魔法少女☆vs魚使い

「今度の敵は海か……」


 例のごとく緊急ニュース速報で、悪の結社ビジターナイツの襲来を知ったプリティエリアンとラビのふたりは、現場となる海水浴場に急行していた。


 輝く空、青い海、白い砂浜。

 著名なリゾート地だけに、海浜のロケーションとしては最適だが、いかんせん海風が肌に厳しいこの時期。

 季節柄、海水浴客の姿はなく、利用者は堤防で竿を垂らしている釣人くらいだ。


 当然、津波のごとく押し寄せている大勢の見物客や報道陣は抜きにして。

 3度目ともなると、慣れてしまった感があるが、飛行してきたこちらよりも早く到着している法則がほとほと謎だった。


 現在、無職のアキラには遠い世界となってしまったが、世間一般には平日真昼間のはずの今日この頃、お仕事中の報道陣や警察、自衛隊の方々は別として、見物客の親子連れは会社や学校は大丈夫なのだろうか。


 特に、魔法少女ファンクラブ大きなお友達の人たち。Tシャツ羽織にハチマキと3点セット装備で駆けつけて、汗だくのまま応援してくれるのはありがたい。

 ありがたいのは確かなのだけれど――本当にこんなことをしていて大丈夫なんですか?


 余計なお世話かもしれないが、今現在、自分の将来に不安を抱いている身としては、彼らの実生活まで不安視してしまうアキラであった。


 とはいえ、人類の命運を握ってしまった魔法少女としては、やることには変わりない。

 敵を倒し、人類に希望を、世界の平和を守るのみ。


 上空から自由落下任せで急降下。

 地表すれすれで減速し、ふりふり衣装とリボンをふわりとなびかせ、魔法少女は音もなく砂浜に降り立つ。


「魔法少女プリティエリアン☆地球の平和を守りに参上です♪ ぶいっ!」


 思考を切り替え、アキラ――魔法少女プリティエリアンは、敵の前に立ちはだかる。


「よく来ましたね、魔法少女プリティエリアン。仲間の仇、討たせてもらいましょう」


 対する敵は海の上。


「わたしは傀儡3姉妹パペットシスターズが最後のひとり。”魚使い”ラゥと申します。お見知りおきを」


 口調は丁寧だが、その眼差しは厳しく、敵意に満ちている。

 これまでのふたりは、どこか慢心というか余裕らしきものが窺えたが、今回はそれはない。


 刺客が次々と打ち倒され、いよいよ敵も本腰を入れてきたということか。

 熾烈な戦闘の予感に、プリティエリアンも思わず息を呑む。


 ただ――相手の着用する間抜けなエビの着ぐるみが、なかなかシリアスになるのを許してくれない。

 着ぐるみから覗く顔は、これまでの相手同様中学生くらいの少女で、ぽっかりと空いた顔の部分の横の隙間から、今時珍しい両サイドの三つ網を下げている。

 生真面目そうな表情で、眼鏡でもかけたら昔ながらの”委員長”でも出来上がりそうな雰囲気だ。


(う~ん、なんというか。ほんわかというか、ほっこりというか、やりづらい……)


 心中を顔に出さないため、ことさら気を引き締めているプリティエリアンだったが、それを相手は戦意と勘違いしたようだった。


「お互い、やる気に満ちているようでなにより。それでこそ、倒しがいもあるというものです。では、こちらから行かせていただくとしましょう!」


 エビが――もといエビの着ぐるみを着たラゥが身構える。


 ラゥは先ほどから、している。

 沈まないのは、足場があるということ。となると、の上に立っているということ。つまりは、海中になにかを潜ませていると考えるのが順当だろう。


 プリティエリアンは、これまでの傀儡3姉妹パペットシスターズの登場を思い返す。

 

 ライオンの着ぐるみ、”獣使い”ガゥはライオンに乗っていた。

 カブトムシの着ぐるみ、”蟲使い”エゥは、カブトムシだ。

 ならば、エビの着ぐるみである”魚使い”ラゥは、やはり巨大エビといったところか。


 プリティエリアンは周囲の状況を横目で確認する。


 今回の戦場は海。

 本来なら海での戦闘は高波や津波を発生させるため、大規模攻撃は観客ギャラリーの安否にも気を遣わないといけないところだが――幸いなことに、ここはリゾート海水浴場。きちんと区分け整地されており、砂浜と海岸沿いの道路にも距離があり、かなり高低差もある。砂浜の端を区切るように、大きく立派な堤防も備えられている。

 立派に職務を遂行されている自衛隊や警察の協力で、観戦する大勢の観客は道路もしくは堤防で押し留められているため、生半可な波くらいでは、一般衆に被害は及ばないだろう。


 戦いを長引かせず、高出力砲撃大魔法で一撃で片をつける。

 それが、周囲に及ぼす被害を軽減させ、アキラのストレスで痛む胃を労わる最適だろう。


 ガゥは嬉々として接近戦を挑み、エゥは蟲任せの攻撃だった。

 見た目や第一印象からだが、ラゥは後者側っぽいとプリティエリアンは当たりをつけた。


 ならば、巨大エビの攻撃なら、海中から突然飛び上がってのプレス攻撃、そんなところが妥当だろう。

 空中に跳ねた瞬間を見計らい、大魔法でエビを滅却。今なら地から空の斜線上に報道ヘリもいない。

 そして、前回同様、戦意を失わせて少女に怪我を負わせずに平和的に退却させる。


 それがプリティエリアンの立てたプランだった。


「お覚悟を! 魔法少女!」


 ラゥの足元の海面が、巨大ななにかに下から押し上げられる。


(来たっ!)


「マジカル――へっ?」


 プリティエリアンがマジカルステッキを構え、正面に意識を集中させた瞬間――


 意図しない左右の死角から襲い掛かってきたそれが、プリティエリアンの両足をからめ取った。

 意識外からの不意の攻撃に、プリティエリアンは成すすべなく引き倒されて、そのまま海中に引きずり込まれる。


 海に没するときに、湧き立つ水泡の中、プリティエリアンが辛うじて確認できた足に絡みつくそれは――無数の吸盤のついた触手だった。


 海上で高笑いするラゥを海中から見上げたプリティエリアンの視界に映ったのは、少女が足場にする赤黒い巨大な――タコだった。


(エビちゃうやん!)


 口から空気と共に吐き出されたツッコミは、泡の中に消えていった。


 プリティエリアン初の海中戦のピンチ!

 相手は”魚使い”。敵の得意なフィールドに持ち込まれ、不利は明白!

 どうなるのか、プリティエリアン! 負けるな、僕らの魔法少女プリティエリアン!

 ちなみに、エビもタコも魚じゃないよ、”魚使い”!


 地上の観衆や視聴者向けにご丁寧に熱弁してから、ラビもまた海中に飛び込んだのだった。

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