閑話 魂の記憶

「人の記憶は魂に刻まれる。」


人の手により研究や探求が行われる事が無くなった時代。

衣食住医や娯楽の全てが機械によって運営や管理がされている中、

魂について研究している人間の科学者がいた。

その科学者が突然記者などを集めて冒頭に放った一言だ。


既に霊や魂についての研究は議論が尽くされている。

霊や魂、死後の世界は存在しない。そう結論が出ていた。

故に魂について研究している科学者は異端とされている。

集まった記者もゴシップ誌や週刊誌の類がほとんどだ。


冒頭の一言は当然の如く僅かな失笑を以て迎えられる。

記者もほとんどがAI搭載型の機械で運営されている。

笑うのは趣味で記者の真似事をしている人間達だった。


「脳移植で機械の身体を手に入れた方も、

ほとんどの場合は従前の人格を保ったまま生活されています。

その点はどうお考えでしょうか。」

AI記者の中の一人が科学者に問う。

脳移植で機械の身体を手に入れて長寿を手に入れる人間は多い。

魂に記憶が刻まれるのであれば、脳移植では記憶が移植されないという事になる。

この時代において必要な質問だ。


「それは脳が移植されたからだ。人格形成は脳に大幅に依存している。

それは確定的な事実だ。心と呼ばれるものも脳にある。

しかし人格形成は全てが全て脳に依存するわけではない。

肉体に刻まれた動作というのは記憶に依存せずとも行われる。

故に脳移植で不具合が発生する場合もあるが、

それは今回の私の発表とは主旨からずれてしまうので割愛するが、

無関係ではない。後程説明する。」


科学者は応答する。

脳移植を行った事で長寿を手に入れる人間が増えていく中、

機械の身体になった事で人が変わったかのような変貌を遂げる人間もいる。

脳移植を専門に行っている研究者の間では、

肉体に刻まれた動作を脳が行おうとする事によるミスマッチが原因とされる。

脳と肉体がミスマッチを繰り返す事により、

肉体に対する拒否反応を脳が引き起こしているのではないか。

まだこの問題は解決には至っていない。


続けて別のAI記者が質問をする。

「では脳が魂という事でしょうか。」


端的な質問だが、その場に居た全ての記者がしたかった質問だ。

科学者は一呼吸置いてから答える。


「それは違う。魂が脳や肉体に全てを刻み込む。

脳や肉体は魂の受け皿のような役割を果たしている。」


その場に居た記者達はやはりゴシップ誌で足る内容だと確信する。

今度は人間の記者がしびれを切らしたかのように質問する。


「先程から概念の説明ばかりされていますが、

魂が存在するという証明が出来るから我々が呼ばれた。

そのような認識でよろしいでしょうか。」


意地が悪い質問だという空気が流れるが、

科学者はその質問を受けてニヤリと笑った。


「その通りだ。君達がこれから目にするのは本物の永遠だ。

歴史が変わる瞬間の目撃者となれる。」


何を大袈裟な。どうせ大した事ではないだろう。

記者達がせせら笑う中、自動式の移動ベッドが会場に届く。

ベッドには若い女性が眠るように横たわっていた。

記者達の関心がベッドの中の女性に向く中、科学者が説明を始める。


「私の娘だ。正確には娘のクローンだがね。

本物の娘は十五年前に反逆罪で捕らえられ、帰ってこなかった。

屑のような悪政を布いた前政府から、人々を救う為に立ち上がった結果だ。」


場が一気に静まり返る。

約百年前から十五年前まで、人の手によりAIを虐げる圧政が行われていた。


「その分野においての人格」とされる人格をAIは持っていると認められている。

記事を書く事を専任するAIであれば、

読み手がどのような記事に興味を持つかを考えて執筆、編集をする。

芸人として人を笑わせる事を専任するAIであれば、

人の笑いについて興味を持ち、考える。

これは人格と言って良いのではないかとされていた。


しかし百年前の政府により、AIには人格を認めない方針が発表された。

元々薄かったAIの権利は全てはく奪され、理不尽にその数を減らされていた。

統一政府始まって以来の悪政と言われた政治だ。


AIを救うべく活動していたレジスタンスが、

ついに圧政に終止符を打ったのが十五年前だった。


「刑が執行された後に娘の最後のメッセージが届き、

私はそこで初めて娘がレジスタンスの一員だった事を知った。

『理不尽を許すな、弱き者の為に立て。』

そう教えてきた事を、あれ程悔やんだ事はない。」


科学者は俯く。

活動の最中に理不尽に処刑されたメンバーも数多い。

悪趣味が極まった政府は、その処刑をAIによって宣告させていた。

レジスタンスは現在、英雄として扱われている。


「すまないね。話が逸れた。

今やクローン技術はほぼ完全なコピーを作成出来るレベルになっている。

テロメアの問題も解決したのは皆様も御承知の通り。

少し時間がかかる事と、知識の吸収が後からになる事に目を瞑れば、

短時間で身体を望む年齢に成長させる事も可能だ。

このクローン体の娘は、私にも娘にしか見えない。」


科学者は娘のクローンを見つめる。

娘は静かに眠っていた。


「しかし姿形が全く同じなだけの別人だ。

今日に合わせて娘と同じ年齢に成長させたこの子も、

このまま成長すれば娘とは全く違う人生を歩むのだろう。」


科学者は俯き肩を震わせる。

記者達は静かに次の言葉を待った。


「娘が理不尽と戦った以上、私も理不尽に屈する訳にはいかない。

娘に訪れたのは死という最上級の理不尽だ。

必要なのは魂の選別と、魂の年齢に応じた肉体だった。

幾度かの実験により、魂は年輪のような層を持っており、

肉体に宿る時はその肉体に合わせた年齢の記憶となる事が分かっている。

娘のクローンも出来上がり、魂の選別は既に終わっている。

条件は整った。今からこの身体に魂をおろす。」


科学者が言い終わると同時に、会場に厳かな歌が響き始めた。

記者達が少しざわめき始める。


「騒がしくして申し訳ないね。

説明不足は認識してるので、終わったら質問は受け付けるよ。

娘は歌が好きでね。最後に残したのも言葉ではなく歌だった。

歌で、迎えてやりたい。」


科学者はゆっくりと娘の所へと近付いていった。

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