フェイク・ゴールドラッシュ

フェイク・ゴールドラッシュ―1

 ──だまされる奴が悪い。

 殺人や強盗などの凶悪事件と違い、詐欺は知能犯罪だ。騙される奴さえいなければ、騙す奴もいなくなる。この世に騙される奴がいる限り、詐欺師が食いっぱぐれることはないだろう。

 つまるところ、詐欺師を詐欺師たらしめているものは、他でもない間抜けなたちなのだ。

 ──というのは俺の持論で、もちろんそんなくつが社会において通用するはずもない。詐欺は違法だ。逮捕もされる。俺も過去に一度だけ、まだ東京で働いていた頃にとんだヘマをしてしまい、一年半の刑務所生活を送る破目になったことがあった。顔と名前が割れて仕事がしづらくなり、俺は出所後、東京を離れることにした。そして、あちこちの都市を渡り歩いているうちに、ここ福岡市にたどりついた、というわけだ。

 この街での生活はまあまあ気に入っている。昨年の福岡における特殊詐欺の被害額は十億円を超えているらしい。地元のニュースでも高額被害の事件が度々報道されている。詐欺師にとって働きやすい街だといえるだろう。

 福岡には他にもいいところがある。飯は美味うまいし、娯楽も充実している。競馬、競輪、競艇から裏カジノまでありとあらゆる賭け事が楽しめるし、歓楽街のなかではいい酒といい女が待っている。ギャンブルとアルコールに目がない俺にとっては天国のような場所だ。

 俺の行きつけの店も、その中洲にある。華やかな大通りから少し離れた場所に建つ古いビル。その二階でひっそりと営業している『スティング』という名前のバーは、こぢんまりとしていて雰囲気のある店だ。今はまだ『準備中』の札がかかっているが、俺は構わずドアを開けた。入って左手にはポーカー台とビリヤード台があり、客同士で賭け事を楽しんでいる姿をよく目にする。右手には背の高い丸テーブルとスツールのセットがいくつか配置されていて、その奥がカウンターになっている。もちろん、まだ営業時間外なので客はひとりもおらず、店内はがらんとしていた。

 中に入った俺は、迷わずカウンター席に座った。伊達だて眼鏡を外し、ネクタイを緩めて息を吐く。

 カウンターの中にはキャスケットをかぶった男がいる。としは五十後半くらい。彼がこの店のマスターで、実は元詐欺師だ。五年ほど前に足を洗い、詐欺で稼いだ金でこのバーを開いたそうだ。そういうわけで、この店は俺のようなやからのたまり場でもあった。

「またタダ酒飲みにきたのか、ミッチ」俺の顔を見て、マスターがからかうように言った。

 詐欺師は自由業だ。収入はそのときによってピンキリで、一流プロ野球選手の年俸並みの額をたたす月もあれば、アルミ缶を集めてるその辺のホームレスの方が稼いでるんじゃないかっていう月もある。最近の俺の収入は、どちらかといえばホームレス寄りだった。それでも大好きな酒を飲むことはやめなかったので、この店でのツケがたまりにたまっている、という状況だ。

「まあまあ、そう言わずに」マスターの嫌味に、俺は穏やかな笑顔を返した。今の俺には金がある。だから心にも余裕がある。「今日はちゃんと払うって。先月のツケも一緒にね」

「ほう」マスターが目を丸くした。「お前がギャンブル以外のことで羽振りがいいなんて珍しいじゃないか。いくら稼いだんだ?」

 俺はかばんの中から札束を取り出すと、

「百五十」

 と得意げに言い、カウンターの上に置いた。

やながわのウナギ養殖事業に投資させた」

 もちろんそんな事業は存在しない。俺は数か月前、市内で開催された初心者向け投資セミナーで吉沢という名の飲食店経営者に接触し、水産会社の経営コンサルタントを装って?の投資話を持ちかけた。

