色男、金も力もありけり―2


 言い訳に聞こえるかもしれないけど、私だって、最初は相手を騙すつもりじゃなかった。

 知人に紹介された金持ちの男性に職業を訊かれ、「中洲のキャバクラで働いている」とは言い出せず、私はとっさに「ジュエリーデザイナー」だと噓をついた。この噓が、すべての始まりだった。

 何度目かの食事のとき、その男性に「ゆかりちゃんのデザインしたものなら、いくらでも買うよ」と言われた。お世辞ではなく本心で、彼は本当にそうした。千五百円の安物のブレスレットを七万円で買ってもらえたことに、私は味を占めてしまったのだ。

 私は借金返済のために毎晩ホステスとして働いていた。だけど、いくら高級クラブとはいえ、指名とドリンクのバックは半分以下。高いボトルを入れてもらえたとしても、実入りは思ったよりも少ない。毎日のドレス代やヘアセット代、送迎代、得意客へのプレゼント代など、必要経費も馬鹿にならなかった。

 日々利子がかさみ、借金は一向に減らない。割の良い副業を探していた私にとってみれば、恋愛詐欺は最高の仕事だった。

 罪悪感がないと言えば噓になる。男性を騙すことに申し訳ない気持ちもある。ただ、元はといえば私も詐欺の被害者なのだ。学生のときにうっかり美容機器の悪徳商法に引っかかってしまい、多額の借金を抱える破目になってしまった。さらに、紹介された貸金業者が所謂闇金で、そこから私の借金地獄が幕を開けたというわけだ。

「──ナナさん、十番テーブルにご指名です」

 ナナというのは、私の源氏名だ。店のボーイに呼ばれ、私は小さなハンドバッグ片手に客の元へと向かった。

「失礼します」

 客に笑顔で頭を下げ、席に着く。店を移ってから数か月が経ち、今ではここでの仕事にもすっかり慣れた。

 今夜の最初の客は、見たことのない男だった。いちげんだろう。歳は三十過ぎくらい。よれた白いシャツにスラックス姿で、無精ひげを生やしている。

 新規で私を指名? 珍しいな、と思った。誰かの紹介だろうか? 私が首を捻っていると、その男はよしと名乗った。私は店で使っている自分の名刺を渡した。

 それを受け取り、

「はじめまして。会えてうれしいよ、ナナちゃん」男が笑顔で言った。「──いや、七隈ゆかりさん」

「え」

 いきなり本名を呼ばれ、動揺する。

 ……なんなの、この人。怖いんですけど。なんで私の名前知ってるの? まさか、ストーカーとか?

 内心ぶるぶる震えながらおびえている私に、

「俺、こういう者なんだけど」と、今度は男が名刺を渡してきた。【まえばら興信所 調査員 吉田だいすけ】と書かれている。

 興信所──嫌な予感がする。私は警戒しながら男の言葉を待った。

「竹岡広治って人、知ってるよね?」

 ……知っている。

 その名前には、すぐにぴんときた。だけど、認めるわけにはいかなかった。私は素知らぬ顔で首を傾げた。「さ、さあ、存じ上げませんが」

「あんたに騙されて、二百五十万を巻き上げられた男だよ。竹岡さんからね、あんたの行方調査を依頼されてんだ」

 ……バレてる、完全に。やばい。私は水割りを作ることも忘れ、その場で硬直してしまった。

 吉田が容赦なく続ける。「安物のアクセサリーを高値で売りつけてたんだって? 立派な詐欺だな。このままだと、あんた、警察に捕まるぜ」

 吉田の脅しに、私は絶句した。

 悪いことをしている自覚はある。だからといって、捕まる覚悟ができているかというと、そういうわけでもない。虫のいい話かもしれないけど、刑務所になんて入りたくなかった。

 どうしよう、大変なことになった。

 この男、私をこのまま警察に連れていく気なのだろうか。この後の自分を想像し、血の気が引いていく。名刺入れを握る手が震えた。

 すると、

「俺の報告次第で、あんたの人生が決まるんだ」

 私の肩を抱き、吉田が耳元でささやいた。

「俺の頼みを聞いてくれるっていうなら、あんたのことは見逃してやってもいい」

「……頼み、って」

「俺も、詐欺に一枚かませてくれよ」吉田は意外な提案をしてきた。「その分け前を俺にくれるなら、依頼人の竹岡さんにはあんたの存在を隠しておく。報告書にも、『調査対象は見つからなかった』って書いといてやるよ」

 つまり、こいつと手を組めば、私は刑務所行きを免れるってこと?

 吉田がさらに話を続ける。「実はな、ちょうどよさそうなカモがいるんだ。俺の知り合いの、実業家の男だ。金もいっぱいもってる。そいつを紹介するから、あんたはいつも通り仕事をしろ。稼いだ金の五割を、俺にくれればいい」

「ご、五割……」

「悪い話じゃないだろ?」

 五割なんて多すぎる。「三割でお願いできませんか?」

「なら、四割五分にしてやる」

「三割五分で」

「四割だ。これ以上は負けてやらねえよ。嫌ならいい。今からここに竹岡さんを呼び出してやるから」

 それは困る。

 断れば、私の人生は終わりだ。

 私はこの男の提案に乗るしかなかった。恐る恐る頷くと、「よろしくな、ナナちゃん」と吉田がにやついた。


【次回更新は、2019年8月17日(土)予定!】

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