魔法少女☆vs獣使い

 余裕に満ちた表情、そして自信に満ちた声。


 背後の観客からどよめきが起こる。


(これが――敵)


 アキラは戦慄した。


(こんなのが、敵。こんな着ぐるみ女の子が……マジですか)


 まだ戦ってもいないが、アキラの精神的ダメージはでかかった。しかも、継続ダメージだ。


「ほらっ、アキ。打ち合わせのアレ、アレ」


 傍らのラビから小声で催促される。


(あ~、やっぱりやらないとダメなのね)


 アキラは何度目かの覚悟を決め、ステッキを頭上高くに掲げて叫んだ。


「魔法の国からやってきた、魔法少女プリティエリアン! 人々の笑顔を守るため、世界の平和を守るため! 悪い人にはおしおきです!」


 くるりと回って、ステッキを振り下ろす。

 星型の光が周囲に瞬き、光のリボンが降り注ぐ。


 プリティエリアンの頬がほんのり紅潮しているのは、赤ら乙女ではなくただの羞恥だ。


 互いに正々堂々名乗りを上げて対峙する。お約束の様式美は済ませた。

 ここからは、真の命がけの戦いとなる。


「まずは小手調べだ! 喰らえ!」


 先手を取ったのはガゥだった。

 ガゥの着ぐるみのたてがみが紅く発光したと思うや否や、灼熱の光線が放たれる。


(危っ――)


 咄嗟にアキラがステッキを盾にすると、意識するよりも早く、手元のステッキが回転して円をなす。

 口が勝手に動き出し、短い呪文を紡ぐ。


「邪を祓うは魔法の水鏡、マジカル☆リフレクト!」


 ご丁寧に自動台詞付き。勝手に発動した半球体の不可視の鏡が、熱線を即座に反射する。


 轟音と土煙が周囲を覆う。

 弾き返した熱線は、校庭を抉って巨大なクレーターを作っていた。


(うげ、なんつー威力だ!)


 クレータの表面の土が、溶解して鏡面化している。


 まぬけな着ぐるみのくせに、小手調べどころかいきなり本気で殺りにきた。

 直撃したら、骨も残りそうにない。


「ちぇっ! 今のタイミングで弾くかよ! 遠距離攻撃が効かないってのは本当らしいな? だったらまあ――」


 胸元で交差させた両手の肉球の指先から、真っ赤に灼けた鋭く長い爪が伸びる。


「接近戦で仕留めるまでだけどなぁ!」


 砲弾のようにガゥが特攻してきた。

 着ぐるみの短い足なのに、速いなんてものじゃない。それこそまさに砲撃だ。


 初撃をなんとか躱したものの、2撃目、3撃目が矢継ぎ早に襲ってくる。

 右からの攻撃を反射的にスウェーで避け、次撃の左をステッキでいなし、戻ってきた右爪を掻い潜る。


「はっはっ! やるじゃないの、魔法少女!」


 ガゥの攻撃の回転が増し、さらに速度も上がる。大地を蹴る音と爪の風切り音が絶え間なく続いている。

 見かけはともかく、まさに野生の獣だ。


 アキラは自分で避けていながら、どう動いているのか自分で理解していない。

 これもまた変身時の能力なのだろう。


 コンマ数秒の攻防の中、ついに爪の先端が、プリティエリアンの服のリボンの端を掠めた。それだけで服の一部が燃え上がり、焦げ臭い匂いが周囲に立ち込める。


 プリティエリアンは勇んだガゥが大振りになった隙を突き、新体操よろしく後方回転を繰り返して距離を取った。


「ちぇー。今のは惜しかったなぁ」


 ガゥはシャドーボクシングでもするように、フットワークを刻み、拳で素振りしている。


 ふざけた短足短腕の着ぐるみ姿に騙されたが、とんでもない運動性能だ。


「甘く見ちゃダメだよ」


 いつの間にか避難していたラビがしれっと戻ってきた。


「見た目はああでも、プリティエリアンの衣装と同じで、科学技術の粋を集めたパワードスーツなんだから」


「…………」


「あ、間違えちゃった。プリティエリアンの服は魔法技術の結晶だけどね」


 ま、いまさらいいけどね。科学でも魔法でも。


「でも、同じってことは、俺――じゃなくて私にも、あんな動きができるってこと?」


「もちろんさ。性能ではプリティエリアンのほうが上なくらいだよ。押し負けてるのは経験の差と、気持ちの差かな」


「経験はわかるけど、気持ち?」


「うんそう。だって、プリティエリアンってば、避けるばっかりで、全然攻撃してないでしょ? 攻撃される距離にいるってことは、こっちの攻撃も届く範囲にいるってことなんだから」


(なるほど……逃げるのにばかり必死で気づかなかった……)


 アキラは手を閉じたり開いたりしてみた。


 こんな少女の細腕で、どれほどのことができるのか知らないが。


(ただ……)


 アキラは相手を見遣る。


(どう見ても中学生くらいの女の子をぶん殴るとか、まず大人として、人としてどーよ?)


 考えただけで胃が引きつる。


 今のアキラもそれより幼い少女なので、問題はないのかもしれないが。


 観客からはプリティエリアンの応援コールが響いている。

 負けたら人類が滅ぶ。それだけはどうしても回避したい。


(やるしかない、か……)


「ラビくん、どんな攻撃方法があるのかな?」


 そのためだったら、ちっぽけな矜持や羞恥は捨て去ろう。


「ようやくやる気になったみたいだね、プリティエリアン! さあ、マジカル☆物理で攻撃だよ!」


 マジカルって付ければいいってものじゃないだろう。

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