第4話 お前は誰なんだよ!?
見ず知らずの美少女が「結婚しにきた」などと目の前に現れる。
そんな展開はエロゲやラノベなら大歓迎かもしれないが、実際に我が身に降りかかると混乱するしかない。あるいは恐怖ですらある。
夢かも知れないと思ったが。
ビンタされた頬の痛みが、これは現実だということをいやというほどに俺に教えてくれていた。
「あ……っ!」
手を出してからまずいことをしたと思ったのか、JK風女の子は俺をビンタした自分の右手に視線をやり、それから直角に腰を折り曲げて頭を下げた。
「す、すまない!」
その動きに合わせて腰の辺りまである金色の髪が、彼女の背中をさらさらと滑り落ちる。
綺麗な髪だな、と俺はどうでもいいことを思った。
目の前のことに感想をもらすくらいしか、頭が回らなかったのだ。
「いや、ああ、そうだな……」
俺はなにを言えばいいのかまったく判断できないまま、とりあえず口を開いた。
だが、具体的な言葉はなにも出てこない。
本当に予期しないことに出会ったとき、人は冷静ではいられないし、取り乱すわけでもない。ただ、茫然としてしまうだけだ。
すると、JK風女の子がゆっくりと頭を上げて言ってくる。
「君が、いきなりあんな失礼なことを言うからだぞ、バカ」
まるで昔からの知り合いであるかのように、親しい口調だった。
だが、もちろん俺にはこの子が誰なのかさっぱりわからない。
「久しぶりだな……イチノセ・ソーゴ」
名前を呼ばれて、俺はさらにぎょっとした。
なぜ俺の名前を?
どうしてだ?
本当に誰なんだ、この子は?
俺の疑問に答えるというわけでもないだろうが、彼女は言った。
「えと、そうだな。改めて自己紹介しておこう。ラクシュリア・イリアス・アイ=ディー・ユーキリスだ。ユーキリスの血統、アイ=ディー公の一族、イリアスの娘」
自己紹介されても、なにかを思い出すということはなかった。
だが、こちらの沈黙を肯定と理解したのか、彼女は青い瞳を少し潤ませてはにかんだ。
「もちろん、ラクスと呼んでくれていいぞ」
大人っぽさと可愛らしさが同居する、日本人には決して出せない、幻想的な魅力だった。テレビで見るアイドルなんて、どこかに霞んでしまう。
「遅くなってしまったが、ようやく私の身の周りも落ち着いた。やっと君と結婚できるような環境になったのだ。だから、約束を果たしてもらうぞ」
「いや――」
またそれだ。
なんだ、その結婚の約束ってのは。
そんな約束した覚えもなければ、そもそも彼女が何者なのかもわからない。
だが、俺の名前を呼んでいる以上、人違いということでもないんだろうな。
俺はなにから問いただせばいいのかと思った。
聞きたいことが多すぎる。
ラクスと名乗った女の子は、俺を見つめて小首を傾げた。
長く尖った耳がひこひこと動いている。
……?
どこからどう見ても、つくりものじゃない。
コスプレとかそういう類じゃない。
俺は反射的に彼女を指さして言った。
「なんだそれは!?」
「む。なんだと言われても困るのだが」
そう言った彼女は少し不快そうに眉間に皺を寄せたが、さも当然だと言わんばかりに胸を張った。
「エルフなのだから、こういうものだろう」
「はあ……?」
エルフ?
エルフって言ったのか?
エルフってあのエルフ?
ファンタジーな世界観設定のゲームやラノベや漫画なんかで有名な、あのエルフ?
冗談も大概にしておけよ、と俺は思った。
思ったが。
エルフと聞かされると、目の前の女の子は、確かに俺がよく知っているエルフそのものだった。もちろん、学生時代に俺が慣れ親しんだファンジー作品に登場するエルフは、JKみたいな服装じゃないけどな。
俺が知っているエルフは、森に住まう争いを好まない民で、魔法と弓矢の名手で、美男美女ばかりで、寿命が人間よりもはるかに長い。そういうやつらだ。
「いつまでも立ち話をしているのもなんだから、そろそろ部屋に入れてほしいのだが」
俺の困惑などまったく無視して、自称エルフは言った。
「〈黒鋼世界〉からこっちの世界にくるのはそう難しくないが、君を探し出すのには少々骨が折れたぞ。なので、少し休みたいのだ」
「〈黒鋼世界〉……?」
「私がいる世界のことだが?」
つまり、なんだ、この自称エルフは。
異世界から俺と結婚するためにやってきたってことか?
わけがわからない。
わけがわからないから、俺はようやく。
「いや、だから、お前は――」
一番初めに、言うべきだったことを言った。
「――お前は誰なんだよ!?」
それを聞いた自称エルフは、真っ青な瞳を大きくした。
鳩が豆鉄砲を喰らった顔というのは、こういうことを言うのかも知れない。
そして、数秒の間を置いて唇を噛みしめた。
まるで、自分が投げられた言葉の意味を、時間をかけて理解をしたかのようだった。
やがて。
「うっ……ぐすっ……」
両方の瞳に涙を浮かべ、みるみるうちにそれが零れて頬を伝う。
女の子を泣かせるというのは、恐ろしい罪悪感だ。
たとえそれが、見ず知らずの自称エルフでも。
俺が戸惑っていると、彼女は涙をこらえながら、掠れた声で言ってきた。
「わ……私のこと……忘れてる……なんて……」
肩を震わせて、彼女は右手を強く握る。
「ソーゴの……」
俺はなんとなくいやな予感がした。
「ソーゴのバカアァァァァァァァァァァッッッッッッ!!」
俺は思い切り腹パンされた。
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