4.仕事で一番大切なものってなんですか?

第20話 営業と制作ってのは

「本日は貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございます。御社の新プロジェクトに向けた中途採用のご提案をさせていただければと思いますので、改めましてよろしくお願いいたします」

 六月三週目の金曜日。

 受注締め日が迫るなか、俺は生駒と夏海をともなってプロミスワークスを訪れた。

 前回と同じ会議室で人事課マネージャーの山崎、そしてメンバーながらキーマンと予想している常盤女史と向き合い、


【中途採用に向けたご提案】


 という分厚い企画書を取り出して全員の前に並べていく。

「ご提案するのは、採用メディアの展開、広告のクリエイティブ、説明会の設計、この三点です」

 プレゼンの担当は、俺、夏海、生駒の順番で分担している。

 俺の担当はメディアプランの説明なので気楽なものだ。

 シーガルキャリアの中途採用メディアであるガルナビNEXTが、どれだけプロミスワークスの採用に寄与できるのかを説明していく。

 転職市場の動向、ゲーム業界の採用における相場観、想定している競合他社、そういったあれこれを数字と仮説をもとに説明していく。

 結論としては、「うちのメディアを使ってくださいよ」という話なんだが。

 そこに持っていくまでのロジックってのは大切なんだ。

「一ノ瀬さん、すいません。ガルナビNEXTには業界経験者はどれくらい登録されているのですか?」

 一通りの説明が終わったあと、実に鋭い質問を常盤女史が言ってくる。

 ガルナビNEXTの登録者は約600万人だが、六ヶ月以内にアクティブに転職活動している登録者はもっと少ない。せいぜい一割だろう。そこからゲーム業界経験者となると、ほとんどいないに等しい。

「懸念されているポイントは理解できます。実際に弊社のメディアに登録しているゲーム業界経験者の方は少ないですからね。これは本来外部に見せてはいけないデータなのですが」

 俺はそう言って、登録者を前職や経験でソートした一覧を別紙で提示した。

「ここ六ヶ月で一度でもガルナビNEXTにログインした、ゲーム業界経験のある登録者です。約500名といったところですね。多いか少ないかは議論の余地があるところだと思いますが」

 一見するマイナスになりそうなデータだが、隠しても仕方ない。

 こういうものは正直に見せたほうが、逆に信頼感は醸成される。

 それに、だ。

「とはいえ、要は考え方です。ここ六ヶ月の同業界の掲載社数は平均で20社程度ですから。御社が掲載すればほぼ100パーセント、この層にはリーチすると思います」

 こんな風に考え方によってはプラスに転換できるマイナスなら、どんどん見せてやればいい。

 500名という母集団は決して多くはないが、確実性が高いなら悪くはない数字のはずだ。特にごりごりの経験者を求めている採用では。

 これが未経験者もOKという募集なら、よりいい人材を探すためにもっと多くの人間に会いたいという話になるだろう。

「この確実性の高い層は短期的に掲載するG5で刈り取ります。恐らく御社が新プロジェクトに向けて本格的に中途採用を開始したことは業界で話題になると思います。そこでガルナビNEXTを訪れる新規流入層に対応するのが、各職種に細分化して三ヶ月間走らせるG1です」

 俺はメディアプランの展開を時系列でまとめたページを見せながら説明をした。

「登録はしていないものの、ゲーム業界の仕事をガルナビNEXTに探しにきている層というのは一定数いるというのが私の仮説でして。次のページなんですが」

 メディア内での検索ワードランキングを添付したページになる。

 上位には「未経験」、「40代」「高卒」「土日休み」「賞与」といった、夢も希望もない検索ワードが並んでいる。

 この仕事を長くやっていればわかることだが、転職なんてものはキャリアアップや自分の成長なんて前向きな理由でするもんじゃない。

 その大半は、現状を少しでもよくしたいという切羽詰まった理由だ。

 そんななか、「ゲーム」という検索ワードは五〇位前後を常にうろうろしている。

「案外と業界や業種で検索されていないものなんですが。ゲーム業界というのは、先週で言えば広告代理店とほとんど同じくらいの検索数です。ただ、うちのメディアはゲーム業界の掲載が少ないですから。そのまま登録せずに離脱するという現象が起きているのではないかなと。プロミスワークスさんの募集があれば、登録して応募する、という流れが一定は見込めると思います」

