第3話「化物の爪②」

「さっさと酒を持ってこい!」


 お父さんはいつもそうやって怒鳴り散らす。お母さんは、何も言わず、黙って用意していたお酒を持っていく。お酒があれば、少なくともそれを呑んでいる間は、お父さんは静かになる。私たちが怒鳴られることはない。

 だけど、貧乏なうちの家にいつもお酒があるとは限らない。


「はあ、酒がないだと?」

「……ごめんなさい」


 お酒がないとお父さんは輪をかけて不機嫌になる。お母さんを悪し様に罵倒するだけなら、まだいい方だ。苛立ちが募るとお父さんは、お母さんを殴り始める。


「てめえが、そんなんだからまともに金も稼げねえんだろうが!」


 そう言って、お母さんの顔を何度も何度もぶつのだ。

 お母さんはされるがままで、何も言わず、ただひたすら耐えている。

 私がそんな光景を家の隅で見ていると、


「なんだ、エイラ。おまえも殴られたいのか!」


 父の何かに火が付き、私に怒りの矛先が向く。

 いくら殴られてもまるで人形のようにただ嬲られるがままだった母が、そのときだけは焦り出す。


「やめてください。あの子は、エイラは殴らないで。あの子は普通の子なんですから」

「うるせえ!」


 そう言うと、父はまた母を殴り始めるのだ。

 それが私の中にある母親のほとんど唯一の記憶だ。

 気が付くと、お母さんは居なくなっていた。お父さんは言った。


「あいつは出て行った」


 私はそれがすぐに嘘だと解った。お父さんは嘘をつくときはいつも髭を撫でつけているから嘘をつくときはすぐ解る。

 だから、それでお母さんはもう二度と返ってこれない場所に行ってしまったんだって、解った。

 それからは本当に地獄のような日々だった。


「その程度の仕事もまとも出来ねえのか!」


 お父さんは気に入らないことがあるとすぐに私を殴った。お父さん程度の拳では私が傷つくことはほとんどない。それでも、何度も何度も執拗に殴られていると、さすがに堪える。特に目や鼻みたいな柔らかい場所に当たると最悪だ。だから、私は殴られている間はひたすら背中を向けて丸くなる。それなら、それほど大した怪我をせずに済むから。

 でも、難しいのはいくら大した痛みがないからといって、平気な顔をしてはいけないということだ。私が殴られている間も澄ましたような顔をしていると「その顔をやめろ」と殴る勢いが一層ひどくなるのだ。だからこそ、それなりに痛みを感じているような顔はしていなくてはならない。まあ、まったく痛みを感じないというわけではないから、それは別に難しいことではなかったのだが。

 お父さんは猟師だったが、ほとんど狩りには出かけなかった。だから、うちの家計は私が村の屠殺場で稼いでくる収入で支えていた。


「……おはようございます」


 私は毎日恐る恐る、村はずれの屠殺場を訪れる。


「おせえんだよ、愚図が!」


 私の朝はそうやって屠殺場の主人に罵られるところから始まる。


「さっさと処理をしろ」


 私の仕事は家畜を解体して出た、食べられない内臓や使い道のない皮を処分すること。殺されたばかりの家畜は、真っ赤な血をぶちまけて、目を見開いて死んでいる。私はその家畜の腹を裂き、食肉になる部分を傷つけないようにしながら、内臓を抜く。さっきまで生きていた内臓は生暖かい。中にはまだ脈を打っているものもある。だけれど、ただ機械的にそれを引き抜いていく。

 それが終わるとナイフを使って、皮をはぐ。皮と肉の間に刃を添わせ、そっと引きはがしていく。べりべりと皮がはがれる感触は、自分にできた大きなかさぶたを取っているときに似ている。肉を無駄にしないように丁寧に解体していく。

 食われるために生かされ、殺される家畜たち。最初は残酷で可哀そうだと思ったが、次第にそんな感情は擦り切れ、鈍麻していく。目の前にあるのは、ただの肉塊に過ぎない。そんなものに哀れみの感情を持つ方が嘘だ。

 そして、仕事をこなしていく内にいっそ殺される家畜がうらやましい、そんな感情すら芽生え始めた。この家畜たちは、少なくとも殺されるまでは、餌を与えられ、住処を掃除してもらい、病気にならぬように薬だって与えられている。いつも殴られてばかりいる私とは、扱いには天と地ほどの差がある。


