色男、金も力もありけり―4
吉田という興信所の調査員に紹介された男は、噂通りの金持ちのようだった。お気に入りのワンピースを着て待っていた私を、シルバーのBMWで迎えにきた。見るからにいいカモだ。
高そうなスーツにボルドーのコートを羽織ったその男は「
どんな不細工のオッサンが来るのだろうかと私は身構えていたが、嬉しい誤算だった。武藤は若いし、なにより顔がいい。この見た目でフリーだなんて信じられない。ほっといてもすぐに女ができるだろうに。
オブラートに包んでそのことを指摘すると、武藤は「仕事ばかりしていて、女性との出会いがないんです」と苦笑した。
「ゆかりさんは、何のお仕事を?」
と訊かれ、私はいつものように自分を偽った。「デザイナーをしています。主にアクセサリー関係の」
「それはすごい」武藤が微笑む。「男物も作っているんですか?」
「ええ、たまに。女性用が多いですが」
「ぜひ、僕にも作ってもらいたいです」
社交辞令を笑顔で受け流しながらも、私は内心、複雑な思いを抱えていた。
まず、相手が金持ちであることには安心した。金のない人間からむしり
だけど、逆に不安もあった。
これまで私がカモにしてきたのは、金は持っているがモテない不細工ばかり。こんな男前、騙したことがない。どう見てもモテそうな男なので、女の甘い言葉に浮かれるようなタイプではないだろう。私が言い寄ったくらいで、簡単に金を払ってくれるとは思えなかった。
その不安は、一緒に過ごすうちにどんどん膨らんでいく。私を連れて、武藤は自分の店へとやってきた。従業員が皆、武藤の顔を見るや否や、動きを止めて深々とお辞儀をしていた。
……うわぁ、マジモンの金持ちだ。
私はちょっと引いた。つい「本当にオーナーなんですね」と意味不明な言葉を口走ってしまった。
中洲にあるイタリアンレストラン『elegante』は、その名の通り良い店だった。料理も美味しいし、店員の接客態度も素晴らしい(私がオーナーの連れだからかもしれないけど)。席もほぼ満席だった。夜景の見えるテラス席も、すごく雰囲気がよかった。
食事をするうちに、次第に会話も弾みはじめた。武藤はこのお店を全国に出店することが目標らしい。話をしていて、頭のいい男だという印象が感じ取れる。その目標もすぐに達成できるだろうなと思った。
夕食をごちそうしてもらってから、私たちは再び車に乗り込んだ。わざわざ家の前まで送ってくれるという。私は自宅の近くにある別のマンションの住所を告げた。自分の家があんな安アパートだとは、なんとなく知られたくなかった。
「送ってくださって、ありがとうございます」私はマンションの前で頭を下げた。
「いえ」武藤が笑顔で告げる。「また、連絡しますね」
「ええ、ぜひ」と、私も笑って頷いた。
「では、おやすみなさい」
立ち去るBMWを見送ってから、私は踵を返した。
武藤とは、住む世界がまるで違う。彼が王子様だとすると、私はお姫様なんかじゃない。さしずめ借金まみれの悪い魔女だ。
これまでのカモとはモノが違う。私にやれるだろうか。あの男を騙すことができるだろうか。不安が燻った。だが、今更あとには引けない。やらなければ、私は刑務所行きだ。
絶対に、あの男を落としてみせる。私は自分自身を奮い立たせた。
それから一か月後、俺はムヨンのオフィスを訪れた。
ムヨンはいつものようにデスクで仕事をしていた。しばらく見ない間に、肌が焼けたようだ。わずかに褐色がかっている。
「ゴルフ焼けか? 投資家も案外暇なんだな」
と嫌味を言う俺に、ムヨンがいつもの高飛車な態度で返す。「今日はどうした? また金を借りに来たのか?」
「違うって」
今日ここに来たのは、
「そろそろ頃合いだと思ってさ」これだけ長い時間仕込めば十分だろう。「どう? ナナちゃんとは仲良くなれた?」
「ああ、もちろんだ。ほら、見てみろ」
と言って、ムヨンはスマートフォンを取り出した。その画面を得意げに俺に見せてくる。自撮り棒で撮影したムヨンとナナのツーショット写真だった。
背景には、白い砂浜と青いビーチ。
「なにこれ、どこ行ったの」
「グアムだ」
「はあ!?」
「仕事でグアムに行く予定があるから、向こうで会わないかと誘ったんだ。航空券とホテルのスイートを予約してやったら、喜んで飛んできたよ。丸一日、ビーチで一緒に楽しんだ」
仲睦まじい偽カップルの写真を見せつけられ、俺は開いた口が塞がらなかった。
【次回更新は、2019年8月23日(金)予定!】
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