してからしばらく経った。

水の流れを見ながら色々話し合っていた二人だが、

居住空間へのヒントは見つからなかった。


どうやら完全に迷ったようだ。

焦る旅でもないのでのんびり行こうとは思っていた彼らだったが、

いつまでかかるか分からないのでは心が削れる。


「なあカレル。」

ヒロが何かを思いついたように水を見ているのをみて、

カレルもそれを覗き込む。

何の変哲もない水の流れがそこにあった。


「ヒロトはさ、どうやって水源に辿り着いたんだろうな。

何度も迷って辿り着いたんだろうか。」

ヒロは水を見たまま質問する。


「置いてある草を辿っただけだから、わからないな。

ヒロトが出てからしばらくして俺は居住空間を出ているから、

多少迷った程度では追いつけないだろうしね。」

カレルは率直な感想を答える。


「そうか。」

ヒロは答えて立ち上がる。


「じゃあ断言は出来ないけど、

ヒロトは水の流れを見て迷わず行ったんじゃないかなって俺は思っているんだ。

何度も回収する手間を考えると、俺なら道に迷いながら草を置くことはしない。

ある程度目星が立っているから置いたんだろう。」


ヒロの言葉にカレルは驚く。


「ヒロ、俺達はそれについて散々話したじゃないか。

水の流れはランダム要素が多い。

水流を下る時はある程度目星がつくけど、

多分水の流れで上流に行くのは無理だろうって。」


水の流れを上流まで辿れば水源に着く。当たり前の話だ。

だが、ここの水の流れは簡単には辿れない。

十字路を何事もないかのように流れている川だ。

普通ではない。


「俺もずっと見ていたんだが、何個かパターンがある。

恐らくヒロトはそれらを頭に入れながら歩いたんだ。」


ヒロはカレルを見ながらニヤっと笑う。


「カレル、ヒロトはもしかしたら凄い奴かもしれないぞ。

さすがに俺と似たような名前なだけあるな。」


カレルにとって、彼が褒められるのは悪い気はしない。


「俺の予想では、ヒロトは何人か仲間を集めて水源に向かうはずだ。

予想というか、俺ならそうするってだけだが。

何かここのヒントがあるとしたら水源だろうしな。」


ヒロの予想はきっと当たりだろう。

しかし、水源を突破する方法なんてあるのだろうか。

見えない攻撃をしてくる像をカレルは思い出す。


「俺達も合流したい所だが、上流に行く方法がないからな。

難しいところだ。ってなんだこれ。」


ヒロの足元には草が落ちている。


「これは多分、ヒロトの置いた目印だ!」


カレルは興奮する。

草が置いてある道を行けば、少なくとも居住空間か水源に行ける。

そうでなければヒロトに会えるはずだ。


「決まりだな。まずはこれを追う事にしよう。」


ヒロの同意も得られたので、

少し歩く速度を上げて草の痕跡を追う事にした。

しばらく歩くと、前方から明かりが漏れている場所に着いた。


「多分、居住空間だ。見ろ。」


十字路の別の道に草がある。

この先の居住空間を出たという事だ。

彼は今、誰かと共に歩むことは出来ているのだろうか。


「草を追う前に居住空間を少し見たいんだが良いか。

少し状況を確認しておきたいのと、草も補給しておきたいんだ。」


ヒロの提案にカレルも頷く。

ここで焦っても仕方がない。


居住空間へと辿り着いたカレルとヒロは息を呑む。

天井に届こうかという、凄まじい大きさの木がそこにあった。


「なんだあれ、規格外だな。あの木ってこんな事も出来たのか。」

ヒロが呟く。カレルも同じ気持ちだ。


ファンタジーの世界だ。

あまりに幻想的な木の大きさに、しばらく二人は見とれていた。


「君達が家主か。」

不意に下から掛かった声で二人は我に返る。

そこには少しくたびれた印象の男がいた。


「勝手にお邪魔しているよ。」

状況を把握しきれず黙っている二人に対し、

男はそう続けた。


「ここは俺達の部屋でもないよ。人を探しているんだ。

俺はヒロト=JPN=スズモリって名前だ。

ヒロって呼んでくれていい。

こちらはカレル。あんたが誰なのか聞いてもいいか。」


ヒロが男に尋ねる。


「私はゲオルク=DEU=ミラーだ。

君の名前は勿論知っているよ、ヒロト=JPN=スズモリ。

けど顔がちょっとイメージと違うな。

名前が同じなだけの別人かな。

カレル=CZE=テプラー。君の事も知っている。

