裏カジノをぶっつぶせ―7

 土井から騙し取った一千万のうち、数万を風俗店で使い、百万をヤスさんの自宅のポストに入れておいた。ヤスさんの喜ぶ顔を思い浮かべ、俺は自然と口元が綻ぶのを感じた。被害者を救いたいというムヨンの気持ちを理解したわけではないが、悪い気はしなかった。

 ムヨンからの借金やベンツとノブのレンタル代、そのほか必要経費諸々を差し引けば、自分の手元に残った額は二百万程度になるだろう。俺は中洲から百道浜方面へ向かい、ムヨンのオフィスを訪れた。奴はいつものように大きな黒革のデスクチェアに座り、仕事をしているところだった。

「ほらよ」と、ムヨンのデスクの上に札束を並べる。「耳揃えてもってきたぞ」

「たしかに」金を確認してから、ムヨンは契約書を破り捨てた。「うまくいったようだな」

「楽勝だよ」俺は得意げに答えた。

 いやぁ、ちょろかった。金を稼がなければならない焦りが、土井の目をふしあなにしていたのだろう。さんくさい投資コンサルタントに簡単に騙されるほど、奴は切羽詰まっていたわけだ。

「金の余裕は心の余裕。金のないカモには、詐欺を疑うだけの心の余裕がない」

 俺からの連絡を楽しみに待っている土井の姿が目に浮かぶ。騙されたことに気付いた瞬間、あの店長はを起こし、店の金を持って逃亡するかもしれない。くだんの裏カジノがぶっつぶれるのも時間の問題だろう。

 だが、自業自得だ。イカサマなんかやるから、こうなるんだ。

「すべては俺の計画通り」俺はにやりと笑った。

 ところが、

「そうでもないみたいだぞ」

 と、ムヨンが妙なことを言い出した。

「ん?」

 どういう意味だ、と俺が首を傾げていると、

「お前に見せたいものがある」

 そう言って、ムヨンは数枚の写真をファイルから取り出し、デスクの上に並べていく。

 その写真を見て、俺は目を丸くした。「……なんだ、これ」

 写真に写っているのは、二人の男。

 ひとりは、あの裏カジノ『エクス』の店長・土井。

 そして、もうひとりは──なんと、ヤスさんだった。

 盗撮でもしたのか、写真の中の二人はカメラに気付いていない。二人で話している姿や、土井がヤスさんに金を渡している場面が写し出されていた。

 ムヨンが説明する。「鶴山康雄という男が気になって、興信所に調べさせた。奴と土井はグルだ」

「は?」

「鶴山には、複数の賭場で作った借金が二千万以上あるそうだ。奴は金に困り、副業として土井の仕事を手伝っていた。報酬を受け取る代わりに、土井がイカサマでカモにする客を鶴山が物色していたんだ。昔のギャンブル仲間に声を掛け回って、あの裏カジノに引き込んだ。つまり、こいつはおとり役だ」

「えっ」

「鶴山康雄は、店側の人間だったってことだ」

「うそだろ、そんな──」

 ヤスさんが、詐欺の囮役?

 それってつまり、ヤスさんが俺に語ったあの話は、噓だったってこと? 俺はまんまとヤスさんに騙され、裏カジノのカモにされたのか?

「ああ、俺の百万がぁ……」

 頭を抱える。なんて無駄な努力を。俺は後悔した。人助けなんて柄にもないことをしなけりゃよかった。悔しいし、腹が立つ。ヤスさんにも。騙されてしまった自分にも。

「……お前、いつから知ってた? ヤスさんがグルだって」

「お前が裏カジノに乗り込んだ日から」

「黙ってないで教えろよ!」

「たまには被害者の気持ちを味わうのもいいだろう」

 やられた。

 悪戯が成功して楽しげに笑うムヨンに、俺は何も言い返せなかった。

 ムヨンがにやにやしながら訊く。「騙される奴が悪いんだよな?」

「……時と場合による」

 俺はむすっとした顔で、ぼそりと答えた。固く信じてきた主義が、生まれて初めて揺らいだ瞬間だった。


【次回更新は、2019年8月11日(日)予定!】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る