第16話 いい提案をするだけで受注ができていた時代は
今回のアポはあくまでも地均しだ。
提案なんて書いて、身構えられても困る。
「今日は予算の話はしません。あくまでも御社にとってなにがベストなのか。そこを一緒に考えさせてください」
我ながら白々しいが、こういう建前は必要だ。
手元の資料を勝手にめくろうとする山崎を制するようにして、俺は続けた。
「山崎さんは、こちらには転職ですか?」
「ええ、そうです」
ぴたりと手をとめて、山崎が答える。
「そうですか。前職も人事を?」
資料の中身を話すわけでもなく、山崎のプロフィールを聞いていく。
営業にとって、相対する人事担当者の情報は重要だ。
中途採用の提案をするにしても、担当者が転職を経験しているかどうかで話す内容も変わってくる。あるいは、人事畑をずっと経験してきているかどうかでも。
山崎はプロミスワークスには二年前に中途採用で入社し、今年の四月からマネージャー。前職は大手の冠がついているシステムインテグレーターの人事で、ゲーム好きだったのと急成長している企業で人事としてキャリアアップしたいという動機で転職した。
「へえ、いいですね。私も就活ではゲーム会社を受けたんですよ。全滅でしたけどね。正直、山崎さんがうらやましいですよ。私もプロミスワークスさんに転職したいな」
「そうなんですか。一ノ瀬さんもゲーム好きなんですか」
「ええ、〈ワルキュリア・キリングフィールド〉も、かなりガチャを回しております」
笑いが起きる。
「常盤さんは新卒入社でしたよね」
すかさず生駒が、女のほうに話を振った。
「はい。シーガルさんのガルナビも使っていましたよ」
「ありがとうございます。常盤さんもゲームが好きなんですか?」
常盤はいわゆる関関同立と呼ばれる関西では一流どころの私立大学からの新卒入社。三年目。ゲームにはビジネスとして興味があるタイプの人間で、ゲーム開発というよりは経営企画や事業戦略に進むキャリアを描いている。
「私は面白いゲームをつくれば売れるという時代は、とっくの昔に終わったと思っています。もちろん、面白いことは大前提だとは思いますが」
三年目の若手が知ったようなことを言うじゃないかとも思うが、そのとおりなんだろう。
いまは縮小した国内市場のパイを取り合いながら、同時に日本のゲームをどうやってグローバルに売っていくのかを考えなければならない時代だ。
そういう意味では彼女みたいな人材はゲーム会社には必要不可欠だろう。
数年で、山崎と常盤の立場は入れ替わりそうな気がする。
「でも、あれですね。年齢は山崎さんのほうが上ですが、年次で言えば常盤さんのほうが上なんですね」
俺はさらりと言ってみた。
上司と部下という関係性ではあるが、先輩と後輩という意味では逆転する。
「ええ、常盤にはいつも厳しく言われていますよ」
山崎がおどけたように言ったが、常盤は平然としていた。
二人の力関係は、なんとも難しい。
最終的なキーマンは常盤のほうかもしれない。
俺たちの仕事もゲームと同じようなもので、いい提案をするだけで受注ができていた時代はとっくの昔に終わっている。
ときには人事担当者のメリットを第一に考えた提案をすることもある。
予算、マンパワー、社内の評価、そういったあれこれだ。
クライアントと俺たちは、あくまでも提案する側とされる側。
発注元と業者という関係性でしかない。
採用活動のパートナーだとか、企業理解の深い伴走者だとか、建前でどう言おうが。
それは絶対に変えられない厳然たる立場の違いだ。
だが、錯覚させることは必要だ。
採用マーケットのデータや他社事例をベースに、いかにもビジネス然とした数字と横文字だらけの会話をしていたところで、なにもいいことはない。
そんなものは、仕事をした気になる単なる自己満足なんだよ。
隙があればどうにかして距離を詰め、疑似的な友人関係をつくっていくことが必要だ。
たとえば同僚には相談できないが、外部の信頼できる人間であれば相談したい会社や仕事のこと。そんな情報を取れるくらいには。
それは人事としての査定の話だったり、組織として困っていることだったり、社内のちょっとした派閥のことだったりする。
仕事のできる営業は、そこから浸透していく。
自分の数字になるものを売りながら、絶妙に人事担当者にもメリットなるような提案を持っていくんだ。
そうやって競合を排除してうちのバジェットを上げ、やがて一社独占の状態をつくる。
コンペのオリエン資料をうちがつくって、なに食わぬ顔で参加するなんてこともあるくらいだ。