「ほらよ」


 一日の仕事を終えると主人は投げ捨てるように雀の涙の銀貨を投げ渡す。これはほとんどすべてがお父さんの酒代に消える。私はお父さんに酒を飲ませるためだけに一日を費やしている。

 処分した内臓をこっそりと持って帰る。普通の人はこんなものは食べないけど、私にとってはごちそうだ。小屋の周囲の野草だけでは腹は膨れないから。たまに、食べてはいけない類の内臓だったのか、腹を下すこともあったけど、慣れてくると食べられる内臓と食べられない内臓の区別がつくようになってくる。それで私はなんとか食いつないでいた。

 それでも、家畜の屠殺なんて毎日あることじゃない。朝、屠殺場を訪れても「仕事はない」と言われることも多かった。それなら、仕方がない。そういう日は、ひたすら食べられる野草集めに精を出した。それくらいしか自分にやれることはなかったから。

 そんな姿を村の子供に見られることがある。


「おい、出たぞ、あれ」

「うわ、雑草集めてるよ」

「ていうか、肉以外も食うんだ」


 そんな声と共に嘲け笑いが聞こえてくる。

 無視していると背中に何かが当たる。石を投げられているのだ。子供が投げられる大きさの石なんてたかが知れている。目に当たりでもしない限りは問題ない。むしろ、嫌なのは泥団子なんかをぶつけられることだ。そうすると必然的に髪や服が汚れてしまうから洗う手間が増える。だから、小石をぶつけられた日は、むしろ運がいい日だ。

 私は自分に向かって石を投げている村の子供の方をそっと振り返る。


「うわ、こっち見たぞ!」

「おい、逃げろ!」


 そうすると、彼らはすぐに逃げていく。

 村の子供たちは私を嘲弄はしても、決して私に近づいてくることはなかった。

 町に出ても同じことだ。

 酒の買い出しのために町に出ても、周囲の人間のささやき声が耳に入ってくる。


「ほら、あれ――」

「ああ、あれは――」


 村の子供ほど節操はない悪口雑言は飛ばなかったけれど、自分を見る刺すような冷たい目線は常に感じていた。だから、町にもあまりいい思い出はない。




 自分はいつ死ねるのだろう。

 いつからかそんなことを考えるようになっていた。

 自分より一足先に居なくなったお母さんをうらやましいとすら思っていた。

 そんなある日、それは起こった。

 野草を集めに森に入ったときのことだ。


「あれ……?」


 森の木々の間に折り重なるように倒れている複数の死体を見つける。横転した馬車に、いっぱいに剣や弓といった武器の類が積み込まれている。持ち物や服装を見るに武器商人の一団か何かだったのだろうか。皆一様に苦悶の表情を浮かべ、絶命している。

 最初は野盗に襲われたのかと思った。ここらの地域は非情に治安が悪い。グロリアという国の首都が滅んだのが原因らしいが、私には詳しいことは解らない。だが、野党が出たなんていう話は日常茶飯事だった。

 しかし、単に野盗に襲われたというわけではないらしい。

 私が目に付く範囲でも金目のものがいくつも転がっている。金目当ての野盗ならば、これらを放置するのはいかにも不自然だ。それに殺し方があまりに残忍すぎる。私は屠殺場で働いているから解るが、生物を殺すには急所を突けば十分だ。だが、これらの死体は、執拗に壊されている。手足がちぎれていたり、顔面がつぶされている死体もあった。

 その中で他の死体と少し様子の違う死体を見つける。

 その死体だけは、周囲の死体と服装が違ったのだ。他の死体はそれなりに身なりが良さそうな格好だったのだが、その死体だけはぼろぼろの外套一枚しか羽織っていなかった。その死体は手に剣を握ったまま、胸をナイフで突かれて死んでいた。

 想像するにこの男が襲撃者だったのではないだろうか。

 この男が剣を持って、商人の一団に襲い掛かり、殺戮の限りを尽くしたものの、一団の誰かの反撃に合い、殺された。生存者が近くに見当たらない辺り、この襲撃者を殺したものは逃げ伸びたか、相打ちとなって死んだかのどちらかだろう。

 運のない人たちだ。可哀そうだとは思う。だが、それ以上の感情は浮かんでこない。そんなことよりも金目のものが残っているのは幸運だ。誰か他のものに見つかる前に回収しないと。

