色男、金も力もありけり―6
謎の男に三百万を騙し取られてしまった今の私に、闇金に払えるお金なんて一円もなかった。だからといって、彼らは「可哀想に、災難だったねえ」と同情してくれるような連中ではない。
その後、私は原に捕まり、闇金の事務所に軟禁されてしまった。
「──七隈ゆかりさんよぉ」
煙草の煙が充満するオフィスの真ん中で、ふんぞり返っているこの男──【竹下ローン】の社長・竹下
「原から聞いたよ? 今月、まったく返済できないんだって?」
「……はい、すみません」私は消え入りそうな声で返した。
「すみませんじゃすまねえんだよ、あぁ?」
ドスの利いた声で脅され、思わず「ひっ」と震え上がる。
「今までの取り立てが優しすぎたかなぁ? まだ一千万も残ってるんだから、しっかり働いてもらわないと、こっちだって困るんだよ」
竹下社長は私に顔を近付け、煙草の煙を吹きかけた。臭い。煙い。怖い。しみる。涙目になる私に、彼は容赦なく追い打ちをかけてくる。
「どうしても金がないって言うなら、いい仕事紹介してあげるよ? 俺の知り合いに、風俗店の店長がいるんだ。西中洲にある娘娘倶楽部って店なんだけど、最近ナンバーワンが辞めて困ってるらしい。ゆかりちゃんを紹介したら、喜んでくれるだろうなぁ。ゆかりちゃん、人気出ると思うよ。おっぱいも大きいし」
下品な顔で竹下が笑う。
……やばい。このままだと風俗に売り飛ばされる。どうしよう。
泣きそうになっていた、そのときだった。
事務所の扉が勢いよく開いた。その場にいた男たちが何事かと身構える中、長身の男が颯爽と現れる。
──武藤賢吾だった。
私はびっくりして目を見開いた。
……うそ、どうして、彼がここに?
「なんだ、お前は」
竹下社長が苛立った声で尋ねると、
「通りすがりの投資家です」
と、武藤さんは爽やかな笑顔で答えた。
そのまま遠慮なく事務所に立ち入る武藤さんに、「おい、てめぇ」と、部下のひとりが詰め寄った。彼の胸倉を摑んだとたん、武藤さんはすばやくその腕を摑み返し、ねじり上げた。確実に格闘技をかじっている人間の動きだった。いてて、と男が悲鳴をあげると、彼はパッと手を放してにっこりと笑った。
「すぐに済みますから」
彼は手に持っていたケースを社長のデスクに置いた。
それを開き、中身を社長に見せつける。「ここに一千万あります。彼女の借金、私が代わりに全額返済いたしましょう。それで文句はないですよね?」
社長や原さん、その場にいた全員が、
しばらくして、
「え、ええ、もちろん」
と、社長が口を開いた。
「今後、彼女に接触するようなことがあれば、こちらも出るところへ出るつもりですので」にっこりと笑って武藤さんが言った。誰もが彼に圧倒され、何も言い返せなかった。
しんと静まり返った事務所で、
「来い」
と、武藤さんが私の腕を摑み、強引に引っ張った。痛い痛い、腕がちぎれそう。そのままオフィスを出ていく。私たちを呼び止める者はいなかった。
事務所からしばらく進んだところで、私は彼に声をかけた。「……あ、あの、武藤さ──」
「俺は武藤じゃない。キム・ムヨンだ」
「は?」
またもや驚かされる。
……え? キム? なんだって? 武藤は本名じゃなかったの? どういうこと?
「ちなみに、レストランを経営する実業家というのも、噓だ」
ますます訳がわからなくなる。いったい何がどうなってるんだ。
「キ、キムさん」この人が何者なのかはわからないが、私はとりあえず礼を言っておいた。「助けてくれて、ありがとうございました」
すると、彼は挑発的な表情を浮かべた。
「どうだ、詐欺には懲りたか? こちらとしては、懲りてもらっては困るんだが」
「え」
彼の口から飛び出した「詐欺」という単語に、私は硬直した。え、うそ。どうしてそれを。
目を剝く私を
知らなかった。すべて仕組まれていたってこと? 彼を騙しているつもりでいた私は、最初から彼に騙されていたの?
だったら、なぜ。疑問が浮かぶ。「……どうして、借金を肩代わりしてくれたんですか」
「別にお前を助けてやったわけじゃない、投資したまでのことだ。お前の詐欺の腕にな。あの一千万で、俺はお前を買ったんだ」
彼は私に歩み寄った。整った顔が目の前に迫ってきて、私は思わずどきっとしてしまった。
「今日からお前は俺のものだ」
しっかり働けよ、と付け加え、彼は私に万札を手渡した。「タクシー拾って帰れ」と吐き捨てると、自分は運転手付きのベンツに乗ってさっさと帰ってしまった。
その場にひとり残され、呆然となる。自業自得とはいえ、私は愛する人にも騙されていたというわけか。いろんなショックに襲われ、私はその場に座り込んだ。
──キム・ムヨン。
あの優しくて穏やかな武藤賢吾の面影は一切残っていない、高飛車で偉そうな男だった。あれが彼の本当の姿なのだろう。
それでも、なぜか、魅力的だと感じてしまった。
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