第五話 旅の始まり
一眠りして目覚めた彼は、木を折る事を改めて決意する。
もし仮に独力で起こす事が出来なければ、半年後の挑戦になる可能性がある。
早めに折る必要があると考えての結論だった。
木の前に立って深呼吸をした彼は、
根元によりも少し上の部分で木を折るべく力を込める。
自身の方向に倒れて来ないように横に曲げるような力の入れ方だったが、
意外にあっさりとバキバキと音を立てて木が倒れた。
最初の関門のクリアだ。
次はこの木材を転がして滝の近くに運んでいく。
やはり転がしての移動は想定通り可能だった。
休憩を挟みつつ行い、数十分程度で運び終える。
次に最大の難関である滝に木を立て掛ける作業を行う。
これが上手くいかない場合は作戦の練り直しが必要だ。
しかし、転がして運搬する最中に彼は気付いてしまっていた。
想定よりも重い。
木を持ち上げるという経験がなかった彼にとって、
甘く見過ぎていたという感覚が否めない事実だった。
最悪の場合は半年の乾燥を待つ。
その前提でほとんど無策のまま木を折ってしまっている。
しかし彼は半年も待つつもりはなかった。
後には引けない。
自力では立てられないかも知れないという不安が残る中、
彼はまず木の先端を持ち上げてみる。
分かってはいたが、角度が上がるにつれてずっしりと重くなる。
何とか鋭角までは持ち上げて木を背負う形で身体を滑り込ませた彼だが、
滝に立て掛けるにはもっと深くまで身体を潜り込ませて角度を十分に取った上、
今より数歩歩いて立て掛ける必要がある。
想像するだけで気の遠くなりそうな作業だった。
少しずつ背を潜り込ませて角度を上げようとするが、逆に押し潰されそうになる。
やはり無謀だったかという思いが頭をよぎる。
しかしここまできて簡単に諦めるわけにはいかなかった。
軽くなってくれれば楽なのにと思って改めて力を振り絞った瞬間、
背に掛かる負担が軽くなった気がした。
火事場の馬鹿力という奴だろうか。
初めての経験だったが、彼はそのチャンスを活かすことにする。
そのまま角度を上げて滝の近くまで運び、滝の穴近くで離した。
確かな感触があって木が滝の穴に立て掛かる事を確認する。
呼吸を整えた後に、彼は滝の穴が見える位置に移動する。
信じられない思いで見つめたその穴には、間違いなく木が掛かっている。
思わず「よし!」と大声を出した。
木に軽く触れてみるが、やはりなんの変哲もない木だ。
火事場の馬鹿力というやつだったのだろうか。
何にせよ、望むべくもない結果だ。
ここにずっしりと根を張るような重さであってほしい。
軽く外れてしまうと困るのだから。
彼はそう願いつつ手を離した。
流れは比較的緩やかとはいえ滝だ。
立て掛けた木も何かの拍子に外れてしまわないとも限らないので、
彼は急いで登ることに決める。
その時初めて穴の中での行動を全く決めていなかった事に気付いた。
穴の中に何日いる事になるのだろうか。
彼は急いで周辺の草を千切りポケットに入れ始める。
その際、根から綺麗に抜いたものも数点用意した。
万が一食料が底をついても、
これを植えれば地面で再生するかもしれないという目論見からだ。
彼は地面から切り離した草の再生力の検証をすべきだったと反省したが、
今から行おうとは思えなかった。
焦りというよりは逸りに近い感情が彼を動かしている。
彼は限界まで草を持ち、滝の前に改めて立った。
まずは木に手をかけて左右に動かせるか確認する。
ずっしりとした感触があり動かせる気配がない。
先程はよくこんな重いものを運べたなと、彼は自分に感心した。
深呼吸した後に決意を固めて登り始める。
カエルのように木の表面からよじ登っていく方法だ。
平均台を歩くのがあまり得意ではなかった彼とって、
木の上を歩く事は論外の選択肢だった。
中腹まで順調に進む。
練習の成果が出たというよりは、比較的木の登りやすい部分だからだろう。
もう少しで穴の縁に手を掛けようとしたその時、手を滑らせて顎を強打する。
彼は何とか木にしがみ付き落下の難を逃れたが、
もう少しで木の裏側に回る所だった。
この位置で裏側に回って出来る事は、落ちるくらいしか想像がつかない。
結構な高さなので復帰にも時間がかかりそうだ。
幸運に感謝しつつ、穴の縁に手をかける。
彼はついに穴の入口へとたどり着いた。
入口から見る穴の中は暗く、奥行きの深さは推し量れない。
彼は恐怖心と戦いながら一歩を踏み出し、穴の奥へと歩き出した。
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