「なるほど」

 常盤女史は細い顎に右手を当てて思案顔になった。

 俺の仮説を検討して突っ込みどころを探しているのかもしれない。

 なにを言われてもそれっぽいことを切り返せる自信はあるが、それっぽいだけだから鋭い指摘は勘弁してほしい。

 そんな俺の不安を知ってか知らずか、常盤女史からの質問はなかった。

 俺はメディアプランの展開案に企画書のページを戻し、

「複数の原稿を展開しながら形成した母集団を、まずは説明会に送客していくわけですが。原稿案と説明会については朝倉と生駒からご説明します」

 俺は隣に座っている夏海に視線をやった。

 いつものラフな服装の上からジャケットを羽織っただけだったが、それがむしろクリエイティブの人間っぽい雰囲気を醸し出している。

 夏海は眼鏡のブリッジを軽く押し上げると、心持ちゆっくりと話し始めた。

「今回の御社の採用においてなにが大切なのか、わたしなりに考えてみたのですが。はっきり申し上げて、プロミスワークスという社格なら、ゲーム業界の現状からして、一ノ瀬からご提案したプランで原稿を出すだけでもある程度は人は集まると思っています」

 なかなかうまい。

 ごりごりに押していくのではなく、一歩引いた入り方だ。

 こう言われると「じゃあお前はなにをしてくれるの?」という疑問を持つ。

「人を集めることは弊社のメディアの力で十分です。わたしはクリエイティブの人間ですから、クリエイティブでできることをご提案したいと思っています」

 夏海は言った。


「母集団の質です」


 まあ、そうなるよな。

 求人ってのは、応募数が多ければいいってわけじゃない。

 いかにその会社の募集に見合った人材の割合を増やしていくのかが重要だ。

「より御社で働きたいと思う人材、入社したあとも長く続く人材。そういった親和性の高い人材の割合を、クリエイティブで増やしていくのがわたしの役割だと考えています」

 夏海が企画書を進める。


【共感の接点を生むコンセプト案】


 というタイトルが書いてある。

「御社が掲げている『究極のゲームをつくろう。』というコーポレートスローガン、とてもいいと思います。わたし、ご提案をさせていただくにあたって、社長さんや社員の方のインタビュー記事をできる限り拝読させていただきました。この考えはプロミスワークスさんで働く一人ひとりに、しっかり根付いていると感じます」

 夏海はネットやゲーム雑誌のインタビュー記事から、気になったコメントを抜粋して企画書に記載していた。

 企業理解のためなら電話帳みたいな社史ですら読み込むのが制作という連中だ。

 これくらいは朝飯前ってところなんだろう。

 制作の仕事はコミュニケーションを設計することだからな。求人広告ってのは極論、企業の募集している職種にドンピシャの一人に届けば成立する。

 その一人に届けるなにかを見つけるために、制作の企業理解の考え方は営業とは違う。

 営業の企業理解は事業理解。

 ビジネスモデルや収益構造、今後の事業戦略といったところから企業を紐解く。そこにあるのは数字であり、計画だ。

 制作の企業理解はDNAの理解。

 設立理念や企業ビジョン、カンパニーカルチャーといったところから企業を紐解く。そこにあるのは創業者の想いや、企業の価値観だ

 営業と制作ってのは、本当に違う人種なんだ。

「究極のゲーム。いいですね。開発者一人ひとりに、自分から追求する究極があるはずです。自分たちが面白いと思わないものが、どうしてユーザーに面白いと言えるのかという、そういうこだわりを感じます」

 山崎が感心したかのように笑った。

「ありがとうございます。弊社の代表を含めて、そういう想いは確かに持っています。ユーザーの反応がダイレクトにわかるソーシャルゲームだからこそ、おもねりすぎて期待に答えるだけになってはいけないと。常に期待を超えるものをつくっていくことが、弊社の目指しているところですから」

「そこが共感の接点になると思います。同じ想いでゲーム開発に取り組みたい、という人材こそ応募してくるべきですから。究極のゲームをつくる――」

 夏海はためらいもなく言った。


「それはゲーム屋のエゴですね」

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