第24話 いつからこんな風になっちゃったのかな
連絡を受けて集まった会議室に、生駒の声が響いた。
「こんな理由、ありますかっ!? 意味がわかりません! 一ノ瀬センパイも朝倉さんも、納得してるんですかっ!?」
まるで親の仇でも見るような目で、俺を睨んでくる。
怖いよ。
生駒がそんな顔になるのもわかるけどな。
俺と夏海のテンションは、彼女とは正反対で静かなものだった。
匙を投げていると言ってもいい。
「生駒ちゃん、わたしも別に納得なんてしていないけど。ほとんど徹夜してつくった企画書とカンプの労力返してほしいわ。わたし、土日はほとんど寝てたんだから」
夏海はあくびをして、頬杖をついた。
「もう年だから徹夜はきついのよ。むにゃむにゃだわ」
「むにゃむにゃじゃないですよ!」
「生駒、怒っても仕方ないだろうが。落ちたものは仕方ない」
「仕方ないって……あたしもちゃんとした理由で落ちたのなら、まだ納得します。力不足だったんだって。でも。だけど」
生駒は信じられないと言った様子だった。
「競合にうちの提案を流されたんですよ!?」
プロミスワークスはうち以外の競合にも提案をさせていた。
まあそれはよくあることだし、別にそれをうちに伝える義理もない。
純粋に提案や金額で負けたのなら、納得もできる。
だが、今回の場合はそうじゃなかった。
「キーマンは山崎のほうだったな」
俺は腕を組み、会議室の無機質な白い天井を見上げた。
うちが提案したメディアプランやクリエイティブ、説明会の設計――同じようなことなら競合がもっと安くできる。
それが山崎の言ってきたことだった。
「山崎は前の会社でも人事だ。競合に関係性の深い営業がいても不思議じゃない。そこにやらせる前提だったけど、うちの提案もよかったもんだから相談したんだろ」
「提案させるだけさせてアイデアをパクるとか、ありえなくないですか!?」
生駒の言うことはもっともだ。
そんなことされたら提案するだけ損をすることになっちまう。
だが、現実ではそれはしばしば起きる。
俺も朝倉も、何度も経験してきたことだ。
だから俺は言った。
「この業界じゃ、よくあることだ」
山崎と常盤女史の力関係は、俺の読みが当たっているはずだ。
だからこそ、山崎はうちを外したに違いない。
うちの提案を呑めば、常盤女史の評価は上がるだろう。なんなら彼女がマネージャーを飛ばして予算取りの社内交渉をする可能性もある。業界柄そういうことができそうなフラットな雰囲気の企業でもある。
そうなると山崎の立場はない。
人事も所詮は会社員。
自分の評価は上げたいし、立場は守りたい。
山崎が推す競合なら、うちと同じような提案をより安くできる。
俺がクライアントの立場なら当然安いほうに依頼する。
なんともわかりやすい。
「一ノ瀬センパイ、どうにかできませんか?」
ほとんど懇願するような声で、生駒が言ってくる。
いい提案を持っていくだけで受注するほど甘くはない。
それはよくわかっていたつもりだ。
俺は別にいいさ。
けど、生駒と夏海は、俺なんかよりも余程いい仕事をした。
それがこんな結果ってのは、さすがに後味の悪さを感じる。
「どうにかできるもんなら、してやりたいけどな」
どうにもできない。
それが現実だ。
「再提案できませんか」
「したところで結果は変わらねえよ」
「競合ができないような、うちにしかできない企画を提案できれば。もっと本質的な提案だってできると思うんです。母集団形成も、説明会での動機形成ももっとよくできるし、面接での競合を想定したキラートーク集だって提案できます!」
生駒が早口にまくし立ててくる。
「うちが一番、クライアントの役に立てるはずなんです。あたしはまだまだですけど、一ノ瀬センパイはフロントに立ってクライアントにも言うべきことを言える営業マンじゃないですか。朝倉さんくらいクリエイティブができる制作が競合にいると思いますか? 企画だけパクっても、絶対にうまくいくわけないんです。だから――」
生駒は泣き出しそうになっていた。
両目の端に涙をためて、いまにも溢れ出しそうだ。
「だから、うちがやらないと!」
恐ろしく真っすぐな言葉は、だが俺には響かない。
生駒、お前は俺を評価しすぎだよ。
「諦めろ」
俺はそれだけを言った。
生駒が目を大きくして、溢れた涙が頬を伝っていく。
後輩の女の子を泣かせる罪悪感、半端ない。
「今Qの数字は未達になるけど、まあ仕方ない。俺が桐山さんに詰められればいいだけだ。お前の給料はできるだけ守ってやる」
「一ノ瀬センパイの――」
生駒がきっ、と俺を睨んでくる。
「一ノ瀬センパイのバーカ! バーカ! 死ね!」
そのまま会議室を飛び出していく。
「あーあー、生駒ちゃん可哀そう。あとでちゃんとフォローしておかないと嫌われちゃうよ?」
気怠い声で夏海が言ってきた。
「お前はいいのかよ、朝倉」
「わたしはほら、若い生駒ちゃんと違って経験も豊富だから。これくらいでへこたれるわけないでしょ。まあ、ひとつ貸しってことにしてあげる」
イスの背もたれに身体を預けて、夏海が大きく伸びをする。
「なにかおいしい案件あったら回してよね」
「ああ、考えとくよ」
今回のことをマネージャーにどう報告したらいいものか考え、どうでもよくなった。
営業は数字だ。
達成か未達か。
それだけが評価される。
プロセスだとか、がんばりだとか、そんなものにはなんの価値もない。
「この業界じゃよくあること、か」
夏海の言葉は、俺にではなく自分自身に言っているかのようだった。
「わたしたち、いつからこんな風になっちゃったのかな」
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