 そんな算段をつけていたときだ。


「……え?」


 襲撃者と思しき男の死体から何かどす黒い靄のようなものが立ち上り、


「——————」


 その靄に呑み込まれた私は意識を失った。




 次に気が付いたときには、私は血だまりの中に居た。

 今日は屠殺の仕事があったのだろうか。そんなことを考える。だけれど、私の足元に転がっていたのは家畜ではなかった。


「……お父さん」


 丸々と肥えたその死体は、解体したらたくさん肉が取れるだろうな、そんなことを思った。




「私を殺しなさい」


 ミリアお姉ちゃんは、いつものように背の低い私にまっすぐに目を合わせて、そう言った。


「私を殺すのです」


 呆けている私に向かって、彼女はもう一度そう言った。

 私の中にあるどす黒い何かが再び大きくなっていた。お父さんを殺したことで消えていたはずのそれは、またたくさんの脚の生えた虫のように、私の中でごそごそと蠢き始めていた。

 殺したい殺したい殺したい。

 その気持ちは日を追うごとに強くなっていく。お父さんに虐げられ、村の人間にいじめられ、町の人々に白い目で見られていたときにも感じたことのない気持ちだった。

 その感情はまるで当たり前のような顔で私の心の真ん中に座っている。食べたい、寝たい、そんな感情の隣にそっと腰を下ろしている。

 そんな私の心の内を見抜いたのだろうか。ミリアお姉ちゃんは、自分を殺すように言い出したのだ。

 ミリアお姉ちゃん曰く、彼女は不老不死らしい。だから、殺されても生き返る。ゆえに、自分を殺すことは何の問題もない。そう言うのだ。

 私は不思議な話だけど、その事実をすぐに信じた。自分に起こっている現象を考えれば、この世に不老不死くらいあってもおかしくないし、何よりミリアお姉ちゃんが自分に嘘をつくはずがないと思ったから。

 だけれど、それでミリアお姉ちゃんを殺そうという気持ちにはならなかった。確かに、誰でもいいから命を奪いたい。そういう気持ちはあったのだけれど、まだ自分の中にそれを律する理性は残っていた。いくらお腹がすいているからといって、お金もないのに屋台の食べ物に手を出さないのと同じだ。


「ヴァイス」


 ミリアお姉ちゃんはヴァイスを呼ぶ。お姉ちゃんの説明によれば、ヴァイスも私と同じ呪魔の感染者らしい。


「……ヴァイスはミリアお姉ちゃんを殺しているの?」


 私はヴァイスに向かって問う。

 すると、ヴァイスはどこか気まずそうに顔を伏せて呟く。


「……ああ」


 そうなのか。自分の中で何かが崩れる音がした。だけど、それが具体的に何だったのか。私はそれを言葉にする術を持たない。だけど、ただ一つ言えるのは、このときにすべては終わりに向かい始めていたんだということ。


「……今日はもう寝ましょう」


 黙りこくった三人の沈黙を破ったのはミリアお姉ちゃんだった。

 その日は、それ以上、言葉を交わすこともなく、私達は眠りに就いた。




 それはそれから数日した夜中のことだった。私は夜中にふと目を覚ます。ベッドからそっと身を起こして、周りを見る。隣で寝ているはずの二人が居なくなっていた。


「………………」


 嫌な胸騒ぎがする。

 私は二人を探して、家の外に出た。



 

 二人はすぐに見つかった。

 なぜか私は二人がどこに居るのかすぐに解った。いや、正確にはヴァイスの居場所が解ったのだ。もしかしたら、ヴァイスの中にある『呪魔』のせいかもしれない。『呪魔』の感染者同士は引き合うのだろうか。

 二人は小屋の裏手の湖のほとりに居た。

 私は木の陰から二人をのぞき込む。

 ミリアお姉ちゃんはなぜか裸だった。座り込んたお姉ちゃんの後ろにヴァイスが立っている。

 ヴァイスの手元が月明かりを反射して鈍く光る。

 そこには剣が握られていた。

 それを見た瞬間、私の心臓はバクバクと音を立て始める。全身の血流が加速しているのが解る。見たくないのに、目を逸らすことも、閉じることもできなくて、まるで金縛りにあったように二人の一挙手一投足に見入ってしまう。


(嫌だ……)


 私は二人に家族を重ねていた。


(嫌だ……)


 ミリアお姉ちゃんはお母さんで、ヴァイスはお父さん。


(嫌だ……)


 二人こそが本当の家族で、私が今まで暮らしていた家族は偽物で――


(嫌だ嫌だ嫌だ)


 ――やっと本当の家族に出会えたのに


 剣は振り下ろされ、ミリアお姉ちゃんの首は地に。落ちた


(嫌だ!)


