第11話 だからお前はダメなんだ

「生駒、案件の概要を説明しろ」

「わかりました」

 生駒は自分のノートPCと打ち合わせデスクに固定されているモニターを、HDMIケーブルを使って接続した。

 ノートPCの画面がモニターに映る。

「クライアントはプロミスワークスというゲーム会社です。ホームページがこれなんですけど――」

 生駒がブラウザを立ち上げて、プロミスワークスのホームページを表示する。

 彼女は企業の沿革や、現在展開しているゲームタイトル、売上高、社員数などを端的に説明した。

「代表的なタイトルであるスマホゲームの〈ワルキュリア・キリングフィールド〉は、登録者数1000万人を突破して、売上は堅調ですね。ざっくり言えば、お金はあります」

「わたしが課金した分も、そこに入っているわけね」

 腕を組んだ夏海が、遠い目をしていた。

 お前はいくらガチャを回したんだ……

 プロミスワークスの〈ワルキュリア・キリングフィールド〉は、様々な世界の様々な時代に戦場で勇敢に戦って戦死した英雄たちが、ワルキュリアに導かれて戦死者の館で復活し、館の主の遊興のために英雄としての経験と技を駆使して果てない殺し合いを続けるという設定のスマホ用RPGだ。

 殺し合いには歴史の授業でよく見知っている俺たちの世界の英雄のほかにも、いくつも用意されたオリジナルの異世界の英雄たちが参戦するという設定で、綿密な世界観やシンプルでありながらよく練られたゲームシステム、有名なイラストレーターによるキャラデザ、重厚で質のいいシナリオで大ヒットしている。

「朝倉さんも知ってるかもなんですけど、自社パブリッシングでコンシューマー向けのタイトルを開発することが発表されてまして」

 生駒はホームページのトップにある、『新プロジェクト始動!』というバナーをクリックした。

 画面が新タイトル開発を告知するLP(ランディングページ)に遷移する。

 剣と魔法と銃と火薬が交錯するファンタジー世界のRPGで、恐ろしく美麗なキービジュアルが一枚だけ公開されていた。タイトルは未定だ。

「あたしがこの前、先方の人事と話したんですけど。このプロジェクトに関わる社員を、かなりの数、中途採用で集める予定があるそうです」

「経験者採用ということでいいの?」

「はい。基本的には商業ゲームの経験者であればいいというスタンスなんですけど、可能であればハイエンド機でのコンシューマーゲーム経験者を求めてはいます」

 俺は生駒の話を黙って聞いていた。

 営業が制作に案件を依頼する際に、最低限必要な情報というものはいつくかある。


・その会社がどういった理由で人を募集するのかという募集背景。

・募集する職種はどういったものなのかという仕事内容。

・経験やスキル、あるいは性格面でどういった人材を求めるのかという人材要件。


 特にこの三つの情報は絶対に掴んでおく必要がある。

 ここを外して制作に依頼をする営業は、クライアントとの窓口としてまったく機能していない。

 そうすると制作は営業に舐めた態度を取って、頭越しにクライアントからそのあたりの情報を拾いにいく。

 顧客関係性において制作にイニシアチブを取られると、クライアントの信頼残高がそっちにどんどんたまっていく。

 結果どうなるかと言えば、営業はいらないって話になっちまう。

 クライアントと制作で話が決まる体制になると、営業が売りたいものが売れなくなる。あくまでも金を取ってくるのは営業だ。クライアントと制作で適当に話を進めてくれるから楽だってことで、そこを手放したなら営業に価値はない。

