フェイク・ゴールドラッシュ―5

 人がきんかれるのは、なのだろうか。

 首を捻ってしまう。俺はカネは大好きだが、きんには興味ない。金ピカに輝く延べ棒よりもふくざわきちが印刷された紙切れを傍に置いておきたい。金のネックレスも、金の時計も、金の差し歯もいらない。大事なカネを犠牲にしてまで、自分を金色に着飾ろうとは思わない。

 だが、きんの不変の価値を信じ、金塊に投資する人間は少なくない。

 ただの金属がどうしてここまで人々を魅了するのか。ゴールドという言葉は「輝く」を意味するサンスクリット語が語源だそうだが、その輝きこそが人間の目には魅力的に映るのかもしれない。大昔から、金は人を狂わせ、様々なトラブルを引き起こしてきた。今なお偽の金塊を買う愚か者が後を絶たないのも、世の摂理なのだろう。

 俺は中央区にある一軒家を訪れた。三階建ての馬鹿みたいにデカい豪邸だ。表札には『なべ』の文字。ドアを開けて玄関に足を踏み入れると、フローリングと爪がぶつかるカチャカチャという音が聞こえてきた。

「ワン!」

 とえ、賢そうなゴールデンレトリーバーが俺を出迎えた。はげしく尻尾を振りながら、俺の周囲をうろうろしている。

「よーしよし、いい子だ」

 犬をでながら、俺は靴を脱いで家に上がり込んだ。

「えっと、リビングは、右か……」

 図面を見ながら進んでいく。6LLDDKKという、一般人にはみのない間取り。トイレは四か所にあるらしい。インテリアや家具も高級そうで、いかにも資産家の家といった感じがする。

 ゲストルーム、風呂場、トイレ──部屋をひとつひとつ確認していく。二階、三階。すべてのフロア。庭や駐車場も忘れずに。

 家の中をだいたい把握し終えた俺は、続いて二階にあるウォークインクローゼットを物色した。たくさんの洋服が並んでいる。その中から、ブランド物のシャツとスラックスを拝借し、着替えた。

 次は洗面所へ。鏡と睨み合い、下ろしていた前髪を整髪料で整えた。さらに用意していた伊達眼鏡をかけ、口ひげをつける。

「うん、いいね」鏡に映る自分の顔に満足しながら頷く。「五歳は老けて見える」

 つけひげを剝がそうとした、そのときだった。インターフォンが鳴った。

「おっ、来たか」

 俺はすぐに一階に降り、客人を出迎えた。

「ようこそ」

 ドアを開けると、氷室とノブが立っていた。二人はきょとんとした顔で俺を見ている。

「……なんだ、その姿は」

「似合うだろ?」俺は二人を笑顔で招き入れた。「どうぞ、上がって」

 広々としたゲストルームへと案内する。氷室が辺りを見渡しながら尋ねた。「まさか、お前の家じゃないよな?」

「もちろん違う」

 俺は安いマンスリーマンション暮らしだ。こんな豪邸を買うほどの財力はないし、詐欺師という仕事柄、ずっと一か所に留まることもできない。

「この家は、なべとしさんのだ」

「誰だ」

「資産家。先週から夫婦でイタリア旅行に行ってる」

 すると、あきれた顔で氷室が言う。「詐欺師は空き巣もやるのか」

「そうじゃない」俺は首を振った。「真鍋さんは、俺の雇い主」

「雇い主?」

「そう。レオン、おいで」

 口笛を吹いて声をかけると、どこからともなく大型犬が姿を現した。

「真鍋夫妻の愛犬、レオンだ。かわいいだろ」手入れの行き届いた毛並みを撫でながら、氷室に紹介する。「真鍋氏は旅行中にレオンの世話をしてくれるペットシッターを探していた。俺はそれに採用されて、一週間この家の鍵を預かることになった」

 といっても、別にペットシッターに転職したかったわけじゃない。俺の目当てはこの豪邸だ。

「つまり、二人が帰国するまでの一週間の間、この家は使い放題ってこと」

 氷室はげんそうだ。「何のために、こんなことを」

「まあ座れよ」と、俺は我が家のように促した。ワイングラスを差し出す。「あんたも飲む? 地下のワインセラーから拝借してきた」

 氷室は本革の大きなソファに腰かけながら首を振った。「いや、いい」

 俺も向かい側に座る。さっそく本題に入った。「それで、頼んだものは?」

 氷室たちがここへ来たのは、俺にあるものを渡すためだ。

「ノブ」

 氷室が声をかけると、忠実な部下が「はい」と短く返事した。抱えていたキャリーバッグから中身を取り出し、テーブルの上に並べていく。

「言われた通り、本物一本とメッキ十九本を用意した。これでいいか?」

 純金の金塊一本と、偽物の金塊十九本。刻印は入っていない。俺の注文通りだ。確認してから、俺は「完璧」と一笑した。

 これで準備は整った。

「よし、さっそく始めるか」

 俺は真鍋家の固定電話の子機を使い、電話をかけた。発信先は戸田貴金属。番号はネットの広告に載っている。

『はい、戸田貴金属です』

 電話が繫がり、男の声がした。こいつが戸田隆か。

 俺は少し低めの声をつくり、言葉を返した。「ああ、どうも。真鍋と申します。実は、金塊を購入しようと考えているんですが──」




【次回更新は、2019年7月6日(土)予定!】

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