 私はその場から背を向けて走り出した。




 逃げろ、逃げろ。

 何から?

 二人から?

 違う。

 自分自身から。

 壊れそうになる。

 壊してしまいそうになる。

 自分自身の中で暴れる黒い感情から。

 逃げろ、逃げろ。

 絶対に捕まるな。

 逃げろ。

 ――世界の果てまで。




「化け物……」


 私は剣を振り下ろす。重たいはずの剣が軽い。やっぱり、身体能力は上がっているみたいだ。


「うわああああああああ!」

「ひいいいいいい!」


 私は背負っていた弓を手に取り、矢を放つ。


「ぎゃああああああ!」


 矢は見事に逃げた男の首筋を捉える。弓矢を使ったのなんて産まれて初めてだ。前の自分ならこんなにうまく当てられなかっただろう。『呪魔』とやらの力は、自分の身体能力のみならず、自分の身体を操作する力も上げてくれるようだ。

 殺された武器商人の一団の荷物が荒らされていなかったのは僥倖だった。森の奥だったから、発見が遅れたのだろう。おかげで武器の調達には困らなかった。


「化け物……化け物……」


 次の獲物を見つける。

 それはいつか自分に石をぶつけてきた子供だった。

 私は足もとに転がっていた石を拾う。散々やられてきたのだ。こういう意趣返しも面白いだろう。

 私は振りかぶり、憎いいじめっ子の顔面目掛けて石をぶつける。


「ぎゃあああああ!」


 額に石をぶつけられた子供は、痛みのためか地面にのたうち回る。額がぱっくりと割れて、赤い血が噴き出している。その断面図はまるでザクロの実のようだ。

 だが、投げたのがただの石だったせいか、まだ息がある。

 ——止めを刺さないと。

 私は剣を構えて、一歩ずつそいつに近づいていく。


「来るな! 来るなあ!」


 私を見た子供は目を見開いて、半狂乱になっている。


「化け物だ! 化け物だ!」


 精神を病んだ人間のように、同じ言葉を繰り返している。


「化け物だ! やっぱり、化け物だったんだ」


 私は剣を振り被る。


「やっぱり、トカゲの化け物なんて、殺しておけばよかったんだ!」


 私は剣を勢いよく振り下ろした。それで、そいつはもう喋らなくなった。




 お母さんは、リザードマンだった。

 いわゆる亜人という奴だ。ゴブリンやエルフと同じように人間と同じ言語を解し、人間と同じように社会を作っていきているけれど、人ではない種族。

 リザードマンはトカゲのように緑の鱗を持つ亜人だ。トカゲほどではないけれど、腰の部分にはしっぽもついている。人に比べれば口はずいぶんと大きいし、牙だって鋭い。手も人間よりも太くて大きいから、細かい作業はあまり得意でないけれど、力はある。そういう種族だ。

 私はリザードマンのお母さんと人間のお父さんの間に産まれたハーフだ。

 だから、私の身体の形は人間だけど、皮膚にはびっしりと鱗が生えている。口の大きさは人間だけど、爪も牙もお母さんに似て、鋭い。だけど、しっぽは生えていない。そこはお父さん似だ。

 お父さんとお母さんがなぜ結婚したのか。私はそれを知らない。だけど、少なくとも私の住んでいる地域で亜人と人間が結婚するのは普通のことではなかったようだ。周りから差別され、蔑まれ、そうやって私たち家族は生きてきた。


「おまえのせいで白い目で見られるんだ!」


 亜人と結婚した男として、嘲弄の対象となったお父さんはお母さんに当たるようになった。普通の人よりも丈夫なお母さんはそれを受け入れてしまった。そうやって自分が我慢していればいい。そう思ってしまったのだ。それが結果的に事態を悪化させた。抵抗しないお母さんにお父さんは激高し、そして、増長した。

