第21話 提案も見積も
ゲーム屋のエゴという夏海の言葉に、人事の二人が少し驚いた顔をする。
そりゃそうだ。
そんな言葉、営業の俺なら使わない。
クリエイティブの人間の強いところはこういうところだ。
「いいじゃないですか。ゲーム開発者としてのエゴを否定されない。そんな会社、同業界の人間からすれば魅力的に思えるはずです。わたしだって、そんな広告屋があれば転職したいと思います。ですから、まずはそこを伝えることが全原稿に共通して必要なことです。そこに共感してもらってから、職種ごとの究極の追求を具体的に紹介していければ、より強く動機を形成できるはずです」
企画書の次のページからは、夏海が考えてきた「エゴを否定されないゲーム会社」というコンセプトを伝えるためのコピー案があった。
一ページに一案ずつ書かれている。
「たとえばこういったコンセプトワードを設定し、転職市場のなかでブランディングを図っていきます」
案1 ゲーム屋の魂に、妥協するな。
案2 魂に、嘘をつかないモノづくりを。
案3 ITや効率化だけで生み出されるものに、
魂はこもっているだろうか。
案4 つくれるものではなく、
つくりたいものを、
つくる。
案5 つくりたいからつくる。
やりたいからやる。
ワクワクするからつくる。
案6 夢や希望、努力や根性は、
モノづくりの現場にまだある。
案7 ゲーム開発に、ビジネス感覚はいらない。
案8 モノをつくることだけを、考えよう。
案9 エゴがなければ、いいモノはつくれない。
案10 いい開発者は、エゴイストでもある。
などなど。
全部で100案ある。
こいつマジでやってきやがったな。
「一貫したコンセプトを展開しながら、こういったかたちで職種ごとに打ち出しを変えています」
夏海は企画書を進めた。
G5のデザインカンプが貼りつけてある。
もうそのまま掲載できるんじゃないかという完成度だ。
取材もしていないのに、ダミーで社員インタビューのコピーまで入っている。
「コンセプトワードから全職種に共通するメッセージを展開し、その後にプランナー、デザイナー、プログラマごとに社員様に取材をして、その方なりの究極のゲームへのこだわりを引き出してインタビューとして掲載するという構成です」
山崎と常盤女史はデザインカンプを見て、「もう取材したみたいだな」「こんなにいい写真、うちの社員で撮れますかね」などと言っている。
俺は朝倉夏海の本気を見た気がした。
もう少し世渡りがうまければ、こいつも煙草部屋で燻ってることもないんだろうけどな。
「原稿の素材をそのまま使用して、説明会の会場に掲示するポスターにもできます。職種ごとに細分化したG1では多くの情報を伝えられませんから、一つひとつの職種にスポットを当てるという意味でも、究極へのこだわりを伝えるポスターがあってもいいかと思います。応募者も自分の希望する職種のものがあれば気になるはずです」
しれっとポスター入れてきやがった。
しかも五種類どころか、細分化した職種ごとときた。
とはいえ、なんとなく的を射た提案のようにも聞こえる。
俺は思わず苦笑してしまいそうになり、どうにか堪えた。
山崎と常盤女史は、夏海のつくってきたデザインカンプを見ながら、取材を受けさせる社員は誰がいいかといったことを話している。
なかなかいい食いつきだ。
とはいえ。
提案段階でここまでクリエイティブをつくり込めば、文句はあまり出ない。
クライアントは金を払ってないからな。
実際に受注して蓋を開けてみると、提案時の絶賛はなんだったんだということは、残念ながらよくある。
「それでは。応募者の受け皿となる説明会については、あたしからご説明します」
生駒が話を引き取り、企画書を進めた。
入社二年目にしては堂々としたものだ。
【応募者の欲求を満たす説明会の開催】
というタイトルが企画書に入っている。
「説明会の役割は単に企業説明や職種説明、待遇を伝えるというものではありません。このご時世ですから、気になった企業があればカスタマーはすぐにネットで検索して情報を集めます。ですから、彼らは説明会では自分たちが知らない情報を伝えてくれることを求めています」
企画書でターゲットの心理変容が説明される。
広告屋にはおなじみのAIDMAの法則ってやつだ。
・Attention(発見)
・Interest(興味)
・Desire(欲求)
・Memory(記憶)
・Action(行動)
という、消費者が商品を知ってから購入にいたるまでの段階を示す頭文字からきている。
実はこの法則は、採用活動にも共通している部分が多い。
発見・興味喚起の役割は、求人広告が担う。
そこで企業や職種に興味を持ってもらい、次の段階に進んでもらう。
欲求ってのは、興味を持った対象についてもっといろいろなことを知りたいという気持ちだ。
