フェイク・ゴールドラッシュ
フェイク・ゴールドラッシュ―1
──
殺人や強盗などの凶悪事件と違い、詐欺は知能犯罪だ。騙される奴さえいなければ、騙す奴もいなくなる。この世に騙される奴がいる限り、詐欺師が食いっぱぐれることはないだろう。
つまるところ、詐欺師を詐欺師たらしめているものは、他でもない間抜けなカモたちなのだ。
──というのは俺の持論で、もちろんそんな
この街での生活はまあまあ気に入っている。昨年の福岡における特殊詐欺の被害額は十億円を超えているらしい。地元のニュースでも高額被害の事件が度々報道されている。詐欺師にとって働きやすい街だといえるだろう。
福岡には他にもいいところがある。飯は
俺の行きつけの店も、その中洲にある。華やかな大通りから少し離れた場所に建つ古いビル。その二階でひっそりと営業している『スティング』という名前のバーは、こぢんまりとしていて雰囲気のある店だ。今はまだ『準備中』の札がかかっているが、俺は構わずドアを開けた。入って左手にはポーカー台とビリヤード台があり、客同士で賭け事を楽しんでいる姿をよく目にする。右手には背の高い丸テーブルとスツールのセットがいくつか配置されていて、その奥がカウンターになっている。もちろん、まだ営業時間外なので客はひとりもおらず、店内はがらんとしていた。
中に入った俺は、迷わずカウンター席に座った。
カウンターの中にはキャスケットをかぶった男がいる。
「またタダ酒飲みにきたのか、ミッチ」俺の顔を見て、マスターがからかうように言った。
詐欺師は自由業だ。収入はそのときによってピンキリで、一流プロ野球選手の年俸並みの額を
「まあまあ、そう言わずに」マスターの嫌味に、俺は穏やかな笑顔を返した。今の俺には金がある。だから心にも余裕がある。「今日はちゃんと払うって。先月のツケも一緒にね」
「ほう」マスターが目を丸くした。「お前がギャンブル以外のことで羽振りがいいなんて珍しいじゃないか。いくら稼いだんだ?」
俺は
「百五十」
と得意げに言い、カウンターの上に置いた。
「
もちろんそんな事業は存在しない。俺は数か月前、市内で開催された初心者向け投資セミナーで吉沢という名の飲食店経営者に接触し、水産会社の経営コンサルタントを装って?の投資話を持ちかけた。
「一口十万、月利3%で元本保証、先月は投資家特典として冷凍ウナギを贈ってやったら、すっかり信用してくれちゃってね」
初心者向けセミナーはカモの宝庫だ。投資に興味はあるけど詳しくはないです、自分は騙される可能性が高いです、と自ら公言しているようなもの。現に、その小金持ちのカモは半信半疑ながらも、俺の口車に乗り十万円を投資した。まずは失敗しても痛くない額から。お決まりの流れだ。
それから数か月間、投資額の3%が毎月ちゃんと返ってくることを確認したカモは、次第に俺の話を信用するようになった。
「──それで、お前を信用したカモは、さらに十五口を投資した、ってわけか」
「そういうこと」
マスターの顔を指差し、俺は
「最初は相手に得をさせておいて、信用させたその後で大きくむしり取る。詐欺の
カモが百五十万円を振り込んだところで、俺の仕事は終わり。俺との連絡が取れなくなって初めて、相手は騙されていたことを知るのだ。
「ほんっと間抜けだよなぁ、こんな典型的な手に引っかかるなんて」得意顔のままマスターに尋ねる。「──で? 俺のツケはいくらだっけ?」
「七口だ」
「……結構飲んだな」
先月の自分に対して
この調子では残りの金もあっという間になくなってしまいそうだ。休んでいる暇はない。ぼちぼち次のカモを物色しはじめた方がよさそうだな。
何かいいネタはないものか……。
ふと、俺はその一面に目を向けた。『金印』『盗まれる』の文字が目に飛び込んできて、興味をひかれる。
「金印って……あの金印?」
マスターが新聞紙から顔を上げ、俺を見た。「他にどの金印があるんだよ」
「かんのなのわのこくおう?」
「かんのわのなのこくおう」
「そうそう、それ」
俺は身を乗り出し、新聞に顔を寄せて記事を読んだ。昨夜未明、福岡市博物館に所蔵されている金印が何者かによって盗まれてしまった──と書かれている。これは大事件じゃないか。
「プロの仕業だろうなぁ」と、マスターは言う。この男はその筋にも詳しい。「最近、福岡で外国人窃盗団による被害が多発しているらしい。仏像やら彫刻やら絵画やら、
「その盗んだ品々はどうしてんの?」
「一部は海外で転売、残りは日本国内のコレクターに売りさばいてるらしい。反社会的な収集家なら、盗品だろうと喜んで買うからな」
つまり、今回の事件が外国人窃盗団の仕業だったとしたら、今頃あの金印は世界のどこかにいる国宝コレクターの手の中かもしれない、ということか。
「……ふーん」俺はにやりと笑った。「金印、ねえ」
──いいこと思いついちゃった。
そんな俺を見て、「またろくでもないこと考えてるな」とマスターは肩をすくめていた。
ろくでもないこととは心外だな。俺は
【次回更新は、2019年6月28日(金)予定!】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます