裏カジノをぶっつぶせ―3


 ギャンブルは麻薬だ。

 人がギャンブルにハマるのは、勝ったときの強烈な体験が脳の記憶に刻まれてしまうからだという。脳みそが馬鹿になり、その快感にまみれた刺激を繰り返し求めてしまう。覚せい剤や大麻を繰り返し使用してしまう状況と同じことだ。

 俺の脳みそも馬鹿になっているのだろうか。たまに不安になることがある。たしかに、俺の賭け事に対する金遣いの荒さは異常だという自覚はあった。しかしながら、人は誰でも、何かに対して馬鹿になるものだ。ゲームに重課金する者もいれば、アイドルに散財する者もいる。好きなものに好きなだけ金を使うことは、けして悪いことじゃないと俺は思う。結局、大事なのは本人が幸せかどうかだ。金で幸せを買って何が悪い?

 金を賭けることは、俺の唯一の娯楽であり、生きがいでもある。俺が足しげく賭場へ通うのは、生きている感覚を味わうためなのだ。

 だが、今回は違う。これはただのギャンブルじゃない。戦だ。ポーカー台の上で繰り広げられる、男の意地とプライドを賭けた戦いである。

 その夜、俺はさっそく戦場──くだんの裏カジノに乗り込むことにした。

 まずは衣装から。自宅のクローゼットの中から最も高価なスーツや時計を引っ張り出し、身に着けた。整髪料で髪の毛を後ろに撫でつけ、さらにシルバーフレームの眼鏡をかける。普段の俺とはまるで別人だ。成金感が醸し出されている。見た目は大事だ。人は見た目で相手がどんな人間かを判断する生き物である。金持ちを演じるならば、金持ちらしい格好をしなければならない。変装は詐欺師にとって欠かすことのできないテクニックだ。

 衣装替えを終えると、俺はすぐさま約束の場所へと向かった。自宅の最寄り駅のロータリーで見慣れたベンツが待っている。運転手のノブが俺に気付き、しくドアを開けてくれた。いい服に、運転手付きのいい車。今の俺はどこからどう見ても本物の金持ちだ。

 後部座席に乗り込み、ノブの運転で中洲を目指す。

「次の角、右ね」

「承知しました」

「あ、そこ、その電柱のとこで停めて」

「こちらでよろしいですか?」

 ノブがブレーキを踏んだ。西中洲にある、風俗店が立ち並ぶわいざつな通り──この中で、裏カジノ『エクス』はひっそりと営業しているらしい。

「そんじゃ」恭しく外からドアを開けてくれたノブに、俺は車を降りながら声をかけた。「行ってくるわ」

 ノブが頭を下げる。「ご武運を、大金様」

「ああ。またあとで」

 ノブと別れ、俺は建物の中へと足を踏み入れた。テナントビルの一階は『ニヤンニヤン』という名の、怪しげでありながらもどこか興味を惹かれる風俗店だった。

 娘娘倶楽部の地下に、『エクス』がある──ヤスさんはそう言っていた。娘娘倶楽部の隣にはびついたドアがある。俺はそこを開け、階段を下りた。通路を進むと、黒色の重厚な扉が見えてくる。インターフォンを押せば、しばらくしてドアの小窓が開き、ひげづらの男が顔を覗かせた。

「鶴山さんの紹介です」

 と告げると、男はドアを開けて俺を中に入れた。俺の体をベタベタと触って身体検査をしてから、「そこで換金を」と命じた。鉄の柵の中にいる男に百万円を差し出すと、代わりにチップの山を渡された。それを両手に抱え、さらに奥へと進む。

 さすがは金持ち向けの裏カジノ。内装はシックで高級感があふれており、ピアノの生演奏まで聞こえてくる。まるで銀座のクラブのようだった。テーブルを囲んでいるのは着飾った紳士淑女ばかり。ヤスさんもよくコネを見つけたな、と感心してしまう。

 賭場に足を踏み入れると、新参者の俺を目ざとく見つけ、タキシード姿の中年男が声をかけてきた。

「はじめまして、店長のです」

 小太りの男がにこやかに手を差し出してくる。俺はその手を握り返し、作り笑顔で答えた。「しんじようと申します。鶴山さんのご紹介で参りました。私も賭け事には目がなくて」

「鶴山さんは素敵なご友人をお持ちのようだ。どうです? 奥のテーブルで一緒に楽しみませんか?」

 という店長のお誘いに、俺は喜んで応じた。願ってもないことだ。「いいですね、ぜひ」

 ヤスさんも土井という男に同じテーブルへ誘われたと話していた。新規客をカモにするのがこの男の手口なのだろう。店ぐるみのきようなイカサマは、今夜俺がこの目で必ず暴いてみせる。しずかに闘志を燃やしながら、店長の後ろをついていく。

「こちらの席へどうぞ」と促され、俺は円卓に着いた。レートがいちばん高いテーブルだった。俺の真後ろではドレス姿のピアニストがジャズを演奏している。

 参加人数は六人。カジノの店長は俺の向かい側に座った。

「さて、始めましょうか。親は時計回りに」

 店長がカードを配る。俺は五枚のカードを手に取り、ポーカーフェイスを繕いながら確認した。すでにキングが二枚揃っている。さいさきがいい。

「レイズ」店長がチップを賭ける。

「コール」次の男もそれに倣った。

「コール」右に同じ。

 俺の番だ。ここは攻めあるのみ。「レイズ」と、俺はチップの数を増やした。

 コールが一周し、今度はカードの交換だ。俺はキングの二枚を残し、他の三枚のカードを交換した。

 ダイヤの9、ハートの2、それから、スペードのK──運がいい。これでキングが三枚揃った。

 さて、ベットだ。店長は肩をすくめ、勝負を降りた。いい手がこなかったのだろう。その隣の男はレイズした。手札に自信があるようだ。だが、それはこちらも同じこと。俺も賭け金を釣り上げた。

 男も負けじと乗ってきた。緑色のテーブルの上に、チップがどんどん溜まっていく。他のメンバーはフォールドしたため、いつの間にか俺とその男との一騎打ちとなった。

 賭け金の折り合いがついたところで、ショウダウン。いっせいに手札を開いて相手に見せる。

「Kのスリーカード」と、俺は言った。

 相手の手札はツーペアだった。俺の勝ちだ。

「どうやら今夜はツイてるみたいですね」

 俺はチップの山をちらりと見た。ざっと三十万円分はあるだろう。大勝だ。顔がにやけてしまう。

 俺と勝負していた男は頭を抱えていた。

 こんなのはまだ序の口。本当の闘いはこれからだ。

 俺はチップをかき集めながら、

「さて、次のカモは誰かな」

 と、挑発的に笑った。


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