魔法少女☆戦い終わりて
大歓声に見送られ、魔法少女は蒼天の彼方に飛び去ってゆく。
居合わせたすべての人々が見つめる方向とは反対に、こっそりと人混みを避けて歩み去ろうとする少女の姿があった。
それこそ今し方、空に帰ったはずのプリティエリアンその人である。
去った少女は
ちなみに、
道すがらの街頭モニターには、悪の結社ビジターナイツが刺客と、正義の魔法少女プリティエリアンとの戦闘が、解説交えて事細かに繰り返し放映されている。
本人としては初格闘戦ということもあり、これまでの人生でもなかったような白熱した戦闘だったのだが、こうしてモニター越しに見てみると、コミカルなライオン着ぐるみの少女と、ふりふり衣装の魔法少女との、熱戦とは縁遠い微笑ましい戦いの絵面だった。
土煙が舞い、光が弾け、さらにはご丁寧に効果音やBGMなども
傍目に見ている分にはいいかもしれない。実際に人類の命運がかかっているとはいえ、勝ち戦は見ていて楽しいだろう。
しかし、そこで実際に戦っていた身としては、どうしても情けなさが先に立つ。
こーんなふりふり衣装を着て、少女言葉など使って、きゃるんきゃるるんという効果音を纏いながら、中学生くらいの少女相手に、どうしてアラフォーおっさんが必死こいて戦わないといけないのか。
どこをどう思い返しても、泣けてくる。
画面の中では、魔法少女がマジカル☆デンプシーをかましていた。
あれは戦闘中の完全な閃きだったが、実際のところ、やっているときはちょっと楽しかった。
いい大人なのに、その事実がまた情けない。
解説の元世界王者のプロボクサーが、技の由来と実演をやっていたのがやるせない。
最後の必殺技マジカル☆ブラスターでは、博士号を持つどこぞの著名な大学教授が、小難しい原理を科学的に解説していた。
戦闘終了直後にして、これだけ事前に用意周到だったテレビ局を褒めるべきだろうが、アキラにとっては自己嫌悪にダメ押しされている気分だった。
モニターでは、はにかんだ笑顔の少女が、元気いっぱいに勝利宣言をしたところだった。
プリティエリアンは愛くるしく可愛い少女だ。
中身が自分でなければ。
最後の決め台詞も、自分で口にした記憶もある。
おっさんなのに、思い返すと思わず赤面してしまう。
周囲の熱狂とは真逆に、プリティエリアンことアキラはモニター前で肩を落とし、とぼとぼと目立たない路地裏に入っていった。
尾行される恐れがあるので、来たときのように飛んで帰るのはご法度らしい。
変身を解いて、公共機関を利用して帰る必要がある。
もちろん経費などどこからも出ない。
無職なのに、その現実が二重で切ない。
「帰ろ」
今すぐにでも
アキラはそんな気持ちでいっぱいだった。
「あ、ちょっと待ってよ、アキ」
だから、ラビの忠告も聞きそびれた。
変身するときの演出効果はど派手でも、解除時はあっさりとしたものだ。
ぱっと淡い光に包まれ、一瞬後には元に戻っている。
若さとエネルギーに満ち溢れていた小さな肢体が、従来の気だるく重い身体の感覚へと置き換わる。
「あー。やっぱ落ち着く」
36年も慣れ親しんだ自分の身体だ。
どれほど高性能に富んでいても、やはりこちらが気が休まる。
これまで悩まされてきた腰痛や肩こりも、こうなると愛おしいほどだ。
アキラは肩を回していて、ふと気づいた。
なにやらどうも肌寒い。変身解除したからといって、こうも肌寒いわけが――
と、路地裏の建物のひび割れたガラス窓を目にすると、そこ映るのは30後半のしょぼくれ気味のおっさんだった。
おっさんは当然のことだからとして問題ない。問題は、それがよれたTシャツにボクサーパンツだけの軽装だったということだ。
「あ~あ、だから言ったのに。変身解除後は、変身前の服装に戻るから、服くらいは用意してからのほうがいいよ、って」
「言われてねー!」
叫んだ瞬間、路地の前を通りがかった純朴そうな女子児童と目が合った。
少女は目を丸くし、その視線がにわかに下に向いた。
「きゃあ~~!?」
「ぎゃあ~~!?」
同じような悲鳴を上げ、咄嗟にアキラは逃げ出した。
この身体での十数年ぶりの全力疾走で、身体も別の悲鳴を上げている。
(世界を守った報酬がこれか~?)
泣きたくなった。ってか、泣いていた。
素肌の二の腕で涙を拭いつつ、アキラは人目を避けて走る。
明日の世界の平和と人類の安寧を守るため、魔法少女プリティエリアンは今日も未来へ向かって駆け抜けるのであった。
「そんなナレーションいらねーから、服くれ、服ー!」
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