第5話 JKエルフ社長か

 自称エルフが言うには、だ。

 彼女の世界である〈黒鋼世界〉は人類の国家である新生連合帝国と亜人の国家である東部同盟王国が、大陸を東西に二分する塹壕線を構築して戦争を数十年続けていたらしい。

 その理由は東部大陸に眠る石油や良質な鉄鉱石といった豊富な地下資源の権益を争うもので、俺は生臭い理由にげんなりした気持ちになった。

 だって、異世界なんだろ?

 もっとこう、あるだろう。

 魔王が侵略してきたとか、とんでもない魔法的な金属が発見されたとか。

 いや、この際、俺のそんなもやもやはどうでもいい。

 なんにせよ、現在は両陣営の融和派が結託して戦争は終結し、和平が成立しているそうだ。

 エルフはその亜人国家連合である東部同盟王国の主要構成国家のひとつであるソフィア王国を統治している種族で、金髪碧眼に真っ白い肌と尖った耳を持つ。

 俺が知っているエルフは争いを嫌っていたが、現実のエルフはそんなことはなく、戦争にも積極的に参加していたそうだ。

「私は王国で異世界貿易商社を経営していて、こちら側の世界から仕入れた商品を自社の物流に乗せて世界中に卸している」

 俺の部屋に上がり込んだラクスは、律儀に正座するとローテーブルに名刺を置いた。

 見たこともない文字と、ウサギに似た動物をモチーフにした会社のロゴが並んでいる。

 俺はその名刺を手に取ってしげしげと眺めた。

 裏返すとアルファベット表記になっていた。

 彼女の言葉を信じるなら、こちら側の世界でも使えるようにってところか。

「ラビットストリーム」

 俺は名刺にある英語名の社名を読み上げた。

「うむ。私で三代目になる」

 玄関先でJK風の女の子と言い争いをして泣かれてしまう、という状況は通報されると俺の社会人人生の破滅を招きかねなかったので部屋に入れたのだが。

 これはこれで失敗したかもしれない、と俺は思った。

 二七歳の男の部屋にいる、JK風の女の子。

 客観的に見て、援助交際っぽい。

「つまり、違う世界を行き来できるってことか?」

「そうだ」

「それこそ魔法みたいなやつで?」

 俺は自分の言葉に、思わず苦笑した。

 本棚に並んでいる漫画やラノベ、あるいはテレビ台の下にあるゲームソフトにちらりと視線をやる。

 そう、異世界と言えば魔法に決まっている。

「精霊宝石という道具がある。私たちの世界では、魔法は精霊世界〈ネバーランド〉にいる精霊の遺骸が結晶化した精霊宝石に、魔法プログラマが専用の端末でコードを書き込むことによって使うことができる」

 そう言った自称エルフは、背負っていたリュック――なんとこっちの世界のブランドだ――からルビーに似た深い赤色をした宝石を取り出した。

「これが精霊宝石だ。カタリナ・クルスという人間種族の魔法プログラマが、こちら側の世界から人間を召喚するコードを開発したのだ。それを応用して、結構気軽に世界を行き来できるコードが開発された。精霊宝石そのものはとても高価ではあるがな」

「それで異世界貿易ってわけか」

 俺は深く考えるのをやめた。

 考えたところで、彼女の言葉の裏付けを取ることは不可能だった。

 それにだ。

 頭ごなしに否定することは簡単だが、現実として自称エルフは目の前にいるし、ぬるオタの俺を引っかける旧友からのドッキリにしてはやりすぎだ。

 なによりも、もっと重要なことがある。

 俺はごくりと息を呑み、言った。


「で、結婚っていうのは、どういうことだ」


 自称エルフは殺し屋みたいな目つき――いや、実際にそんな職種のやつに会ったことはないが――で俺を睨み、そして盛大にため息をついた。

「はあ、そうだろうそうだろう。私のことを覚えていないのだから、約束のことも覚えていないのだろうな。まったく、本当に。私の乙女心をどうしてくれるのだ。一人でドキドキしていて、バカみたいじゃないか……」