俺が入社したころは、そんな芸当をやってのける百戦錬磨の営業マンがわずかに残っていた。俺のメンターもそうだった。かつては人材輩出企業ともてはやされたたシーガルの底力、最後の残り火を見た気がした。
だが、そんな連中はもういない。
みんな転職したよ。
HR事業は景気の動向をもろに受ける。
不況になったら、真っ先に絞られるのは人件費で、それは採用数の減少に直結するからな。
ところが、俺が就活をしていたころから、日本は空前の好景気だ。
新卒採用も中途採用も、ニーズはばんばんある。
するとどうなるか。
現場の営業には無茶な目標が下りてくる。
結果、利益率の高いメディアを手っ取り早く売りさばくことが求められる。
時間のかかる関係性構築なんて、やっている暇はない。
さらには営業の半分以上が三年上限の契約社員で、一年ごとに担当が変更になるような環境だからな。
いまとなっては、古き良き文化ってやつさ。
俺だってそんな伝統芸能みたいな営業をいまさらやる気はなかったが、メディアを売りさばくにしてもやり方ってものはある。
決済のキーマンを押さえることだ。
そこを見つけられないで提案をしているようじゃ、いつまで経っても結果は出ない。
「常盤さんからは、是非うちにも厳しく言っていただけるとありがたいですが」
俺はそう言って、資料の表紙をめくった。
常盤は小さく笑っていた。
用意した資料には、生駒がヒアリングして俺と朝倉に共有した内容がまとめられていた。クライアントのニーズとしてこちらが理解していることとの齟齬をなくすためだ。
生駒のヒアリングに落ち度はなく、齟齬はなかった。
経験者採用が難しいマーケットの状況は理解してもらっていたし、遠方での面接には電話やスカイプを利用すること、入社時の引っ越し費用を出すことなど、細かいフォローもしてくれることになった。
問題は集客だな。
生駒の資料には、ガルナビNEXTに四週間掲載した場合のPV数と応募者数、選考通過者数、最終的な内定者数、それぞれのシミュレーションが記してあった。
こいつは業界・職種・マーケットの状況を鑑みた相場から叩き出した数字だが、ゲーム業界の経験者採用ともなると、うちのメディアが不得手だということを告白するようなものだった。
最も大きな掲載枠であるG5が掲載順も優先されるので一番効果は大きいが、それでも各職種に対して決定者はせいぜい三名程度だ。
この数字を甘く出すこともできるが、生駒はそうはしなかったらしい。
相変わらず生真面目なやつだ。
「シミュレーションの数字、あまりご満足いただけるものではないかもしれません。けれど、ゲーム業界の経験者採用というのは、どこのメディアも難しいものなんです」
生駒が、言葉を噛み締めるように言った。
「決定者を増やすには母集団を増やすしかありません。ゲーム業界に強いニッチなメディアもありますし、エージェントを使うという手も――」
「あるとは思いますが」
俺は生駒の言葉を遮った。
こいつ、他社メディアやエージェントと連携することを勧めようとしやがって。
生駒が横目で睨んでくるが、俺は無視した。
「御社ほどのネームバリューなら、転職メディアに掲載すれば興味のある顕在化層には自然とリーチすると思います。であれば、まずは人材業界最大手である弊社のガルナビNEXTに掲載して、リーチできるターゲット層を刈り取ったほうが効率的でしょう。業界に強いニッチなメディアやエージェントは、そのあとの潜在層の掘り起こしに使えばいい」
咄嗟に言ったにしては、それらしい言葉だ。
生駒が俺の足を思い切り踏みつけてくるが、どうにか表情をたもつ。
その隙に、生駒が言った。
「とはいえ、呼び込んだ各職種の応募者を集める受け皿は必要になると思います。会社説明会を用意したほうがいいかもしれません。御社はキャリア採用のホームページで通年募集されていますよね。そこからの応募者も説明会に誘導できますし、一度設計しておけばこれからの採用にずっと使えますから」
「新卒向けのものはありますけど、中途採用では説明会はしたこがありません。御社ならそこもお手伝いいただけるのですか? 新卒と中途では、伝えるべきことなども違うと思いますけど」
採用の実務を担当している常盤女史にしてみれば当然の疑問だろう。
この流れだと、手弁当でやってくれそうにもない。
くそ。
面倒を増やしがって。
「もちろんです」
仕方なく、俺は言った。
にこやかに。
「もともと、そこも含めてご提案をさせていただくつもりでしたから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます