フェイク・ゴールドラッシュ―5
人が
首を捻ってしまう。俺は
だが、
ただの金属がどうしてここまで人々を魅了するのか。ゴールドという言葉は「輝く」を意味するサンスクリット語が語源だそうだが、その輝きこそが人間の目には魅力的に映るのかもしれない。大昔から、金は人を狂わせ、様々なトラブルを引き起こしてきた。今なお偽の金塊を買う愚か者が後を絶たないのも、世の摂理なのだろう。
俺は中央区にある一軒家を訪れた。三階建ての馬鹿みたいにデカい豪邸だ。表札には『
「ワン!」
と
「よーしよし、いい子だ」
犬を
「えっと、リビングは、右か……」
図面を見ながら進んでいく。6LLDDKKという、一般人には
ゲストルーム、風呂場、トイレ──部屋をひとつひとつ確認していく。二階、三階。すべてのフロア。庭や駐車場も忘れずに。
家の中をだいたい把握し終えた俺は、続いて二階にあるウォークインクローゼットを物色した。たくさんの洋服が並んでいる。その中から、ブランド物のシャツとスラックスを拝借し、着替えた。
次は洗面所へ。鏡と睨み合い、下ろしていた前髪を整髪料で整えた。さらに用意していた伊達眼鏡をかけ、口ひげをつける。
「うん、いいね」鏡に映る自分の顔に満足しながら頷く。「五歳は老けて見える」
つけ
「おっ、来たか」
俺はすぐに一階に降り、客人を出迎えた。
「ようこそ」
ドアを開けると、氷室とノブが立っていた。二人はきょとんとした顔で俺を見ている。
「……なんだ、その姿は」
「似合うだろ?」俺は二人を笑顔で招き入れた。「どうぞ、上がって」
広々としたゲストルームへと案内する。氷室が辺りを見渡しながら尋ねた。「まさか、お前の家じゃないよな?」
「もちろん違う」
俺は安いマンスリーマンション暮らしだ。こんな豪邸を買うほどの財力はないし、詐欺師という仕事柄、ずっと一か所に留まることもできない。
「この家は、
「誰だ」
「資産家。先週から夫婦でイタリア旅行に行ってる」
すると、
「そうじゃない」俺は首を振った。「真鍋さんは、俺の雇い主」
「雇い主?」
「そう。レオン、おいで」
口笛を吹いて声をかけると、どこからともなく大型犬が姿を現した。
「真鍋夫妻の愛犬、レオンだ。かわいいだろ」手入れの行き届いた毛並みを撫でながら、氷室に紹介する。「真鍋氏は旅行中にレオンの世話をしてくれるペットシッターを探していた。俺はそれに採用されて、一週間この家の鍵を預かることになった」
といっても、別にペットシッターに転職したかったわけじゃない。俺の目当てはこの豪邸だ。
「つまり、二人が帰国するまでの一週間の間、この家は使い放題ってこと」
氷室は
「まあ座れよ」と、俺は我が家のように促した。ワイングラスを差し出す。「あんたも飲む? 地下のワインセラーから拝借してきた」
氷室は本革の大きなソファに腰かけながら首を振った。「いや、いい」
俺も向かい側に座る。さっそく本題に入った。「それで、頼んだものは?」
氷室たちがここへ来たのは、俺にあるものを渡すためだ。
「ノブ」
氷室が声をかけると、忠実な部下が「はい」と短く返事した。抱えていたキャリーバッグから中身を取り出し、テーブルの上に並べていく。
「言われた通り、本物一本とメッキ十九本を用意した。これでいいか?」
純金の金塊一本と、偽物の金塊十九本。刻印は入っていない。俺の注文通りだ。確認してから、俺は「完璧」と一笑した。
これで準備は整った。
「よし、さっそく始めるか」
俺は真鍋家の固定電話の子機を使い、電話をかけた。発信先は戸田貴金属。番号はネットの広告に載っている。
『はい、戸田貴金属です』
電話が繫がり、男の声がした。こいつが戸田隆か。
俺は少し低めの声をつくり、言葉を返した。「ああ、どうも。真鍋と申します。実は、金塊を購入しようと考えているんですが──」
【次回更新は、2019年7月6日(土)予定!】
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