色男、金も力もありけり―5

 グアムでのおうが必要か必要じゃないかと言えば、必要じゃない。ただ、「武藤賢吾がベタれであると七隈ゆかりに思い込ませる」という点では、悪い手ではないとは思う。だからって海外に連れていく必要はない。沖縄でもいいし、別に湯布院とか別府で温泉を楽しんだっていい。あの金持ちのボンボンは、いつもやり過ぎなのだ。財力を見せつけるのもいい加減にしてほしい。

 そんなことはさておき、俺は最後の仕上げに入った。

「──あいつ、ナナちゃんのこと、すごく気に入ってたよ。グアム旅行が楽しかったって自慢された。首尾は上々だな」

 その夜、ナナが働くクラブを訪れた俺は、彼女を指名して二人きりになり、偽の打ち合わせをはじめた。

「武藤をあそこまで惚れさせるなんて、さすがの腕だなぁ」

 という俺のお世辞に、「はは、どうも」とナナは乾いた笑いをこぼしている。

「──そういえば」と、俺はさっそく本題に入った。「ナナちゃんって、借金あるんだよね?」

「ええ」水割りをつくりながら、ナナが頷く。「ざっと、残り一千万ほど」

「どこから借りてんの?」

たけしたローンっていう闇金です。毎月、月末が返済日で」

「そりゃ大変だねえ」

「ええ、まあ……」

 ナナの話によると、今月の返済日は三十日。毎月決まった額ではなく、払えるだけの金を問答無用で持っていかれるらしい。きまって竹下ローンのはらという男が、夜になると自宅まで集金に来るそうだ。

 今日は二十八日。集金日はもうすぐだった。

「ナナちゃん、今月はいくら用意してるの?」

「三百万くらいでしょうか……」

 そのうち二百五十万は、依頼人の竹岡から騙し取ったものだろう。「早く武藤からむしり取ってやろうぜ」と、俺はナナの肩を叩いた。残念ながら、むしり取られるのは彼女の方なのだが。

「いいか、よく聞いてくれ。とっておきの策がある」俺は偽の計画を説明した。「まず、あんたは武藤を自分の部屋に招待するんだ」

 ナナは顔をしかめていた。「えっ、あんなボロアパートに?」

「いやいや、ボロいからいいんだよ。貧乏感が出てた方が、説得力があるからな。部屋に来た武藤に、千五百万の借金があることを打ち明けるんだ。親の借金の保証人になってしまったって言えばいい。武藤はきっと同情する。あんたのためになんとかしてやりたいと思うだろう」

 俺はさらに話を続ける。

「そのタイミングで、俺が用意した偽の借金取りがあんたの部屋に来る。『金は用意できたか』と怒鳴り散らすんだ。千五百万円の取り立てだが、あんたはあいにく三百万しか持っていない。借金取りはキレて、あんたに暴力を振るおうとする。もちろん芝居だ。泣きながら謝るあんたの姿を見せつけられた武藤は、きっと残りの千二百万を肩代わりしてくれるはずだ。借金取り役の男は千五百万を持って部屋から立ち去る。それから、俺がその金を受け取る。あとで俺はあんたに全額を渡し、報酬として約束の四割をもらう。武藤から巻き上げた千二百万のうち、あんたの取り分は七百二十万。これで一千万の借金も無事完済だ。──な? 悪くない話だろ?」

 もちろん、俺の狙いは武藤という実業家の千二百万ではない。ナナが持つ三百万だ。借金取り役はノブにやらせ、そのまま金を持ち逃げすれば、俺の仕事は無事完了だ。

 そうとは知らないナナにとってみれば、これは夢のような話だろう。今回の詐欺で借金を完済できるのだから。俺は相手が二つ返事で了承するとばかり思っていた。

 ところが、なぜか、ナナは頷かなかった。

「……できません」

「え?」

 俺は顔をしかめ、彼女を覗き込んだ。

「なんで? あ、もしかして俺が金を持ち逃げすると思ってる? それなら、一緒に千五百万を持って部屋を出ることにしよっか──」

「違うんです」

 ナナはうつむき、声を絞り出した。

「実は、本気で好きになってしまったんです、武藤さんのこと。……だから、あの人を騙すことはできません」

「……はあぁ!?」

 今日はもう帰ってください、とナナが席を立った。その拍子に、彼女のハンドバッグからスマートフォンが滑り落ちた。落としたことに気付かず、ナナはそのままバックヤードへと引っ込んでいく。

 俺はそのスマートフォンを拾った。ボタンを押すと、待ち受け画像にしている写真がぱっと現れた。フェラーリを運転するムヨンの横顔が、ロック画面いっぱいに表示されている。

 暗証番号は四桁の数字。試しに『1110』と入力してみると、スマートフォンのロックはいとも簡単に解除されてしまった。

 俺は左手で顔を覆った。「……マジかよ」



「──おいコラ、このバカボンボン!」

 予想外の展開だ。

 俺はイライラしながらムヨンのオフィスへと乗り込んだ。ソファでくつろいでいる男の胸倉を摑み、激しく揺さぶった。「お前、このっ、いらんことしやがって!」

「なにを怒っているんだ?」ムヨンはきょとんとしている。「俺はお前に言われた通りにしたぞ?」

「本気になるなとは言ったけど、本気にさせろとは言ってない!」

 おかげで俺の計画は台無しだ。

「ナナが降りるって言い出した。お前のことが好きだから、騙すことはできないってよ」

「そうか」ムヨンは涼しい顔をしていた。顎をさすりながら言う。「囮役が魅力的過ぎたな」

「自分で言うな」

「金を持っている上に顔がいいとなると、女が惚れないわけがない」

「正論だけど黙れ」

 俺は深いため息をついた。ひやくせんれんの恋愛詐欺師なら心配ないだろうと思っていたが、七隈ゆかりもただの女だったか。買いかぶりすぎていたようだ。

「スマホの待ち受けはお前の写真だったし、暗証番号はお前の誕生日だった」

「十一月十日で1110か。意外と可愛げのある女だな」

 ナナはムヨンにベタ惚れだ。カモに本気になるなんて、同じ詐欺師として情けない気もするが、ムヨンの容赦ないセレブ責めの前では気持ちが揺らいでも致し方ない。同情の余地はあった。

 俺は頭を抱え、唸った。「ああ、もう、グアムなんか連れてくから……」

 失敗した。囮役はノブに頼むべきだったか。

 だが、今更後悔しても遅い。

「もういい、プランBに変更だ」俺はムヨンを睨み、指差した。「お前はグアムでもサイパンでも好きなところに行ってろ。あとは俺がやる」

 ナナの返済日は明日に迫っている。仕掛けるならこの日しかない。

 一か八か、ここは賭けに出てみるか。


【次回更新は、2019年8月24日(土)予定!】

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