君はまさにイメージ通りだね。」


カレルはゲオルクが自分の事を知っている事に心底驚いた。

ヒロの事、というよりヒロト=JPN=スズモリの事も知っているようだ。

未来の人間だろうか。

もしそうだとすると、カレルも何かしらの形で有名になっているという事だ。


「会って早々ご挨拶じゃないか。

と言いたいが、カレルも初対面の時に俺の顔について何か言ってたな。

余程、俺の名前は有名らしいな。」


ヒロがゲオルクに軽口を叩く。


「気分を害したなら悪かった。君の名前は本当に有名なんだ。

ヒロト=JPN=スズモリ。

顔写真付きで教科書にも載っている歴史上の有名人だ。

その写真を見てきているからこそ、

君がその人物とは違う顔をしている事がわかる。」


ゲオルクの言葉にヒロは少し考えこんだ後、口を開く。


「カレル。俺と同じ名前の有名人が、どういう人物だったのか教えてくれ。

どうもカレルもゲオルクもそこに言及するのを避けているように感じる。

悪い意味で有名なんじゃないか、もしかして。

どうせなら詳しく教えて欲しい。」


ヒロはカレルの方を見ながら聞く。

誤魔化しても仕方のない場面で聴かれてしまった。

カレルは観念して正直に話すことにする。


「ヒロの名前は、有名なテロリストと同じ名前なんだ。

ヒロト=JPN=スズモリは、高高度核爆発を広域で起こし、

世界の文明を一気に衰退させたと言われる人物だ。


ヒロの時代から考えてくれると分かると思うが、

ほとんどの労働が機械に置き換わろうとしていた筈だ。

あれに対して公に懸念を示したのがヒロト=JPN=スズモリ。

後にテロ集団を率いて機械化を白紙撤回させている。


彼は武の化身という事で当時メディアで騒がれていたらしい。

だからこそ、その発言は大きな波紋を呼んだと言われている。

もしかしたらヒロも知っている人じゃないだろうか。」


ヒロはカレルの言葉に対し、ため息をつく。

その表情は暗い。


「それ、きっと俺の事だな。

一部のメディアではあるけど、俺は武の化身って言われているんだ。

俺は剣術系の大会を中心に、体術系の武術系の大会にも出て優勝していた。

その事からメディアが面白がって呼び始めた通称だ。

しかし、俺はそんな恐ろしい事をするのか。」


カレルはヒロの告白を聞き、少しの間絶句する。

それまで黙っていたゲオルクが、ヒロに言葉をかける。


「君の知らない未来の事まで、君が責任を負う必要はない。

今の君は、その行為を恐ろしいと思っている。

その感覚を大事にしていれば、それでいい。」


ゲオルクの言葉を聞き、カレルまで救われたような気分になった。

ヒロも少し気分が持ち直したようだ。


「そうだな。その当時の俺には何か嫌な事でもあったんだろう。

この世界に来ている以上、俺がそうなる未来はなくなったって事だ。」


笑って話すヒロを見て、カレルは安心する。


しかし、これまでの話でいくつかの疑問がカレルには湧いてきている。

どのタイミングで切り出そうとカレルが考えていると、

ゲオルクが話し出した。


「ヒロ君の顔と私の知っているヒロト=JPN=スズモリの顔はまるで違う。

どう考えたものかな。」


その通りだ。

カレルの知っているヒロト=JPN=スズモリとヒロは別人だ。

そもそも、ヒロト=JPN=スズモリの顔を持つ人物にカレルは会っている。


「ヒロ、実はヒロトの事なんだけど。

ヒロトが俺の知っているヒロト=JPN=スズモリと本当にそっくりなんだ。

ヒロトを初めて見た時の印象は、記憶を失ったヒロト=JPN=スズモリだ。

本人には言えてないから詳細は聞けてないけれど、

本当に何も知らない感じだった。」


歴史上のヒロト=JPN=スズモリはヒロの事を指すが、

ヒロト=JPN=スズモリの顔はヒロトが持っている。

自分が何を言っているのか、カレルはよく分からなくなってきている。


「ヒロトという人にはこの世界で会ったのかい。」

ゲオルクはカレルに問う。


「ヒロトはこの世界に来て初めて会った人だった。

スズモリヒロトと名乗っていたんだけど、

俺にはヒロト=JPN=スズモリにしか見えなかったんだ。」


カレルの答えにゲオルクは「ふむ」と呟き、一呼吸おいて話し出した。


「一つ、心当たりがある。」


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