魔法少女☆因果と応報

 幼い頃の望月少年は、純心無垢な子供だった。


 彼はヒーローに憧れており、正義が悪を懲らしめる勧善懲悪のヒーローもののアニメには、必ず食いつくように見入っていたものだ。

 中でもお気に入りだったのは、かっこいい戦士が戦うものよりも、カラフルで煌びやかな衣装を纏い、魔法の力で悪人を退治する魔法少女ものだった。


 まだ幼く、男女の区別もよくわからないほどの幼子だった望月少年は、将来は魔法少女になるんだと、悪者から皆を守るんだと、幼心に固く誓っていた。


 あるとき望月少年が家の窓から夜空を眺めていると、闇の中に一筋の光が流れ落ちた。


 流れ星に願いをかけると叶う。もっと幼かった頃の少年に、母親が微笑みながら教えてくれたことだった。


 望月少年は子供ながらに懸命に流れ星に祈りを捧げた。


「僕を魔法少女にしてください!」と――



◇◇◇



「あったよーな、なかったよーな……そんなこと」


 現・望月アキラ(36男)はというと。可憐な少女姿のまま、床に胡坐をかいて首を捻っていた。


 魔法少女アニメが大好きだったのは覚えている。

 ただそれも、幼稚園に通うようになってからは友達に馬鹿にされ、すぐに興味をなくした一過性のものだったはずだ。


「でもって、その願いがつい先ごろになってそちらに届き、願いを叶えるためにやってきてくれたと。そーいうことでオケ?」


「オケだよー」


 なにが楽しいのか、サポートキャラを自称する毛玉兎のラビは、ぽよんぽよんと床を跳ね回っている。


 あの頃から30有余年、さすがに宇宙は広大だった。何十光年という途方もない距離を、こうして何十年もかけて、人の思いが届けられるとは。

 なんとも夢がある。むしろ夢しかない。


「そっかそっかー。そりゃすごい。あははははー」


「あははははー」


 笑い声がハモる。


「って、やってられっかー!」


 アキラ――というか、プリティエリアンは、エアちゃぶ台を引っ繰り返す真似をした。


「キャンセルだ! オールキャンセル! 今すぐ戻せ! さあ戻せ! 俺は今さら夢の世界の住人になる気はねー! 明日も朝は早いんだ、この馬鹿馬鹿しい姿を今すぐどうにかして、俺を家に帰しやがれ!」


 アキラが床をどんどん叩いて凄むが、アニメ声で少女の見た目では、可愛らしい癇癪を起こしたようで、むしろ微笑ましい限りだった。


「元の姿に戻りたいの? 若くて健康な身体になれたんだから、地球の常識に当てはめると、嬉しいんじゃないの? くたびれたおっさんのほうがいいなんて物好きだね」


「くたびれたは余計だ。確かに、身体は軽いし疲れない。眼精疲労も肩こりも辛い腰痛までなくなった。でも、なにが悲しくてこんな年端もいかない女の子に――しかも魔法少女なんてものにならんといかんのだ」


「自分で頼んだくせに」


「だから、こっち的にはもう時効だっての!」


 エアちゃぶ台を叩く真似をする。


「うーん。元に戻るだけならいつでもできるよ。それはあくまで変身だから、変身を解けばいい話だよ」


「な、なんだ、焦らせやがって」


 アキラはほっと胸を撫で下ろした。


 いつでも戻れるのなら、もしかするとそう捨てたものではないかもしれない。

 少ない食費でやりくりできそうだし、寝る前に変身すると体力の回復も早そう。さらには、いろいろな子供料金が利用できるかも――とまあ、いかにも発想がちっちゃかったが。


「戻るのはいいけど、魔法少女はやってね。でないと多分、から」


 さらっと流されたラビの言葉に、アキラは一抹の不安を覚えた。


「なんだよ。若返るたびに歳食うのが倍になるとかデメリットでもあんのかよ?」


「そんなことはないけど。でも、そろそろ魔法少女の敵が攻めてくるはずだから、変身して戦わないとね」


「は?」


 ちょっと待て。敵?

 もしかして、戦う正義のヒーローやヒロインの対となるように、敵対する悪まで用意してあるとか?


 ……まさかね。


「おお、すごいね。プリティエリアン。その通りだよ! 悪の結社ビジターナイツ。僕らの敵となる存在さ!」


「プリティエリアンじゃねー! なんだ、その余計な設定は!? アホか? アホなのかおめーらは!? おめーも、おめーらを遣わした異星人も!」


「だって、魔法少女だけ居たら、ただのコスプレじゃないか。悪が居てこその正義でしょ? ね、アキ?」


「アキって呼ぶな! 俺はアキラだ! おめーらまとめて、大人しく帰りやがれ! お帰りください、お願いだから!」


「女の子の姿だから、アキのほうが可愛いって。それに、僕に言われても、もう帰るのは無理なんだ。だって、あっちはあっちで、からね。ま、見てよ」


 ラビがうさ耳を左右に振ると、空間にいくつもの映像が浮かんだ。


 それは世界各国各所のリアルタイム映像のようだった。

 様々な人種のリポーターらしき人と、入り乱れている多数の言語――しかし、その内容は一様で、恐怖と驚愕と混乱に彩られ、空を埋め尽くす大小の円盤型飛行物体の大軍を映し出していた。


「あ、そろそろ定刻だね。ビジターナイツによる世界主要国の軍事施設への先制攻撃」


「これって絶対、悪の結社とかいうレベルじゃねー!」


 中継では、外宇宙侵略者と地球の各国軍による、壮絶な戦闘が開始されていたのだった。

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