魔法少女☆なんとなく勝利です
「この仔たちが~、こんなにあっさりやられるのは~予想外だったけど~」
”蟲使い”エゥの奇妙な笛の音が、再び周囲に木霊する。
――また奴か!?
プリティエリアンはじめ、その場に詰め掛けていた全員が身構える。
特に中継のカメラマンは、再度の放送事故を避けるべく、いつでもファインダーを塞げるように準備していた。
「この仔たちなら~どうかしら~?」
全員が身動きひとつせず、固唾を呑んで地面に注目する。
ちょっと逃げ腰なのは、当然といえるだろう。
しかし、いつまで待っても地面からなにかが飛び出してくる予兆はなく、静寂だけが訪れる。
そして静寂は降ってくる騒音に破られた。
「プリティエリアン、上だよ!」
ラビの声に申し合わせるように、全員がいっせいに上空を仰ぎ見た。
雲ひとつなかった快晴を、にわかに暗雲が覆い始めている。
台風の日に風に流される雲のように目に見えて移動が早い。しかも、国立公園の上空だけという異常さだ。
たった数km先の空は、先ほどまでと変わらない穏やかな青空に、柔らかな陽光が降り注いでいる。
上空の一角だけ丸く暗雲に太陽光が遮られている様は、まるで空にぽっかりと闇の穴が空いたようだ。
暗雲から聞こえてくる音は、甲高い「プーン」といったものや、「ブブブ」という空気の震えるようなものが混合している。
生理的嫌悪感を抱くこの音は、日常生活でも聞き覚えがあるものだ。
「ふふふぅ~。この仔たちも~、
「マジカル☆フ○キラー! エアジェット!」
プリティエリアンのマジカルステッキから、ミスト状の液体が、上空の虫の群れに向けて勢いよく噴出された。
「どこまであなたが~抗えるか~」
黒雲から、雨ならぬ1m近い虫の死骸がぼとぼとと降ってくる。
「見ものだわ~……って、あれ~?」
エゥが言い終える頃には、公園内は巨大蚊や巨大蝿の死骸で凄惨たる有様となっていた。
あまり日頃はお目にかかりたくもない光景に、観衆から忌避の悲鳴が上がる。
「プリティエリアン!」
「うん! わかってるよ、ラビ君!」
プリティエリアンが光の撒き散らせつつ天高くジャンプし、空中で静止した。
両手で掲げたマジカルステッキを、頭上でくるくる回転させる。
ステッキが白っぽく発光し、見る間に魔法少女の上空に、天使の輪を出現させた。
「お掃除だよ! マジカル☆フリージング!」
天使の輪から冷気の波が噴出して地面へと溢れ出す。
白い冷気は瞬く間に地面の虫の死骸を覆い尽くし、真っ白な氷の彫刻群を造り出した。
「あーんど、マジカル☆ダスト!」
可愛らしい少女の甲高い声が響く。
横にしたステッキと交差させ、右手を高く突き上げる。
その途端、今度は魔法少女の周囲に小さな光の礫が無数に出現し、大地に向けて降り注いだ。
まるで視界を埋め尽くす光のシャワー。
光の雨が止んだとき、地面や草木にはいっさいの損傷もなく、氷となった虫の死骸だけがきれいさっぱり砕けて消えていた。
「これでお掃除完了です! ぶいっ」
魔法少女のポーズに、観衆たちが盛大に湧き立つ。
「ありがとー!」という感謝の声まで聞こえてきた。
魔法少女が、エゥに向き直る。
プリティエリアンにしては珍しく、ちょっと怒っていた。
「なんて卑劣な攻撃を……! 小さい子のトラウマになったらどうするんですか!?」
小さな細い眉をVの字に吊り上げ、プリティエリアンがエゥを睨む。
「……可愛いのに」
エゥはぽそりと呟いてから――
「可愛いのに~! 可愛いのに~! 可愛い仔ばっかりなのに~! ど~して~こんな酷いこと~するの~!?」
両手をぶんぶんと上下に振りながら、間延びした口調ながらも懸命に主張していた。
しかも半泣きどころか、ガチ泣きである。
害虫だから。とはとても言える雰囲気ではない。
(え”~~~~!? 俺が悪いの?)
アキラは内心で焦っていた。
見た目自分の子供でもおかしくないくらいの歳の少女を、結果的に自分が泣かせてしまったという現実に、切り替わっていたスイッチが戻ってしまった。
「馬鹿ぁ~! あんたなんて~嫌い~!」
プリティエリアンが唖然としている間に、エゥは乗っているカブトムシを反転させ、涙の雫の軌跡を残しながら飛び去ってしまった。
(どうしよう、この置いてけぼり感……)
悪人は撃退した。それはいい。いいはずだ。
でも、なんだろう、この空気。
小学校の頃、掃除をサボろうとしていた女子を注意したら泣いちゃって、友達から「あ~あ、アキラ君、泣かせちゃった。いけないんだ」みたいな目で見られる感じというか。
「やったね、プリティエリアン! 敵は逃げ出した、平和は守られたんだ! 僕らの勝利だよ!」
ラビがぽよんぽよん飛び跳ねながらやってきた。
相変わらず空気を読まない平常運行だが、今回はありがたくそれに乗っておく。
「そ、そうだね! 撃退完了♪ 魔法少女プリティエリアン☆今日も平和を守ります! ぶいっ」
ポーズを取る。
現状を思い出した観衆から、少し遅れながらも怒涛の歓声と声援が巻き起こった。
特に、戦闘中ずっと一糸乱れぬペンライト捌きのダンスで応援してくれていた大きなお友達の面々は、息も絶え絶えだ。
ファンクラブの団長(?)と思しきおっちゃんが、やり遂げた感いっぱいの清々しい笑顔で、親指を立てていた。
まるで、大型契約の商談を成功させて帰社した
「あ、ありがとねー」
敵といい、味方といい、アニメと現実は違うもんだ。
アキラは微妙に複雑な思いを少女の笑顔で隠して手を振り、その場を飛び去った。
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