 生駒には俺がメンターだった一年間で、制作に舐められないためのイロハは徹底的に仕込んだつもりだ。

「人材要件のマストとウォントは?」

「マストはさっきも言った商業ゲームの開発経験があればというところですね。あとは学歴不問ですし、絶対に必要な資格やスキルなんかもありません」

 生駒は立ち上げているメーラーの下書きフォルダに入ってくる文面を表示した。

 クライアントの人事からヒアリングした際のメモ書きだ。

 なぜだかわからないが、生駒はメーラーをメモ帳替わりにするくせがある。

 そこには人材要件のマスト・ウォントもメモされており、生駒が言ったマスト要件のほかにも、


・何度ダメ出しされてもやり遂げる情熱がある

・多くの人とかかわりコミュニケーションを取りながらモノをつくるのが好き

・相手の言ったことを理解してこちらから提案する

・自分から積極的にやりたいことを発信していくことができる

・ユーザー目線でモノづくりができる

・限られた時間やコストのなかで仕事をするという意識がある


 といったタイプ面での人材要件が記されていた。

「バックオーダーは?」

 そう言った夏海は、少し難しそうな顔をしていた。

 だろうな。

 ゲーム会社の経験者採用ってのは、なかなかに曲者だからな。

「ざっくりとプランナー、グラフィックデザイナー、プログラマの三職種ですけど、約100名ですね」

 バックオーダーってのは、採用予定人数といったくらいの意味で使われる。

 中途採用で一〇〇名という人数は、関西のマーケットを考えればかなり多い。

「それぞれの職種から、さらに細分化したものがこれです」

 生駒が用意していたエクセルファイルを開いた。

「プランナーだけでも、シナリオプランナー、イベントプランナー、バトル・モンスタープランナー、コミュニティプランナー、レベルプランナーがあります」

 生駒が展開したエクセルには職種がリスト化されており、プランナーだけではなく、グラフィックデザイナーもプログラマも担当ごとに細分化されていた。

 ハイエンドのコンシューマーゲームや、大規模なオンラインゲームもそうだが、昨今のゲームってのは100名を超えるスタッフによる開発体制だ。

 開発の責任者であるディレクターの下にチーフがいて、その下にチームが編成されて分業している。

 プランナーであれば生駒が説明したように、あるいはグラフィックデザイナーでもキャラクターデザイナー、2D・3Dデザイナー、モーションデザイナー、エフェクトデザイナーといった具合だ。

 エクセルを確認すれば全部で20職種以上はある。

 バックオーダーは職種ごとに3名~5名といったところだった。

 生駒はさすがにそつがなく、細分化された各職種の仕事内容や人材要件も把握してエクセルに書き込んでいた。

 俺が言うのもなんだけど、仕事のできるやつだ。

 制作に隙を見せない。

 営業としては、ここまでは上々だ。

「生駒ちゃん、概要は理解したけど」

 夏海は少し思案顔になっていた。

 問題はここからだ。

 クライアントからきっちりとヒアリングをしていれば、極端な話、ここまでの仕事は誰だってできる。

「解決しなければならない課題がいくつかあるわね。それもクリエイティブではない部分でね。そこは先方とはもう話をしてる?」

 そのとおりだった。

 関西の中途採用のマーケットでゲーム会社が求人をする場合、避けてはとおれない根本的な課題がいくつかある。それを念頭に置いて、クライアントの期待値を調整しておかないと、あとで泣きを見ることになる。

 俺は生駒の横顔を盗み見た。

 困っているようなら助け船を出してやらないといけない。

「いえ、先方にはあくまでも要件ヒアリングというかたちで時間をもらっていたので。でも、朝倉さんの言っている課題って、マーケット構造そのものの課題ですよね。それだったらもちろん理解していますし、先方にもやんわりとは伝えていますよ?」

 生駒は毅然とした態度で言った。

 目の前の夏海に対抗心ばりばりだ。

 俺としてはもう少し和やかに打ち合わせをしてほしい。

「生駒、入れ込みすぎだ」

 俺は後輩の頭に軽くチョップをくらわせると、思わずため息をついた。

「ちょっと、なにするんですか、一ノ瀬センパイ」

「空気が悪いよ、お前。社内の打ち合わせなんだから」

「別にあたしは普通にしてますけど? 朝倉さんが睨んでくるからじゃないですか?」

「いや、お前だって睨んでただろ」

「睨んでませんー」

 生駒が俺の肩にパンチをくれる。

 こいつ、先輩をなんだと思ってやがる。

「生駒ちゃん、ごめんごめん。わたし目が悪いから、細めちゃうくせがあるのよね」

 夏海がわざとらしく言った。

 お前はお前で妙にピリピリした空気を出していただろうが。

 それにお前の眼鏡はなんのためにあるんだと思ったが、言わないでおく。

「ま、確かに関西でのゲーム会社の経験者採用ってのは難しい」

 俺は就活をしていた際にゲーム業界を志望していたという理由だけで(うちの会社は適当なんだ)、過去に何社かゲームデベロッパーを担当してきた。

 その経験も踏まえて言えることは、

「業界として、大半の会社は東京にあるからな。そもそもその時点で不利だ」

 と、いうことだ。

 経験者採用は同じ業界内で人材を流動させる。

 けど、関西はゲーム業界に従事している人材のパイが少ない。

 今回のような大量採用ともなると、東京から関西に呼び込む必要が出てくる。

 とはいえ。

 縁もゆかりもない関西に引っ越し前提で転職してくるやつはそうはいない。

 プロミスワークスは業界内の新興勢力としては名が知れているから、社名そのものに引きはあるけどな。東京には有名なAAAタイトルを抱えたパブリッシャーがうようよいるし、そこと対等にやり合うようなデベロッパーもいくつもある。

 採用競合の大半は、東京のゲーム会社だ。

 社名やタイトルでの引きが同じなら、物理的な距離はこちらにマイナスに働くだろう。

「先方には関西以外から転職してくる場合は、引っ越し費用を全額出してもらうという提案はしようかと思ってます。あとは、大阪と東京で面接も兼ねた説明会を複数日程開催したほうがいいと思います。そこに参加できない場合は、個別の面接に誘導しつつ、電話やスカイプでの面接も対応するようにできれば、物理的な距離のマイナスは少しは改善できるんじゃないかなと」

