殺せ、その命尽き果てるまで

雪瀬ひうろ

プロローグ 「振り下ろされる剣」

「殺してください」


 少女は冷たい水のように澄んだ声でそう言った。

 剣を構えた男は、彼女の言葉にゆっくりと頷く。

 次の瞬間――彼女の首は落ちていた。

 それはまるで朝の陽ざしに当てられ、木の枝から滑り落ちる積雪を思わせる。それほどに滑らかな落ち方であった。彼女の斬り落とされた首は、本来、そのように胴から切り離されていることが摂理であったかのように、自然と地面の上に転がっていた。

 男が振るった剣は、音を置き去りにした。その神速とも呼ぶべき一太刀が彼女の首と胴体をそっと切り離したのだ。

 男は、彼女の首の前に膝をつき、彼女の顔を見つめる。

 今、首を断たれた人間とは思えない眠るような穏やかな彼女の表情。

 それが、彼女に苦痛を与えずに命を断てたことの証明だった。

 男は神に祈らない。

 神は残酷で残忍で、人を裏切るもの。

 男はそう思っているからだ。

 ゆえに男は彼女の死後の安寧を神に託そうとは思わない。

 男が信じるものは、ただ一つ。

 自分を地獄の底から拾い上げてくれた少女だけ。


「………………」


 男は、そっと愛しい女の首を抱いた。

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