第4話「ひまわりの墓③」
「おい! 全員でこの男を捉えよ!」
ラグーザはそう叫び、ヴァイスと切り結んだ剣を放棄して、兵たちの後ろに転がるように逃げ込む。そのいっそ清々しいまでの逃げっぷりに歴戦の勇士であるヴァイスも少しばかり虚を突かれたために、彼を追撃することに失敗する。
ラグーザ=ローレンシアという男は傲慢ではあったが、愚物ではなかった。彼の増長した振る舞いは、自身の実力不足を熟知するが故の虚勢である。自分の戦闘力が並みの兵士以下であることを十分に承知している彼は、自分がヴァイスに叶わないことを悟り、逃げの一手を放ったのである。
「油断するな! こいつには何かある! 数の利のある内に包囲して殺せ! 弓で後ろの少女も狙え! 奴は守らざるをえんはずだ!」
力不足を貴族としての地位と悪知恵で補い、生き抜いてきた彼は、瞬間的に相手の嫌がる点を見抜く力を持っていた。小物であるが故の力とでも言うべきものか。彼は自分が優位なときはひたすらに付け上がるが、自分が少しでも不利であると悟ると徹底的に守りに入る性行を持っていた。
彼の指揮する兵士たちは彼の指示通りに行動を開始する。少女に弓を向けながら、油断なく隊列を組み、ヴァイスににじりよる。
ヴァイスからすれば、十数人程度の兵士など恐れるに足る相手ではなかったが、サクが弓で狙われていることだけが問題だった。この場面でヴァイスが最も恐れていたことは、自身が狂気に呑まれ、全員を皆殺しにすることであった。そうならないためには、サクを遠くに避難させたかったのだが、彼女が狙われているのなら、それも簡単ではない。ラグーザの指示は実に的確であったと言えるだろう。
ここに至り、戦局は硬直する。ラグーザの兵士たちはラグーザを、ヴァイスはサクを守らねばならない以上、互いに下手な行動を打つことができなくなったのだ。まるで、芝居を中途で中断するために幕が下ろされた瞬間のように、そこにいる者すべては身動ぎ一つしなかった。
そんな時の止まったような時間を打ち破ったのは、ひまわり畑の向こうから飛んだ声であった。
「双方剣をお納めください!」
その場に居た誰もが声のした方向にそっと視線を向ける。ひまわりの間から登場する人影。そこに立っていたのは、ミリアだった。
「どうか、剣を納め、私の話をお聞きください!」
「なんだ! 貴様は!」
戦いの場に突然に割って入った女にラグーザは苛立ち混じりの声を上げる。
しかし、ミリアはそんなラグーザの剣幕に怯むことなく、堂々とした様子で彼らに向かって宣言する。
「発言をお許しください、貴族様。これはこの村の今後に関わる重大な話です!」
「どこの馬の骨とも知らぬ虫けらが、この俺に指図するな!」
兵士という盾を得たラグーザは臆することなく、わめき散らす。
「何をしているおまえたち! あの女も弓で狙え! 的が増えたのだ! 有利になったのはこちらだぞ! 撃て! 撃てぇ!」
ラグーザの言葉に兵士たちは慌てて、弓をミリアの方にも向ける。
兵士たちもあくまで人間だ。武装もしていない女にいきなり矢を射かけることに躊躇いがなかったわけではない。しかし、今はそれ以上に状況の膠着が恐ろしかった。矢を放つことで今の緊張感を振り払いたい。そう思ってしまうのも無理からぬ話であろう。
そうして、兵士の一人がつがえていた矢をミリアに向かって放った。矢は空を裂いて飛び、ミリアに突き刺さった。そして、矢を受けた彼女はどっと後ろに倒れる。
「ミリアさん!」
状況に呑まれて黙り込んでいた少女サクは悲痛な叫び声を上げる。
それとは、対照的にその様子を見たラグーザは喜悦の声を上げる。
「いいぞ! その調子だ! 次はあの男を――」
その瞬間だった。
ラグーザを守っていた兵士たちは皆、地面に倒れ伏す。
「……は?」
ラグーザの眼前、髪の毛一つ分の距離に何かが映る。
――それは、研ぎ澄まされた剣の切っ先。
「……は?」
それはまさに一瞬の内に行われた。ヴァイスは全員の注目がミリアに集まった刹那の隙を見逃さず、十数人の兵士を声一つ上げさせずに切り伏せ、指揮官であるラグーザの首もとに剣を突きつけたのだ。
