魔法少女☆世界の果てで哀を叫ぶ

 空前の魔法少女ブーム、見聞きするものが魔法少女であふれかえる町中を、こそこそ歩く者がいた。

 なにを隠そう、噂の魔法少女プリティエリアンの中身――望月アキラ(36歳、男、ついに無職)である。


 あの夜からわずか3日――アキラの日常は変わってしまった。

 10年以上社畜として貢献した会社からはあっさり解雇を告げられ、どういう因果か魔法少女にもなってしまった。


 アキラはよれたスーツにサングラスにマスクに帽子と、完全無欠に怪しい格好で、道の端を独りふらふら歩いていた。

 悲しい習性で朝の6時に目が覚め、することもないので近所の散歩に出たのだが、すぐに後悔する羽目になった。


 どこのどちらをどう見ても、魔法少女に関するものであふれている。ニュースやネット、有線無線問わず、聞こえてくるのは魔法少女関連のことばかりだ。近所のおばさんの井戸端会議も魔法少女の事とくる。


 それらを耳にするたび、多大な期待と背徳感、羞恥までもが手伝って、アキラの虚弱な胃をストレス過多でぎりぎり締め付けてくる。


「よかったねー、アキ。わずか数日にして国際的有名人だよ。魔法少女冥利に尽きるね!」


 アキラの帽子に乗っかり、呑気に喋っているのは事の元凶(に限りなく近い)ラビだ。


「ちっとも、よかぁない! 俺は正体がバレないかとひやひやしてるってーの! あ、また胃が……うっぷ」


 口を押さえて身を屈めた際、ついでに腰がぐきりと軋んだ。なんて踏んだり蹴ったりだ。


「だから、大丈夫だってさ! 変身前の魔法少女プリティエリアンと、こんなおっさんが同一人物だなんて、誰も気づきっこないから! アキは心配性なんだから! あははー」


「馬鹿! 声が大きい! 他人に聞こえたらどうする!? ただでさえお前が一緒にいると、正体がバレかねないのに!」


 ラビの姿も映像と共に当然のごとく世間に広まっている。

 アキラは咄嗟にラビを頭から引き摺り下ろし、口を封じた。ただ、ラビには眼はあるが口はないので、どこを押さえるといいか迷ったが。

 もこもこした質感は、いかにもぬいぐるみのような安っぽい材質だが、どういう原理で動いたり喋ったり飛んだりしているのかは、いまだに謎だ。


「大丈夫だって! 僕には認識阻害の光学迷さ――もとい魔法がかけてあるから、他人からは違うものに見えてるんだから」


 なんでも”魔法”の一言で片付けようとしやがって――アキラは胸中でツッコミを入れた。


「今の僕の姿は、周囲からはなんの変哲もないカラスに見えているはずさ!」


「……ちょっと待て。ってことはなにか? 俺は頭にカラスを載せたまま道を歩き、カラスと会話し、押さえ込んでいると、そういうわけか?」


「そうなるね」


 つまり、あれか。

 散歩中に注目されていたのは、魔法少女うんぬんとは無関係で、別の意味であったと。


「あー、ちょっとそこのあんた、いいかな?」


 道向こうからお巡りさんが手招きしていた。


「……はい」


 職務質問され、奇行に呆れられた。


「まったく……世間では年端も行かない少女が、頑張ってるってのに……大人のあんたがしっかりしないと! だろ?」


「はい……すみませんでした……」


 自分よりずっと年下の、20歳くらいの警官に説教を受けた。世知辛い。

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