「それ、ホントに俺のこと……なんですよね」

 睨まれて、思わず敬語になってしまった。

「こんな大事なことを間違うわけがないだろう。君はイチノセ・ソーゴ。シーガルキャリアという会社に勤めている。職種は営業」

「お、おう……」

 間違いなく俺だ。

 勤務先まで知られている。

 ちょっと怖い。

 だが、彼女の言葉が本当だとしたら、俺はとんでもない最低野郎ということになる。

「いや、まってくれ。確かに俺は一ノ瀬蒼梧だけど。いくらなんでも、そんなインパクトある約束を忘れたりするか? ましてや、こんな可愛い女の子と――」

 俺はそこまで言って口をつぐんだ。

「可愛い?」

 彼女はにんまりした口元を必死に噛み締めて、尖った耳をひこひこと動かした。

 感情で耳が動いてしまうのだろうか。

 犬みたいなやつだな。

「君は、私のこと、可愛いと思うのか?」

「……まあな」

 俺は正直に言った。

 思うものはしょうがない。

 自称エルフは尖った耳をわずかに赤くして、さらに激しく動かした。

 俺から目線を逸らして小さくガッツポーズをつくり、なにやら小声でつぶやいている。

「そ、そうか……よし……! やった! よかった! 覚えていない上にタイプでもないとかだったら、本当に立ち直れないところだった。きっと大丈夫、ワンチャンある。がんばれ、私……!」

 一人でそう言うと、彼女は顔を上げた。

 視線が交錯する。

「とにかく、ソーゴが覚えてなかろうと、私たちは昔出会って結婚の約束をしたのだ」

「そうは言われてもな……」

「私は了承してくれるまで帰らないぞ!」

 有無を言わせぬ口調に、俺は深々とため息をついた。

 真っ青な瞳に決意の光のようなものを宿して、彼女は俺を見据えてくる。

「ぜ、絶対に帰らないからな!」

 駄々っ子じゃねえかよ。

 それにいくら可愛いって言っても、どう見ても十代だ。

 俺からすればまだ子どもだぞ。

 仮に彼女が日本人だったとしても、結婚どころか付き合う気にもならねえよ。

 そもそもJK相手は犯罪だ。

 そんなことを考えて、俺は不意に思った。

「なあ、その服って制服だろ? なんでそんなの着てるんだ?」

「なぜと言われても。制服だからだ。私は王国の高等学校に通っている学生だからな。忙しくて服を選ぶのが面倒なので、普段からこの格好なのだ。それにこの格好だと取引先にすぐ覚えてもらえるんだぞ?」

「マジか……」

 本当にJKだったのか。

 学生社長というやつか。

 こっちの世界でだって、JK社長はいないわけじゃないけどな。

 確かにそいつらは、制服でテレビに出演したりしている。

「JKエルフ社長か」

 俺は思わず言葉に出して、わけのわからない属性の多さに笑うしかなかった。

 それにしても、まさか本物のJKだったとはな。

 やっぱり普通に犯罪じゃねえか。

 俺は縁起でもない事実にぞっとしたが、当の本人は、

「JK……?」

 などと怪訝な顔をしている。

 向こう側の世界では、女子高生はJKとは言わないらしい。

 これで俺の結論は決まった。

 いや、最初から決まってはいたが。

 俺は重い腰を上げると、また深いため息をついた。

「とにかく、こんな時間だし。今夜だけは泊めてやるから、明日さっさと出ていってくれ」

「なっ……そんな仕打ちがあるか」

 JKエルフ社長は首をふるふると振って、尖った耳を垂れ下げた。

「私を捨てないで……!」

「変な言い方するんじゃねえ」

「なんでもするから!」

「だから、そういう言い方はやめろ」

「か、金か? 金をやろう! それとも身体か!? 大丈夫、覚悟はしてきたから。でもその前にお風呂に入りたい……」

「なんの話だ!?」

 俺は必死にいやいやをするJKエルフ社長と小一時間口論し、強引に寝室に引っ込んで鍵をかけた。

 ドアを激しく叩く音が聞こえるが、無視する。

 ベッドに倒れ込み、これは夢に違いないと思う。

 俺は居酒屋で、間違ってウーロンハイでも飲んでしまったのだろう。

 明日になれば、なにごともなく一日が始まる。


 そうに違いない。


 そうであってくれ。


 頼む……!


 俺はそれ以上なにも考えられず――速攻で寝た。

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