あまりの神業に当事者であるラグーザも状況を理解できず、呆けた顔で自分に向けられた剣を見ている。
「手荒な真似をして申し訳ありません。ですが、これでようやくお話をさせていただけそうですね」
ラグーザは視線だけを声がした方向に向ける。そこには、矢が額に刺さり、血を流している女が立っていた。先程の兵士が放った矢はやはり命中していたのである。しかし、額に刺さった矢など意に介した様子もなく、女は平然としている。
「ミリアさん……?」
「大丈夫ですよ、サクさん。私は丈夫なのでこの程度はかすり傷です」
端から見ればどう見ても致命傷なのだが、ミリアが余りにも堂々とそう話すので、サクは何も言えなくなってしまう。サクはとりあえず状況に任せ、推移を見守ることにした。
「私は村の周囲で語られているこの村の話に少し違和感を持ちました」
ラグーザは目の前の剣と矢が刺さったまま平然と話す女に圧倒され、何も言葉を発することができない。
「この村では罪人が『毒のひまわり』を育てさせられているそうです。おかしいとは思いませんか?」
ミリアは落ち着いた調子で言う。
「ここの村の人間は、なぜわざわざ『毒のひまわり』を育てさせられているのでしょうか?」
ミリアがしゃべっている間、ヴァイスは油断なく、ラグーザの様子に目を光らせている。
「刑罰だといえば、それまでですが、それならそれで、もっと役に立つ作物を育てさせればいいはずです。わざわざ危険なひまわりを育てさせる必要があったのでしょうか?」
サクはミリアの言葉に応じて言う。
「ミリアさん。それは多分、外の人は勘違いしてるんだと思う」
そう前置きして、サクは言う。
「私たちに与えられた罰は『ひまわりを使って、先祖が汚染した土地を浄化すること』。『毒のひまわりを育てること』じゃないです。ひまわりの毒は土地の汚染を引き受けた結果できるいわば副産物。確かに毒のひまわりには苦しめられているけど、それは結果論で、毒物を育てることが罰なわけじゃない」
「はい、私も最初はそう思いました」
「……………最初は?」
サクはミリアの言葉に首をかしげる。
「隔離された地域からの情報が歪んで伝わるというのは良くある話です。ですから、サクさんの言うようにどこかで話がねじまがった。そういうこともあり得るでしょう。しかし、それは真実ではありません」
ミリアはサクの目を見据えて言った。
「このひまわりは、元々毒を持っている特別な種のひまわりなのです」
「……え?」
ひまわりが元々毒を持っている……?
「正確には、この土地によって突然変異したひまわりです。長年に渡り、この土地でひまわりが栽培され続けた結果、ここのひまわりは毒ひまわりとでも呼ぶべき別の種に生まれ変わっていたのです」
サクはミリアの話に必死でついていく。
ひまわり自体が毒を持っているから、自分や妹たちは苦しみ、身体を壊していた。それが正しいとすれば――
「まさかこの土地はもう浄化されているというの……?」
自分たちがずっとやってきたことが無駄だったということ……?
悲痛な表情を浮かべているサクを慮るように、ミリアはゆっくりと頷き、答える。
「私は魔術師ではありませんが、魔術の真似事程度ならできます。試しにひまわりが咲いていない地面を調べたところ、どこにも汚染された魔素は見つかりませんでした。つまり、おそらくはサクさんの先祖の方々の尽力によって、土地の汚染は収まっていたのです。サクさん達が苦しんでいる毒は土地から来ているのではありません。毒を溜め込んで別の種になったひまわりが毒を持っている。おそらくはここのひまわりを別の土地に植えても、毒をもったひまわりとして育つはずです」
「そんな……」
「ここの人々は本来とっくの昔に解放されていなければならないです。しかし、土地がすでに浄化されていることを教えず、毒のひまわりを育てさせ続けたのは、その方が都合のよい人々が居たから……」
ミリアは剣を突き付けられ愕然としているラグーザに向かって言う。
「ハルの国はこの毒のひまわりを兵器に転用していますね?」
ラグーザはミリアの言葉に目を見開く。女が語っているのはハルの国の機密情報だ。なぜこんな小娘が、そのことを知っているのか?