「ベタだけど、いい手だ。あとは平日の夜間や土日にも面接対応ができればいい」

 生駒の案は斬新じゃないけど、地味に効果が出る取り組みだ。

 採用ってやつは、こういう地味なところをきちんとするかどうかで効果は結構変わる。

 特に中途採用は新卒採用に比べて、カスタマーは短期間で複数社を受けて転職先を決める。応募から内定まで約二週間、長くても一ヶ月といったところが相場だろう。

 いかに迅速に選考し、面接を行い、内定を出すかが重要だ。

 それも、カスタマーにあまり負担をかけることなく。

「応募後のフォローはそれでいいとして、問題はやっぱり応募数の確保よね。うちのメディアだけじゃ絶対無理じゃない?」

「まあな」

 これがもうひとつのそもそもの課題。

 シーガルキャリアの転職メディアであるガルナビNEXTは、ゲームという特殊な業界の採用にはまったく強くない。

 現在、掲載されている社数は約6000社。

 そのうち職種の割合でいけば、営業系、事務・管理系、企画・コンサル系、建築土木系、販売サービス系、エンジニア系といったところが大半だろう。

 広告・出版・ゲームなどのクリエイティブ系の職種は、極端に少ない。

 採用メディアは転職を考えているカスタマーが、職務経歴書の代わりとなる自分のレジュメを登録しておいて、気になった求人に応募をする仕組みだ。

 掲載が少ない業界や職種のカスタマーは、当然ながら登録数も少ない。

 けど、これは公募メディアとしてはどうしようもないことだ。

 世の中には、クリエイティブ職の人間よりも、営業や事務をやっている人間のほうがはるかに多いのだから。

「それはあたしも思ってました。うちのメディアだけだと、100名なんてバックオーダーを満たすだけの応募数は集められないと思います。すぐにターゲット層は刈り取ってしまいそうですし。流入チャネルを増やさないと」

「うちのメディア以外も使う?」

「そうですよね。あとはエージェントですね。シーガルエージェントと連携しましょう」

 俺は内心で嘆息した。

 夏海の言葉にまんまと誘導されたな。

 確かにそれは本質的な提案かもしれない。

 ゲーム業界は特殊なだけに、そこに特化した採用メディアというものがある。

 クライアントにはガルナビNEXTをふくめた複数のメディアを使うことを提案すれば、求人広告からの応募数は間違いなく増えるだろう。

 そして、公募でリーチすることができない層に対しては転職エージェントのサービスだ。

 転職エージェントというのは、言葉のとおりの代理人。

 転職したいカスタマーがエージェントサービスを使うと、まずはキャリアアドバイザーと面談をする。すると職務経歴や希望する転職条件などを深掘りされ、適した企業の求人票を紹介してもらえる

 それだけではなく、履歴書や職務経歴書の添削、面接の日程調整や面接の練習、内定後の年収交渉までしてくれる。

 そうして紹介したカスタマーが入社すれば、そいつの年収の何割かを企業側から手数料として支払ってもらう。

 そういうビジネスモデルだ。

 カスタマーには金銭の負担はまったくない。

 公募メディアよりも優秀な人材を狙い撃ちできるため、即戦力の経験者を求めている企業の多くが利用している。

 シーガルグループにも、シーガルエージェントという会社がある。

 ここと人材要件を共有して、メディアとあわせて説明会に送客することで確実に母集団は増える。増えはするが、そうなると社内の取り決めで採用事務局を立ち上げて、応募者の管理やら説明会の設計をする必要がある。

 はっきり言って、面倒だ。

 説明会なんてものは、クライアントに手弁当でやってもらうに限る。

「生駒――」

 俺は釘を刺しておこうと思った。

 今回のゴールは採用を成功させることじゃない。

 Q末までに売上を立てることだ。

 そこには本質的な提案なんてものは必要ない。

「そしたら説明会をしっかり設計しないとね。プログラムもそうだけど」

 俺の言葉を遮るように、夏海は言った。

 内心、舌打ちをする。

 こいつが次になにを言うのか、俺には手に取るようにわかる。

「ポスターやパンフレットが必要じゃない?」

「必要ない」

 俺は即答した。

「必要でしょ」

「いらねえ」

 夏海は腕を組んで俺を睨んでくるが、絶対に譲る気はない。

「でも、一ノ瀬センパイ。説明会の内容を補完したり、リマインドしたりするツールは必要なんじゃないですか?」

「そうそう。生駒ちゃんの言うとおり」

「あのなあ」

 まったくもって正論を言ってくる生駒と、うんうんとうなずく夏海。

 生駒はともかく、夏海はそんなことこれっぽっちも思ってやしねえよ。

 そういう嗅覚がないから、

「生駒」

「はい?」

 俺は静かに言った。


「だからお前はダメなんだ」

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