フェイク・ゴールドラッシュ―8

「──ほら、約束の五百万」

 戸田が走り去っていったその数分後、真鍋邸に氷室がやってきた。金塊窃盗犯の外国人のフリをして戸田から騙し取った七百万のうち、俺は五百万を氷室に渡した。

「やるじゃないか、大金満」

 と、氷室が感心している。俺は「どうも」と鼻を鳴らした。

「どんな手を使ったんだ?」

「この前ニュースになってた金塊強奪事件を利用した」

 訊かれ、俺は今回の詐欺のカラクリを説明した。真鍋氏になりすまして取引を持ち掛けたことから、顔を隠して戸田に金塊を売り付けたことまで。

「人間の脳みそは、断片的な情報から勝手に想像力を働かせて、自分の都合のいいように物事を解釈してしまう癖があるんだ。資産家との取引のために、戸田は本物の金塊を求めていた。焦り、心理的に追い詰められていた。だから、状況を自分の都合のいいように解釈し、目の前に現れた怪しい男を金塊の窃盗犯だと思い込んでしまったんだよ」

 戸田は金に目がくらみ、自分の策で頭がいっぱいになった。周りが見えておらず、相手の策にまったく気付かないほど冷静さを欠いていた。だから、俺のカモにされてしまった。カタコトの外国人も、口ひげの資産家も、どちらも正体がこの俺であるとは、疑いもしなかっただろう。

「俺に本物の金塊を一本だけ用意させたのは、なぜだ?」氷室が尋ねた。「十五本全部、本物を用意してやってもよかったのに」

 嫌味な奴め。どんな仕事をしているのかは知らないが、この男、相当稼いでいるのだろう。

 俺は肩をすくめた。「全部を本物にする必要はない。どれだけ経費を抑えて金を巻き上げられるかは、詐欺師の腕の見せ所だからな」

「そういうものか?」

「今回の相手は金の専門家だった。だから、念のために保険をかけておいたんだ。万が一、俺が売りにきた金塊を、戸田が鑑定したときのことを考えて」

 結局、その必要はなかったわけだが。

「残りの二百万は、手数料としてもらってもいい?」

 という俺の交渉に、氷室は涼しい顔で答えた。「好きにしろ」

「やったぁ」

 俺が報酬を自分のバッグの中に詰め込んでいると、

「ほら、これもやる。報酬だ」

 と、氷室が金塊を手渡してきた。今回の詐欺のために彼らに用意させた、純金の延べ棒だ。

「俺は札束の方が好きだけどね」

 と言いながらも、素直に受け取っておくことにした。売れば金になる。受け取らない理由はない。

「さて、撤収だ」

 と、俺は手を叩いた。明日には真鍋夫妻がイタリアから帰ってくる。さっさとズラかるか。

 金塊と二百万が入ったバッグを担ぐと、どこからともなく犬の足音が聞こえてきた。レオンだ。この七日間、俺からえさと水をもらい、一緒に散歩したおかげで、すっかり懐いてしまっている。尻尾を振ってまとわりつくレオンの頭を、俺は「元気でな」と撫でてやった。

 それから、

「んじゃ」と、俺は氷室に背を向けた。「あんたにも、もう二度と会うことはないだろうけど」

 命令通り五百万は奪い返した。これで俺もお役御免だ。

 玄関へと向かう俺に、

「いや」と、氷室は声をかけた。「そのうち、また会うことになるだろう」

 意味深な予言に、つい足を止めてしまった。振り返ると、氷室はいつもの不敵な笑みを浮かべていた。

「お前は俺に会いたくなる」

「なにそれ」俺は眉をひそめた。「気持ちわる」

 会いたくなる? こんな危ないヤクザ野郎に? 絶対ありえないね。



 奴の予言の意味がわかったのは、その数日後のことだった。

 家具付きマンスリーマンションの一室で、俺はテレビをていた。福岡のローカル番組。最初のニュースは、あの金印事件の続報だった。どうやら窃盗犯が捕まったらしい。マスターの言う通り、やはり外国人窃盗団の仕業だったようで、福岡空港から持ち出そうとしたところを逮捕されたとのことだ。金印は無事に博物館に返され、明日からまた展示されるらしい。市民にとっては朗報だが、俺にとっては悲報だ。マリオに作らせた贋作も、これで用なしになってしまった。また溶かして別のものに再利用するしかない。

『続いてのニュースです』

 アナウンサーが原稿を読み上げる。

『偽の金塊を売り、複数の客から多額の現金を騙し取ったとして、男二人が逮捕されました。ひとりは貴金属店「㈱戸田貴金属」の店主・戸田隆、五十歳』

 あ、戸田あいつだ。捕まったのか。

 まあ、ペーパー商法はそう長くは続けられない。必ずどこかでほころびが生まれる。逮捕されるのも時間の問題だろうとは思ったけど、意外と早かったな。

『もうひとりは』と、アナウンサーが言葉を続ける。『田邉組若頭・氷室准也、四十二歳──』

「……ん?」

 俺はぴくりと反応し、テレビに視線を向けた。

 聞き覚えのある名前。

「氷室、准也?」

 はっと気付く。

 あの男の名前だ。

『二人は共謀して詐欺を働いたとして警察の取り調べを受けていますが、どちらも容疑を否認しているとのことで──』

 映像が切り替わった。手錠をかけられ、警察車両に乗せられる氷室の姿が映っている。

「え」

 俺は驚いた。

「えーっ!?」

 思わず叫んでしまった。

 もう一度、目を凝らしてテレビを観る。だが、同じことだった。画面に映し出されているのは、小太りで中年の男。

「誰だよ、これ……」

 ──こいつが氷室だって?

 俺が会った男とは、別人だ。

 まさか、同姓同名か? いや、そんなはずはない。同じ暴力団の中に、氷室准也なんて名前の人間が二人もいるとは、考えにくい。

 つまり、あの男は噓を吐いていたのか。氷室をかたって俺に接触してきたということなのか。

「……結局、あいつは誰だったんだ?」

 奴の言う通りだ。俺は今、無性に、あの男に会いたくなってしまった。

 会ってただしたいことが、山ほどある。



【次回更新は、2019年7月13日(土)予定!】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る