フェイク・ゴールドラッシュ―4
職業柄恨まれることは多いが、詐欺師は基本的に暴力沙汰とは無縁だ。いきなり田邉組のヤクザの男に拉致されるという緊急事態に、俺は生きた心地がしなかった。
まさか、贋作を売りつけた相手にヤクザの知り合いがいたなんて。
おいおい、まじかよ、と記憶をたどる。俺の調べでは、偽のゴッホを七千万で買ったあの
だが、過ぎたことはしょうがない。幸いなことに、俺は五体満足で解放された。大事な部分も無事だ。
もちろん、タダで助けてもらえるわけではない。縄を解いた後、氷室は俺を車に乗せ、条件を提示してきた。
「お前に、騙してほしい奴がいる」
命令に従うか、断って去勢されるかの二択か。選ぶまでもない話だった。
黒塗りの高級車は、あのスキンヘッドの男が運転している。俺は後部座席に座らされていて、その横では氷室が長い脚を組んでいた。窓からは
「騙してほしい奴?」俺は眉間に皺を寄せ、隣の男に尋ねた。「誰よ?」
「
「戸田貴金属? 聞いたことないなぁ」
「会社の所在地は福岡市の
「ヤクザのフロント企業ってこと?」
「まあ、そんなところだな」
なんだか、きな臭い話になってきた。
「最大の問題は、連中が売っている物だ」
と言って、氷室がなにかを俺に渡してきた。
金塊だ。
刻印もしっかり刻まれている。戸田金属らしき商標で、重量表示は1000g、品質表示は『999.9』──純金だった。
一見、問題のない普通の
「……メッキか」
「そういうことだ」氷室が頷く。「戸田貴金属が売りさばいている金塊は、どれも金張りをした
「だけど、手に持った感触は純金に近いな」
「タングステンを使用しているそうだ」
「なるほど」
鉄や銅に金をコーティングして偽の金塊を作ったとしても、その重さですぐにバレてしまう。しかし、タングステンという金属は鉄の約2.5倍──金とほぼ同じ重さだ。手に持っただけでは偽物かどうかは判別できない。
「戸田は一本だけ本物の金塊を所有している。鑑定用として貸し出すときのみ、その本物を客に渡しているんだ」
だんだん話が見えてきた。「それで、本物だと信じた客が金塊を購入するが、ふたを開けてみれば売りつけられた物はただの金属の塊、っていうカラクリか」
「ああ」氷室は前を向いたまま頷いた。「戸田貴金属はさらに、客が買った金塊を自社が管理している金庫で保管する契約を交わす。万が一盗難に遭った際は全額保証する、との条件をつけてな。当然、そんな金庫は存在しない」
金塊には常に盗難のリスクがつきまとうため、他の投資に比べて保管コストがかかってしまう。コストを抑えることができるとなれば、客は喜んでその契約を交わすだろう。
つまりこれは、立派な詐欺だ。
「ほとんどペーパー商法だなぁ」戸田の手口に、俺は
現物のないものを売りつける、
「この金塊は、以前、熊本にいる俺の知人が戸田から購入したものだ」氷室が偽金塊に視線を向ける。「騙されたことに気付いたときには、戸田はすでに行方をくらましていた。奴はその後、ここ福岡で再び同じような商売を始めたようだ。知人は戸田から金を取り返したいと、俺に頼み込んできた」
「あんたの知り合い、騙されやすいヤツ多くね? 大丈夫?」
俺の言葉を無視し、氷室が命じる。「知人が戸田に払った額は五百万円。お前には、戸田を騙し、その五百万を奪い返してもらう」
なるほど、事情は理解した。「そういうことね」
だが、詐欺をしろと言われて簡単にできるものではない。いろいろと準備があるのだ。
「詐欺には元手が必要なんだけど」俺は訊いた。「予算は?」
「金に糸目はつけない。好きな額を言え。必要なものがあれば用意させる」
「太っ腹だな」
騙された奴のためにそこまでするとは。友人思いなヤクザだ。
金塊──今まで扱ったことのないネタだった。まずは情報収集から。さっそく俺はスマートフォンを取り出し、操作した。『金塊 福岡』で検索すると、出てくる出てくる、金塊密輸、窃盗、買い付け資金の強奪──福岡で発生した金塊にまつわる事件の情報が大量に表示された。つい先週も、貴金属業者が運んでいた金塊二十本が男に奪われる、という事件が発生したばかりで、話題になっていた。その犯人はカタコトの日本語を
どうやらここ福岡は昨今、金塊取引の拠点となっているようだ。韓国や
ブームが起これば、詐欺も起こる。金塊にまつわる事件が増えている今こそ、金塊を扱う詐欺を働くのにはもってこいの時期だろう。
車が止まる。いつの間にか中洲に着いていた。ノブが運転席を降り、俺の横のドアを開けた。
「どうだ、やれるか」氷室が横目で俺を見た。挑発的な表情だ。「大金満」
この男の高圧的な態度は気に入らないが、やるしかなかった。自分の命がかかっている。
だが、それ以上に、こいつに俺の実力を見せつけてやりたい気分だった。奴の安い挑発に、俺は乗ることにした。
「当然。その程度のことができなかったら、この業界じゃ食っていけない」と答え、車を降りる。「ただ、ひとつ用意してほしいものがある」
「いいだろう。後で連絡しろ」
「わかった」
ドアが閉まり、氷室を乗せた高級車が発進する。それを見届け、俺は中洲の
妙に胸がざわついている。なんとなく、これから俺の詐欺師人生に何かが起こってしまうような、そんな気がしていた。心の底で
【次回更新は、2019年7月5日(金)予定!】
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