フェイク・ゴールドラッシュ―7
翌日、オレは複数の銀行口座から金をかき集め、金塊のレンタルに必要な七百万を用意した。
約束の時間──昼の十二時になっても、あの男は現れなかった。真鍋との約束は十三時。早くしないと遅れてしまう。取引に支障が出ては困るので、あまり相手を待たせるようなことはしたくないのだが。
焦り、
『目の前のホテルの裏にある駐車場に来い』
言われた通りにすると、そこにあの男が待っていた。今日も帽子とマスクで顔を隠していた。「悪い、遅くなった。渋滞で」
悠長に話している暇はない。真鍋との取引の時刻が迫っている。オレはすぐに本題に入った。「七百万あります。ご確認ください」
金の入ったバッグを渡すと、男は一束ずつ、手慣れた仕草で万札を数えていた。七百万きっちり入っていることを確認してから、「ほら」とキャリーバッグをオレに手渡す。
中身を開けると、金塊が入っていた。ちゃんと十四本ある。
「では、お借りします」
「絶対返せよ」
「もちろんです」オレは頷いた。「鑑定が済んだら、すぐにお返しします」
男と別れた。オレは急いでタクシーに乗り、真鍋の住所を告げた。時刻は十二時四十五分。このままでは遅刻だ。
タクシーは約束の時間を少し過ぎて目的地に到着した。写真で見た通り、真鍋の家は馬鹿みたいにデカかった。よほど金を持っているらしい。インターフォンを押すと、口ひげを生やした眼鏡の男と大型犬がオレを出迎えた。
「戸田貴金属です」と、頭を下げる。「遅くなりまして申し訳ありません。道が混んでいたもので」
「お気になさらず。三号線が渋滞してるみたいですね。鑑定業者からも少し遅れると連絡がありました」
どうぞ、と促され、オレは玄関で靴を脱いだ。
広いリビングに案内し、真鍋が告げる。「では、先に見せてもらえますか」
「はい」オレはキャリーバッグから商品を取り出し、ひとつずつテーブルの上に置いていった。十五本の金塊が並んでいる様は実に壮観だ。
真鍋がそのうちひとつを手にとった。じっくり見つめている。きっと気に入ってくれるだろうと思っていた。
ところが──次の瞬間、真鍋が目を丸くした。金塊に
「なんだこれは! 偽物じゃないか!」
と、鬼のような形相を浮かべ、声を荒らげた。
「えっ」
予想もしない真鍋の言葉に、オレは
偽物? いや、なにを言ってるんだ。
「いえ、これは正真正銘本物の純金で──」
「噓をつけ! これを見てみろ! メッキがはがれてるぞ!」と言って、真鍋が金塊のひとつをオレに押し付けてきた。
見れば、たしかに金色のメッキがはがれ、下の金属が覗いている。
「そ、そんな──」
信じられなかった。
オレは頭が真っ白になった。
「私を騙すつもりだったんだな!」
「い、いえ、そういうわけでは」
真鍋は激怒している。取り付く島もない。憤りで震えながら、「この取引はなかったことに」とオレに告げた。
「お待ちください、これはなにかの手違いで──」
弁解しようとしたが、聞いてはもらえなかった。
「警察を呼ばれたくなければ、今すぐ帰れ!」
警察。
それは困る。ここはもう引くしかない。慌てて金塊をキャリーバッグに詰め込むと、オレは真鍋邸から逃げるように走り去った。
しばらく走ったところで立ち止まり、オレはバッグを開けた。中身の金塊に傷をつけ、ひとつひとつ確認する。
そして、オレは
バッグの中の金塊は、どれも偽物だった。金メッキに包まれたただのタングステンだ。
「どうなってるんだ、これは……」
オレは頭を抱え、髪の毛を搔きむしった。
もしかして、知らない間に偽物にすり替わっていたのか? オレがどこかで目を離した
……いや、待てよ。
今この場にある十四本の金塊を調べ終え、オレは最後の一本を手に取った。この一本だけはメッキではなかった。本物の金塊だ。ということは、これは
つまり、中身はすり替えられてはいない。あのアジア系の外国人がオレに寄こした十四本の金塊は、最初からすべて偽物だったというわけだ。
オレはすぐにあいつの電話番号に発信した。
『おかけになった電話は、現在使われておりません──』
……やられた。くそ。ちくしょう。
悔しさと怒りが込み上げ、オレは偽の金塊を思い切り地面に叩きつけた。
真鍋との取引は失敗。これではレンタル料七百万を無駄に支払っただけだ。大損じゃないか。
このままではいられない。なんとしても見つけなければ、あの男を。あの、アジア系の外国人の男を。我を忘れて、オレはがむしゃらに走り続けた。どこに向かって走っているのか、自分でもわからなかった。
【次回更新は、2019年7月12日(金)】
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