魔法少女☆迫る危機
悪の結社ビジターナイツとの最初の戦闘から早1週間余り。
世界は以前となんの変わりもなく日常生活を営んでいた。
ただ、あの夜のことが夢ではなく、驚異が去ったわけでないことはテレビやネットを通じて嫌というほど報じられている。
一夜にして国防の要であった軍備を侵略者に叩かれた国々の犯罪率は増加の一途を辿り、株価や為替も暴落している。
逆に犯罪率の低下、株価や為替も軒並み上昇しているのは日本だ。今や空前の魔法少女特需で、経済も湧きに湧いていた。
その立役者たる魔法少女プリティエリアンの中身、もとい正体の望月アキラはというと――自宅の安アパートでごろごろして暇を持て余していた。
六畳一間で月4万の格安アパートが、もう10年ほども暮らしているアキラの根城だ。
ほぼ寝に帰るだけの毎日で家具らしい家具もほとんどないことを除外しても、室内は意外に整理整頓されている。
趣味らしい趣味も、社畜として働いていたこの10数年で自然消滅し、室内には単なる生活感しか感じられない。
カップ麺やスーパー惣菜の空トレイ、ビールの空き缶がゴミ袋に詰まって玄関脇に転がっている以外は、すっきりとしたものだ。
そんな中、アキラはTシャツにボクサーパンツだけとだらしない格好で、テレビを見るともなしに付けっ放しのまま、ベッドに横になりつつ、雑誌を眺めていた。
「暇そうだねー、アキ」
プリティアリアンのサポートキャラ、正体不明の外宇宙生命体のラビが、年中出しっ放しのコタツの上で、そのもこもこした丸い兎ふうの身体をぽよんぽよんと跳ねさせている。
「……おかげさんで誰かさんが無職にしてくれたからな」
「魔法少女に専念するためには仕方ないことじゃないか。そんな些事」
「頼んでねー。いや、確かに魔法少女にしてほしいなんて、ガキの頃に頼んだかもしれんけど、今になっては余計なお世話だ」
なぜかラビは、あの日から、このアキラの部屋に住み着いていた。
出会ったときにアキラが拉致された宇宙船は、あれ以降、姿を見せていない。
当初は事あるごとにラビに突っかかっていたアキラだが、この一週間でそれにもだいぶ慣れてしまっていた。
結局のところ、ラビは自分の役割を忠実に実行しているだけで、そこには遠慮も躊躇もない。
暖簾に腕押し、糠に釘。言っても無駄だということは嫌というほど理解した。実力行使に出ようとも、出来損ないのぬいぐるみのようなボディのくせに、てんで通じやしない。
もはやこれは天災で、そういうものだと諦めようと、アキラはそれ以上の徒労は止めにすることにした。
まあ、これも悪い意味での大人の対応というやつだろう。
「のんべんくらりと生活するだけでも、生きてくには金がかかるんだよ。失業保険も生活保障も簡単にはおりんしな。なにか日銭を稼がないと」
アキラが見ている雑誌は求人紙だ。
とりあえずバイト、あわよくば社員募集と探してはいるが、36歳の年齢制限で、なかなかいいところが見つからない。
「無駄なのに。仕事している最中に敵が襲ってきたらどーすんのさ? それに、今さらその歳になって、人生の半分しか生きていないような職場の先輩に、仕事教わるの我慢できる?」
「……嫌な言い方すんなぁ、てめーは」
嘆息ひとつ漏らしてから、アキラは求人誌をラビ目がけて放り投げ、テレビを指差した。
「第一、敵っていつ来るんだよ? ほれみろ、世間は変わらずこんなに平和だ。少なくとも日本はな」
今や珍しくなってきたブラウン管テレビには、動物が草を食べている映像が流れている。
「……どうかな? そうでもないみたいだけど」
「は?」
ラビの視線がテレビを向いたままだったので、アキラもそちらを窺ってみた。
ただ点けていただけだったので、音量は限りなく絞ってある。
アキラが音量を上げると、それなりに緊迫したレポーターの声が流れてきた。
『突如、動物園を脱走した動物たちが近隣の小学校に殺到し、付近は大混乱となっております! 都市部ともあり、小学校児童や近所住民の避難も滞っており――』
画面では、象が校庭を走り回り、キリンが花壇の草木を食い散らかしている。
「魔法少女プリティエリアン出動だよ!」
「はあぁぁ!?」
アキラは大声で叫んでいた。
安アパートで壁が薄く、隣の住人から壁ドンされたので、即座に声を抑える。
「なに? これもビジターナイツとかの仕業なの?」
「間違いないね! きっとアキのやさが掴めないから、騒ぎを起こして呼び寄せようという魂胆さ!」
やさとか言うな。人聞きの悪い。
「でも、マジか……」
それが本当なら、初回が宇宙船の大軍団での襲撃だったのに比べ、あまりにあんまりなグレードダウン。一気に緊張感も盛り下がるというものだ。
「さあ、変身だよ!」
ラビが空中でくるりと回ると、アキラの目の前の空間からステッキが飛び出してくる。
「うぇ~~~」
いかにも子供っぽいカラフルでファンシーなマジカルステッキを見ていると気が滅入る。
「人類の希望。負けると滅亡。誰のせい?」
ラビがラップふうに小声で脅してくる。
なんという理不尽な強制イベント。しかし、今のアキラには、やるしかない。
「くっ!」
アキラは唇を噛み締め、悲壮な決意と共に、ステッキを握り締めてベッドの上に立ち上がった。
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