動揺するラグーザに向かってミリアは言う。
「長く生きていると色々な噂を耳にします。もちろん、出鱈目も多いですが、中には真実もあります。突然変異した毒のひまわりの話は私も半信半疑でしたが」
村の周囲のものが『ひまわりの村では、毒のひまわりを育てさせられている者がいる』と語っていたのも、実は正鵠を射ていたのである。おそらくは機密が中途半端な形で漏れ伝わり、噂の中に埋没したのだろう。
ラグーザは状況に呑まれ、唖然とはしていたが、腹の底で自身が今から取るべき行動について必死に頭を巡らせていた。
状況は相当悪い。『汚染魔術兵器開発用植物』の回収が自分が王から与えられた任務。ひまわりの回収に失敗し、指揮を任された兵を失い、あまつさえ決定的機密の漏洩という現場に立ち会ってしまった。このまま、国に逃げ帰ったとすれば、処罰は免れない。
ハルの国は非常に王権の強い国だ。王とその子息が政治の実権を握っているが故に、他の国よりも貴族の地位は相対的に低い。平民に対しては優位に立てても、王からしてみれば貴族も平民も等しく虫けらだ。大失態を犯せば、文字通りの意味で首が飛んでもおかしくない。
(この秘密を知ったものを全員消す)
それしか自分が生きる道はない。ラグーザは覚悟を固め、一計を案じることにする。
「女よ」
ラグーザは息を整え、自分の腹の内を気取られぬように細心の注意を払いながら言う。
「おまえの言うことが本当なのであれば、我はこの村の者に謝罪せねばならない」
心にもない言葉を吐きながら、ラグーザは周囲の状況を確認する。門は空いている。あの小汚い娘とのいざこざで門を閉めるのを忘れていたのだ。それが唯一、自分に残された活路だ。
「我は知らなかったのだ。ひまわりを回収しろ、というのが我が王から与えられた任。我は土地がとうに浄化されていたということなど想像だにしなかった」
もちろん、これは真っ赤な嘘である。ラグーザは村の者が皆、騙されていることを知っていた。
「貴様の話が真実なら、我は我が王を問い質さねばならない」
予想外にもラグーザが協力的な姿勢を見せ始めたことに、ミリアもヴァイスも虚を突かれた。罪人を人ではないと蔑むような男が、状況の打開に、こうまで積極的な姿勢を見せるとは予想できなかったためだ。
「そうだ。貴様の話を聞いて、一つ思い出したことがある」
そう前置きして、ラグーザはミリアたちの背にあるひまわり畑を指を指す。
「あのひまわり畑の向こうの山の麓が見えるか?」
そう言われたミリアも、サクも、ヴァイスでさえも、思わずそちらに視線を向けた。それだけ、ラグーザの態度が自然であったためだ。
(――今だ!)
その一瞬の隙をラグーザは逃さない。全員の視線が外れた瞬間を狙い、ラグーザは一目散に出口に向かって走り出した。
「ヴァイスさん!」
ミリアに呼ばれたヴァイスは再びラグーザを捕まえようとするが、
「くっ!」
ラグーザが逃げながら放った炎の魔術がサクの方に向かって飛んでいた。ヴァイスは咄嗟にその斜線に回り込み、剣でその炎を切り落とす。
「きゃっ」
サクが小さな悲鳴を上げているが、魔術の威力は弱い。本当に初歩の初歩の技術だけで放たれた一撃という印象だ。それでも、サクを守らねばならないヴァイスの足止めには有効だった。
そうして作り出した隙を一秒も無駄にせず、ラグーザは門から転がり出ると、再び魔術を放つ。今度の魔術の炎は門の外に向かって放たれた。
「来い! 魔獣ども!」
炎は壁の周囲を徘徊している魔獣ケルベロスの背中にあたった。炎をぶつけられたケルベロスはゆっくりと振り返る。
「グルルルル」
魔獣は犬歯を剥き出しにして、怒気に満ちた唸り声を上げている。
「この村の住人を皆殺しにしろ!」
この魔獣たちはハルの国の魔獣使いによってしつけられているために、通常、壁の中には入ろうとしない。しかし、門が空いているときはその限りではない。門が空いていさえすれば、魔獣たちは悠然と村へと入り、住人たちを蹂躙する。
この魔獣どもがラグーザの最後の希望だった。この魔獣たちの力でこいつらを皆殺しにできさえすれば、再起を図ることができる。そう考えたのだ。
ラグーザはヴァイスから逃げるために魔獣の方へと走る。いかにあの男が人間離れした強さを持っていようとも、魔獣に対しては慎重にならざるを得ないはず。魔獣の側に居さえすれば、一先ずは安心なはずだ。
門から全力で走り、魔獣ケルベロスの足元にたどり着く。人間なんて目ではない大きさの獣だ。その爪もまるで剣のように大きく、鋭い。こんなものに裂かれれば一たまりもないだろう。
しかし、問題ない。自分には鈴がある。魔獣避けの鈴である。魔獣はあれを持っている者を襲わない。だから、こいつらを魔術で刺激して、村の中に引き込んで暴れさせれば、自分だけが助かるという寸法だ。
「覚悟しろ、貴様ら! 我が味わった屈辱、倍にして返して――」
ラグーザが、ヴァイスたちに向かって捨て台詞をはいている最中だった。
「ぐはぁ!」
ラグーザが間抜けな声を上げて、地面に倒れ伏す。
――一体何が……?
