魔法少女☆人を想う
そのころ、魔法少女プリティエリアンこと望月アキラは、自室のベッドでごろごろと安寧を貪っていた。
先の戦闘後、危うく犯罪者になりかけたアキラだったが、逃げるから怪しまれると逆転の発想で機転を利かせ、そのまま近くの交番に飛び込んだ。
居合わせたお巡りさんに、オヤジ狩りに合って身包み剥がされたと涙ながらに訴え、服と帰りの電車賃を貸してもらったのだ。嘘も方便と言うことで。
ただ、あのときの、まだ20歳ほどの若い巡査の哀れんだ視線が忘れられない。
すごく親身になってくれて、励ましの言葉も貰った。
お金と服は返さないでいいから、と熱く手を握られ、帰りに飯でも食っていきなよ、と電車賃に色までつけてくれた。
ありがたいやら情けないやら後ろ暗いやらで、帰り着いたと同時に、枕に顔を埋めてアキラは少し泣いた。
それから数日、こうしてすべてを忘れるがごとく、ひたすらごろごろしている。
ダメな大人の見本のような日々だった。
「元気だしなよ、アキ」
そんなベッドの人となったアキラの上を、なにが楽しいのかラビはぴょんぴょん跳び回っている。
「……誰のせいだ誰の。おまえだけには言われたくない」
「今度からはお財布と着替え一式、僕の中に収納してるからさ。以降は大丈夫だよ、安心して!」
ラビはどこからともなく手提げ袋をにゅっと取り出し、再びどこかに収納した。
「どうなってんの、それ? 異次元ポケット的な?」
アキラの脳裏に、青い猫型ロボットな国民的キャラが思い浮かぶ。
「できないでもないけど、たったこれだけのことに大層なものは使わないよー。服の隙間に入れているだけ」
「えっ、服!? なにそれ、脱げんの?」
異次元ポケット以上に、驚愕の事実だった。丸い兎のぬいぐるみのようなもこもこボディ、生き物らしくないとは常々思っていたが、まさかラビにも中の人がいたとは。
「ぜひ見てみたい!」
アキラは少しやる気を見せ、手をわきわきとしながらラビににじり寄った。
「構わないけど……面白いものじゃないよ? それに
なにを?と訊ねかけて、アキラはぴたりと制止し、そのまますっぱりと諦めた。
あれは希望の残されていないパンドラの箱だ。碌でもないものしか出てくるはずがない。
なにせ、相手はれっきとした地球外生命(?)体。
でろり――とか、どろり――とかいう効果音を伴なう中身にお目にかかった日には、唯一の逃避の場である夢の中すら侵害されそうな気がする。
アキラは再びやる気をなくし、どさりとベッドに横になった。
「……ん? ラビ、なんか言った?」
「え? なにも? ついに加齢が耳にきた?」
「死んでしまえ!」
手近な枕を投げつける。
華麗な身のこなしでかわされたのが、余計に癇に障った。
なにか声が聞こえたような気がしたが、不本意な同居人のラビは、変わらず部屋内をぽよんぽよんと跳ねているだけだ。
(あ……隣か……?)
壁沿いに置かれたベッドにいると、安アパートだけに隣室からの声が漏れ聞こえていた。
つい先日まで隣室は空き部屋だったはずだが、この間、越してきたと挨拶に来た新たな隣人たちがいたことを思い出した。
このご時世で、わざわざ引っ越しの挨拶とは律儀なものだと記憶に新しい。
なんでも、少女3人だけで住むのだとか。
訳ありのようだったので、詳しいことは抜きにして、あくまで今後の隣人として簡単に世間話だけで済ませた。
両親や保護者もなく、少女3人住まいとは、なにか事情もあるのだろうと慮ってのことだ。
大人だからといって、他人の事情に安易に首を突っ込んでいいものでもない。
ただ、食料で困っているということだったので、なけなしの非常食のカップ麺を3つだけ、心ばかりと提供した。
最初は戸惑っていたようだが、笑顔で喜んで受け取ってくれた。
最近はやれ防犯だプライバシーの保護だなんだと、隣人との付き合い方も難しい。
特に若い女の子など、おっさんにとっては理解の及ばない危険物扱いだ。
なにを考えているかもわからないし、生態も謎だ。
時には同じ日本人のはずなのに、言葉すら通じない。
だからこそ礼儀正しく素直な隣人の対応に、今もこんな娘たちがいるんだなと心が洗われた。
壁越しで会話の内容までは聞き取れないが、どたばたと年相応にはしゃいで、なにやら楽しそうだ。
年頃の娘さんたちがいるのだから、ベッドは反対側の壁に移動しよう。それが大人の心配りだ。
アキラはベッドに胡坐をかきながら、腕を組んで独り思う。
目に見えない誰かを守るより、身近な隣人を守るつもりで頑張ろう。
どうしても魔法少女を続けないといけないのなら、そういったモチベーションのほうがいいに決まってる。
そんなことを考えている内に、いつの間にか荒んでいたアキラの心も、幾分かは和らいでいたのだった。
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