 そして、いつしか家族という枠組みは歪な形に歪み、たわみ、ねじ切れてしまった。

 お母さんが普通の人間だったらよかったのだろうか。

 お父さんが亜人だったらよかったのだろうか。

 それとも、社会が二人を祝福さえしてくれたら。

 私はいくつもの「もしも」を考えて、考えて、考えて――

 結局、考えることをやめた。




「エイラ! しっかりしろ」

「エイラちゃん!」


 私を呼ぶ声がする。その言葉を頼りに重たい瞼を押し開ける。

 目の前に居たのは、ヴァイスとミリアお姉ちゃんだった。私はどうやらヴァイスの腕に抱かれているようだ。


「あ……」


 瞬間、腹に激痛が走る。私はそっと自分の腹部を見る。そこにはぽっかりと大きな穴が空いていた。自分の腹越しに、真っ赤な血に染まった地面が見えた。ああ、私を解体した人は下手だな。肉が残らないぞ、なんて考えて、口の端を歪めた。

 手足は全く動かない。大穴の空いた腹部からは今も血が流れだしていて、今この一瞬だけでも自分が生きていることの方が信じられない。もしかしたら、『呪魔』の影響力で普通の人より生命力が増しているのかもしれない。

 村で殺戮の限りを尽くしていると、やってきたのは騎士の一団。おそらくは逃げ伸びた村の誰かが通報したのだろう。私は逃げようとしたが、すぐに周囲を取り囲まれ、腹に大穴を開けられた。その場から離脱できたのが奇跡というほどのやられようだった。さすがに『呪魔』の力を過信しすぎたようだ。


「治癒魔術は?!」

「やっていますけど、私程度の腕前では……」


 ミリアお姉ちゃんが流れ続ける血を止めようと何かをしてくれているようだが、無駄だろう。私はもう間もなく死ぬ。


「……もういいよ」


 私は喉の奥から声を絞り出す。蛙の鳴くようなガラガラ声で言う。


「……もう死ぬから」

「馬鹿言うな!」

「絶対助けるから!」

「ううん、いいよ……だって――」


 必死に私を助けようとする二人に向かって言う。


「私は自分の意志で村人を殺したんだから」

「……!」

「自業自得だよ……」


 二人の目が大きく見開かれる。

 私は『呪魔』のためではなく、自分の意志でお父さんを殺した。

 村の人々だってそうだ。もし、今回、止められていなければ、今度は町の人々を殺しに行っていただろう。

 『呪魔』は私に力を与えただけ。たとえ、『呪魔』でなくたって、私が強力な魔術兵器でも手にしていたら、間違いなくそれを使って同じことをしただろう。

 私の中には恨みがあった。自分を虐げてきた人々と社会に対する恨みが。その恨みを晴らすだけの力がなかったから、ずっと、私はその屈辱に甘んじてきた。力さえあれば、すべてぶち壊してやれるのに。ずっとずっとそう考えていたのだ。


「……私はミリアお姉ちゃんの命をもらってまで生きる資格がない人間だから」


 いつかお姉ちゃんは言った。助けられる命ならば助けたい、と。だけど、私は助けられるべき命ではなかった。家畜の中でも病気を持っている個体は、他の個体を守るために処分される。それと一緒だ。

 命の灯が消えていく。意識が混濁し、視界がぐるぐると回り始める。ああ、もう死ぬんだ。それが解った。

 私は最後の力を振り絞って、動かない手をそっと持ち上げる。瞬間、ヴァイスとミリアお姉ちゃんは、それをしっかりと掴む。二人の手のぬくもりが解る。

 もはや、目を開けていることも困難になっている。だけど、まだ目を閉じたくない。せめて、最期の瞬間まで、二人の顔を見ていたい。


 ——私の本当の家族を。


 私はミリアお姉ちゃんを殺せなかった。

 たとえ、生き返るのだと解っていても、それだけはできない。

 だって、家族を傷つけたら、お父さんと同じになってしまうから。

 私は悪い子だけど、世界で一番悪い人にだけはなりたくなかったのだ。

 もう、言葉も出ない。

 もっと、もっとお話ししたかったのに。

 もっと、もっと一緒に居たかったのに。

 もっと、もっと抱きしめて欲しかったのに。


「エイラちゃん」


 ミリアお姉ちゃんの声。

 私の意識は掻き消え、虚空の世界に堕ちていく。


「私たちはずっと――」


 ああ、そうだ。

 私は、その言葉が――




 深い深い闇の中

 小さな光の道しるべ

 それをたどった行先に

 白く輝く小さな欠片

 私はそれに身を委ね

 しばらく眠ることにしました

 二度と覚めない夢の中

 私は眠ることにしました

 でも、もしも、もう一度だけ話せたら


 ――今度は笑ってお別れを

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