生駒が言っている説明会の役割ってのは、この部分。
ここをうまく設計できると、より強くターゲットに記憶され、実際の行動へと移る。
採用に当てはめるなら、入社をするってことだ。
「説明会を経て参加者が御社に入社したいという意思を強くしてもらうために、AIDMAに採用ならではのプロセスをひとつ追加できればと考えています」
企画書が進む。
「それは不安払拭です」
心理変容の図が変わる。
・Attention(発見)
・Interest(興味)
・Desire(欲求)
・Memory(記憶)
・Safety(不安払拭)
・Action(行動)
「採用ならではのプロセスに、本当にこの会社に入社してやっていけるのか、という不安があります。そこを払拭してあげることで、御社への入社意欲はぐっと高まるはずです。そういったところも担保できる説明会のプログラムを考えてまいりました」
確かにそれができれば、説明会としては十分だろう。
入社後のアンマッチ解消にもつながるかもしれない。
カスタマーのこともクライアントのことも考えられている、実に生駒らしいものだ。
「具体的なプログラムはこちらになります」
説明会の設計には、いくかのパターンがある。
もっともオーソドックスなのはシアター型。
ある程度の人数を集めて行う、発表会形式のスタンダードなやり方だ。
壇上からパワーポイントのスライドで事業や仕事について紹介したり、社員によるパネルディスカッションや、動画、持ち帰り用のパンフレットなどで内容を補完する。
だが、生駒が提案した説明会は、シアター型にワークショップ型をハイブリッドしたパターンだった。
ワークショップ型は参加者を数名のチームにして、事業のコンセプトや仕事のコアな部分を、ゲーム感覚で疑似体感させるものだ。参加者の知的好奇心を満たし、ちょっとした発見を持ち帰えってもらえるので、個社の印象を残しやすい。
新卒採用ではよく見られる手法だが、中途採用では珍しい。
運営に独特のノウハウが必要だし、手間もかかるからな。
「御社の場合、やはり肝になるのは『究極のゲームをつくろう。』というこだわりの強さです。ここが魅力でもあり、同時に本当に自分にできるのかという不安な点でもあります。そこで、御社のゲームづくりのこだわりを少しでも肌で感じてもらうことが必要なのではないかなと」
生駒の提案したワークは、説明会に参加したプランナー、デザイナー、プログラマでチームを組み、そこにプロミスワークスの社員が参加してミニゲームの企画を完成させるというものだった。
クライアントの負担も大きいが、実際に働いている社員とワークをすることで伝わることは確かにある。それはインタビュー記事や質疑応答のようなものでは絶対に伝わらない、その会社の生の感覚だ。
「社員様にご協力いただく必要はありますが、それ以外のご負担なるべく軽減できるように考えています。説明会に使用するスライドや台本、当日の運営についても弊社側でご協力をさせていただきます」
俺は生駒の説明に捕捉するかたちで、先手を打ってクライアントの懸念点をつぶした。
これで300万は赤字だろうが、メディアがついてくればいい。
悪くない提案だと思う。
数字ありきのクソみたいな仕事だが、それでも悪くない提案だ。
それは俺じゃなく、夏海や生駒が制約のあるなか、どうにかがんばったからなんだろう。
ラクスの言葉を借りるなら、この仕事に1パーセントでも楽しいと思えることがある、がんばる価値のある仕事だったんだろう。
「こちらがお見積もりになります」
俺は別紙の見積書を提示した。
・提案額合計:1650万円
・割引:600万円
・貴社特別価格:1050万円
金額を見た人事の二人から言われた言葉は、シーガルキャリアの営業マンからすれば一種の誉め言葉だった。
「提案も見積も、さすがシーガルさんですね」
手応えはある。
これは経験上、提案はいいが金額がネックになっているパターンだ。
こうなるとあとは金額交渉になる。
こっちとしては、目標の達成のためには40万円までしか値引きはできないが。
「ご検討、よろしくお願いします」
俺は頭を下げた。
受注締め日までの一週間は、何度経験してもいやなもんだ。
特に数字を達成していないときはな。
どれだけ細い糸だろうが、受注の可能性があれば奔走するのが営業という人種だ。
今回の1Qはまさにそうだった。
だが、これでとにもかくにも提案まではこぎつけた。
今日は金曜日。
結果は土日を挟んだ週明けだろう。
ここ数日の疲労がどっと襲ってきて、俺はもう土日は家から一歩も出ずに泥のように眠っていたい気持ちだった。
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