フェイク・ゴールドラッシュ―6

『──金塊を購入しようと考えているんですが』

 福岡市内在住の真鍋という男から、店に電話がかかってきた。どうやら、ネットの広告を見たらしい。

「お電話ありがとうございます」オレは愛想よく答え、名乗った。「店長の戸田隆と申します」

 客の話によると、父親が残した金がずっと銀行に眠っているとのことだ。このまま眠らせておくよりも金に投資した方が建設的だろうと考え、近場の貴金属店を探していたところ、インターネットでうちの店を見つけた、という次第らしい。

「ご希望の種類や数はお決まりですか?」

『できれば純金で、一キロのものを十五本ほど購入しようかと』

 ──十五本!

 思わず声を上げそうになるのをぐっと堪えた。

 最近の金価格は、グラムあたり五千円前後をいったりきたりしている。つまり、1キロ約五百万。十五本となれば、七千五百万の取引になる。

『ただし』と、客は付け加えた。『私はどうにも神経質な性格でして。購入する金塊を、すべてこちらで鑑定させていただきたいんです』

「え?」

 ……なんだって? 鑑定? 商品すべてを?

『それで、十五本すべてが本物の純金だと確認できたところで、お支払いしたいと思います』

 正直、それは困る。オレがもっている本物の純金は一本だけだ。

『構いませんよね?』

 ……くそ、いかにも疑い深くずる賢い金持ちの考えそうなことだ。

 だが、さすがに駄目だとは言えなかった。ここで嫌がる素振りを見せれば相手に怪しまれてしまうだろう。せっかく七千五百万という大金を得るチャンスが舞い込んできたのだ。逃すわけにはいかない。

「え、ええ、もちろんです」オレは渋々承諾した。「商品のご用意ができましたら、おうかがいいたしますので」

 いくつか言葉を交わし、オレは電話を切った。

 客の名前は真鍋俊哉。資産家だと話していたが、相当な遺産を持っているようだ。聞き出した連絡先と住所を検索してみたが、一億を軽く超えそうな豪邸がヒットした。たかだか七千五百万くらい簡単に支払ってくれそうなカモだった。

 ただ、問題は、商品の現物が存在しないことだ。オレの商売はを売っている。商品ではなく。

 さて、困った。どうしたものか。

 持っている本物の金塊は一本のみ。残り十四本をどうにかして用意しなければ、せっかくのおいしい取引が流れてしまう。

 だが、の店から十四本の金塊を購入しようにも、今のオレにはそれだけの元手はない。

 ふと、そうだ、と思いつく。

「……奪うか?」

 そういえば先週、福岡で金塊強奪事件が起こっていた。純金二十本が奪われたとニュースになっていた。

 オレもやってみるか? 金塊の取引情報を入手し、待ち伏せして襲うか?

「……いや、上手うまくいくはずがない」

 オレはすぐに思い直した。強盗は専門外だ。上手くやれる自信がない。どうすればいいのか、頭を悩ませ続けるしかなかった。



 ──そして、何の金策も浮かばないまま、五日が過ぎた。

 そんなオレの元に、その日、一件の電話がかかってきた。

『金、売りたい』

 電話口で、男は不愛想にそう言った。

 戸田貴金属はただのヤクザのフロント企業で、実質は馬鹿な投資家を騙すための形だけの店に過ぎない。だが、インターネット上に『金銀プラチナ高価買取』という広告を出しているため、たまに普通の客から電話がかかってくることがある。その際は基本的に相手にしないか、安くたたくことにしている。

 買取希望の客には、自宅を訪問することがほとんどだ。ところが、今回の客はそれを拒否した。仕方なく、オレは契約しているバーチャルオフィスが所有する貸し応接室を予約し、そこで客と会うことにした。まさか、その電話の主がオレの救世主になるとは、そのときは思いもしなかったが。

 約束の時間からやや遅れて、客がやってきた。『サトウ』と名乗っていたが、間違いなく偽名だろう。見るからに怪しい男だった。帽子を深くかぶり、サングラスとマスクをしている。顔はほとんどわからない。

「金、売りたい」

 少しカタコトだった。肌の色からしてアジア系のようだが。中国人か、韓国人か。

 男はキャリーバッグを持っていた。こっそり開けて中から品物を取り出そうとしている。その中身を盗み見たオレは、思わず叫びそうになった。

 ──金塊だ。

 そいつのバッグの中には金塊が入っていた。それも、大量の。ざっと数えて二十本はありそうだ。

 ……二十本?

 ふと、記憶がよみがえる。そういえば、先日の強奪事件で盗まれた金塊も二十本だった。しかも、犯人はカタコトの日本語を話す外国人だと報じられていた。

 オレはすぐにぴんときた。

 こいつだ。こいつがあの事件の犯人なのだ。

「コレ、いくらで買うか」

 男が一本の金塊を取り出し、テーブルの上に置いた。足がつかないようにするためか、金塊の刻印はれいに消されていた。

 どうやら男は、この一本だけをうちの店に売るつもりらしい。一度に大量の金塊を売れば怪しまれかねない。目を付けられないよう買取先を分散させているのだろう。だが、この男が強奪犯だということは、オレにはとっくにバレている。

 すぐに、頭の中にある考えがひらめいた。

 ──この男、利用できるかもしれない。

 オレは金塊を手にとり、核心をつく質問をした。「これ、盗品でしょう? この前の事件の」

 すると、男が一瞬、硬直した。

「言いがかりやめろ」と、すこしいらった声で言う。「買うつもりないなら、他に売る」

 機嫌を損ねたようすで金塊をキャリーバッグの中にしまい込み、その場を立ち去ろうとする。

「お待ちください」と、オレは男を呼び止めた。「安心してください。警察には黙っておきます」

 男は動きを止め、無言でオレを見た。

「その代わり、頼みがあります」

「なんだ」

「あなたがもっている二十本の金塊のうち十四本を、私に一日だけ貸してほしいんです」

 我ながら名案だ。

 わざわざ自分で用意しなくても、他人の金塊を借り、客に鑑定させればいいことじゃないか。

 ところが、

「嫌だ」男は突っぱねた。「持ち逃げするつもりだろ」

「持ち逃げなんてしませんよ。逮捕されたくないですから」

 オレは懸命に説得を続けた。

「もちろん、レンタル料は払います。一本十万でどうでしょうか」

「十万?」男が鼻で笑う。「純金だぞ。たった十万で貸せるか」

「では、十五万で」

「嫌だね」

「二十万」

「五十万だ」男が値を釣り上げた。「ただし、そのうち二十五万は保険。あんたがちゃんと金塊返せば、俺も半額返す」

 なるほど、そうきたか。オレは心の中で唸った。

 金塊のレンタル料は十四本で三百五十万円。無事鑑定が済み、客が十五本の金塊を購入する契約を結べば、オレには七千五百万が手に入る。終わってみれば七千百五十万の黒字だ。悪くない話だろう。

「いいでしょう」オレは承諾した。「明日の十二時に、はかえきちくぐちで。現金を用意して待ってます」

「ああ、わかった」

 契約成立だ。

 男は大量の金塊を入れたキャリーバッグを引きずりながら帰っていった。その姿を見つめながら、つい顔がにやけてしまう。

 うまくいった。最高の展開だ。

 さて、さっそくビジネスの話を進めなければ。オレは例の資産家の家に電話をかけた。「真鍋様、商品のご用意ができました」

 真鍋は喜んでいた。『では、明日の十三時に、うちまで持ってきてください。鑑定業者を手配しておきますので』




【次回更新は、2019年7月7日(日)予定!】

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