「一口十万、月利3%で元本保証、先月は投資家特典として冷凍ウナギを贈ってやったら、すっかり信用してくれちゃってね」

 初心者向けセミナーはカモの宝庫だ。投資に興味はあるけど詳しくはないです、自分は騙される可能性が高いです、と自ら公言しているようなもの。現に、その小金持ちのカモは半信半疑ながらも、俺の口車に乗り十万円を投資した。まずは失敗しても痛くない額から。お決まりの流れだ。

 それから数か月間、投資額の3%が毎月ちゃんと返ってくることを確認したカモは、次第に俺の話を信用するようになった。くうの社長からのお礼状とともに自宅に送り付けた投資者特典のウナギも、相手を信じ込ませるための小道具に過ぎない。投資先の養殖場でれたものではなく、実際は俺がスーパーで買った中国産ウナギだったのだが、カモは電話口で『最高に美味おいしかった』と絶賛していた。こいつが経営している飲食店には行くまいと思った。

「──それで、お前を信用したカモは、さらに十五口を投資した、ってわけか」

「そういうこと」

 マスターの顔を指差し、俺はうなずいた。さすがは元詐欺師、話が早い。

「最初は相手に得をさせておいて、信用させたその後で大きくむしり取る。詐欺のじようとう手段」

 カモが百五十万円を振り込んだところで、俺の仕事は終わり。俺との連絡が取れなくなって初めて、相手は騙されていたことを知るのだ。

「ほんっと間抜けだよなぁ、こんな典型的な手に引っかかるなんて」得意顔のままマスターに尋ねる。「──で? 俺のツケはいくらだっけ?」

「七口だ」

「……結構飲んだな」

 先月の自分に対してまゆをひそめながら、俺は札束を数え、七十万円をマスターに手渡した。ここ数か月かけて仕込んだ仕事の稼ぎが、一瞬で半分ほどになってしまった。

 この調子では残りの金もあっという間になくなってしまいそうだ。休んでいる暇はない。ぼちぼち次のカモを物色しはじめた方がよさそうだな。

 何かいいネタはないものか……。

 ?ほおづえをつき、ウイスキーのロックでのどうるおしながら思索する。開店時間まではまだ時間があるが、俺は常連のよしみで酒を出してもらえた。マスターはというと、老眼鏡をかけ、カウンターの中で新聞を読んでいる。

 ふと、俺はその一面に目を向けた。『金印』『盗まれる』の文字が目に飛び込んできて、興味をひかれる。

「金印って……あの金印?」

 マスターが新聞紙から顔を上げ、俺を見た。「他にどの金印があるんだよ」

「かんのなのわのこくおう?」

「かんのわのなのこくおう」

「そうそう、それ」

 俺は身を乗り出し、新聞に顔を寄せて記事を読んだ。昨夜未明、福岡市博物館に所蔵されている金印が何者かによって盗まれてしまった──と書かれている。これは大事件じゃないか。

「プロの仕業だろうなぁ」と、マスターは言う。この男はその筋にも詳しい。「最近、福岡で外国人窃盗団による被害が多発しているらしい。仏像やら彫刻やら絵画やら、こつとうひんから美術品まで見境なく盗まれる被害が相次いでる」

「その盗んだ品々はどうしてんの?」

「一部は海外で転売、残りは日本国内のコレクターに売りさばいてるらしい。反社会的な収集家なら、盗品だろうと喜んで買うからな」

 つまり、今回の事件が外国人窃盗団の仕業だったとしたら、今頃あの金印は世界のどこかにいる国宝コレクターの手の中かもしれない、ということか。

「……ふーん」俺はにやりと笑った。「金印、ねえ」

 ──いいこと思いついちゃった。

 そんな俺を見て、「またろくでもないこと考えてるな」とマスターは肩をすくめていた。

 ろくでもないこととは心外だな。俺はかねもうけのことしか考えない、仕事熱心な男だよ。



【次回更新は、2019年6月28日(金)予定!】

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