第3話 約束どおり、結婚しにきた、よ?

 俺が部屋を借りているマンションは、靭公園というバカでかい公園の近くにある。

 何の変哲もない築20年の1LDK。

 いいところは小さいマンションなので、ひとつの階に二部屋しかないことだ。

 梅田からタクシーで数分、駅なら一駅、徒歩でも約30分。

 大阪にきて思うのは、東京は緑が多くていい街だったということだ。

 東京に比べれば、大阪のほうがよほどコンクリートとアスファルトしかない。

 なので俺は、数少ない公園の近くに住んでいる。

 誰もいない部屋に帰宅した俺は、リビングの明かりをつけた。

 必要最低限のものしかない、殺風景な八畳のフローリングが広がっている。

 我ながら生活感のない部屋だが、そもそも平日はずっと仕事で外に出ているし、こんなものだろう。

 俺はローテーブルに鍵と財布を放り出し、ソファに腰を落とした。

 スーツが皺になるが、まあいいさ。

 生駒雪乃のことを考える。

 入社2年目で、あるいは2年目だからこそ、自分の仕事にしっかりとした軸を持っている。

 それは、いまの俺にもうないものだった。

 だが。

 生駒、お前はいい営業かもしれないけど、数字を取れる営業じゃない。

「ま、そこをなんとかするのが、俺の仕事さ」

 俺は胸中の言葉を声に出していた。

 数字を外せば評価が下がる。

 だから、誰もが数字を追いかけるようになる。

 クライアントに真摯に向き合い、採用活動に伴走し、徹底的にサポートする?

 ときには選考フローや人事制度の改善も提案し、クライアントの人事担当者よりもその企業のことを理解している存在になる?


 まったく、笑えるぜ。


 そんな理想と、現実は違う。

 現実は売上の数字で、結果として給料やポジションだったりする。

 そのために仕事をしている。

 それが大人で、社会人で、働くということなのだとしたら。

 俺もふくめて、本当にどうしようもない。

 彼女には、できればそうなってほしくないとは思う。

 一方で、そんなことは無理なのだということもわかってる。

 理想を語って目を輝かせていたやつが、数字の亡者になるところを俺は何度も見てきた。

「さて」

 俺はあくびを噛み殺し、重い腰を上げた。

 明日も仕事だし、さっさとシャワーを浴びて寝たい気分だ。


 ぴんぽーん


 という音が室内に響き、俺はぎょっとした。

 こんな深夜にインターフォンが鳴ったら、そりゃ驚くだろう。

 不審に思って反応しないでおくと、数秒の間を置いて再びインターフォンが鳴る。

 何度も何度も何度も。

 ぴんぽん、ぴんぽん、うるせえよ。

 俺は仕方なく玄関に向かった。

 うちのマンションはオートロックでもなければ、室内で映像を確認できるタイプのインターフォンでもないので、部屋の前に誰かがきているということだけがわかる。

 俺はイラついていたので、相手を慎重に確認しないままにドアを開け放った。

「こんな時間に――」

 目に入った訪問者の姿に、俺は声をなくした。

 ドアの前に立っていたのは、制服を着た女の子だった。

 ネクタイを締めた白いブラウスの上からカーディガンを羽織り、チェックのスカートの裾は明らかに短い。

 女子高生だった。

 どこからどう見ても、いまどきのJKの格好だった。

 ドア前の薄暗い照明に、鮮やかな金髪がきらきらと輝いていた。

 値踏みするような視線を向けられて、俺は言葉もなく謎のJKを見返す。

 真っ青な瞳だった。

 日本人ではなく、外国人なのかもしれない。

 テレビやネットで見るファッションモデルのような、恐ろしく整った顔立ちをしていた。

 小さな顔に、大きな瞳と通った鼻筋、バランスのいい口元。

 白い肌にすらりとした長い脚、出るところは出ている抜群のスタイル。

 いや、そんなことは些細な問題だ。

 俺はなぜ、こんなJKの訪問を受けている?

 するとは彼女はどこか照れたようにして、不意に目をそらした。

「あの――」

 少し緊張している硬い声。

 ちらりと俺を見やり、JKは言った。


「約束どおり、結婚しにきた、よ?」


 ああ、そうか。

 これはそういうあれだろ。

 コスプレで部屋に訪問して、そういう設定であれこれやっちゃうやつだろ。

 俺は勝手に納得して、だから目の前のJK風の女の子に言ってやった。


「デリヘルの部屋間違ってますよ」


 俺は思い切りビンタされた。

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