「……は?」
一瞬遅れて、ラグーザは自分の状況を理解する。自分は地面に横たわり、その上には魔獣の巨大な足が置かれていた。
ラグーザは魔獣に地面に組伏せられていたのだ。
「おい! 何をしているバカ犬! おまえの標的は我ではない! 我は鈴を――」
腰に下げていら鈴を掴み、魔獣に対してかざそうと試みるが――
「は?」
ラグーザの自らの腰に伸ばした手は空を切っていた。確かにそこにあったはずの鈴がなくなっていた。
「なんで、なんで、なんで?」
ラグーザは魔獣の足に押さえつけらたまま、周囲を必死で見回す。鈴はどこに――
「なあ」
そんなラグーザに声がかかる。
「探しているのは、これか?」
ヴァイスの手に握られていたのは、紛れもない自分が探している大事な鈴だった。
「……なんで?」
「さっき、おまえの首に剣を突きつけたときについでに取っておいた。これが魔獣避けの鈴だっていうのは、見たらわかったからな」
「……なんで?」
「こうでもしないとおまえが逃げると思ったから」
「……なんで?」
「おまえ、ずる賢そうだったから、念のために」
「…………………なんで?」
なんで自分は魔獣に押さえつけられている?
なんで自分はこんな任務をさせられている?
なんで自分は長男ではなかった?
なんで自分はこんなにも弱いんだ?
いくつもの疑問は駆け巡り、男の脳裏を埋め尽くす。しかし、男がその答えに辿り着くことはなかった。
気付けば男の首は魔獣の口の中。
こうして、ラグーザ=ローレンシアは命を落とした。
「終わったの……?」
サクは門の前に立つヴァイスの隣まで頼りない足取りで歩を進めた。
「……ああ」
「もう終わりです。すべて終わったんですよ」
サクの背後から近付いてきたミリアは優しい微笑みを見せる。頭に刺さった矢はなくなっている。傷もない。それどころか、矢が刺さっていたことなど想像もつかないくらいに彼女は美しく見えた。
「これから、この村で行われていたことを告発する必要があります。ハルの国が行っていた非道を咎め、ここの人たちが解放されるように取り計らわないと」
やらなければならないことはまだ残っている。
けれど、一先ずは――
「私、外に出てみてもいいですか……?」
サクは隣に立つ二人に向かって恐る恐る問う。
目の前には外の世界に続く門。ずっと閉ざされていたそれは、今大きく開け放たれている。
外に出ていいのだろうか? ずっと外の世界に行きたい、そう思ってきた。しかし、いざ目の前にそのチャンスがやってくると尻込みしてしまう。自分はこの中で生まれ、この中で育った。自分は外の世界を知らない。外の世界はもしかしたら、この場所以上に恐ろしい場所かもしれない。
それでも――
「サクさん」
ミリアは震えている彼女の肩をそっと抱く。
「それを決めるのは貴方自身です」
サクはミリアの顔をまじまじと見る。
彼女の微笑みは自分の中にあった冷たい感情を優しく溶かしてくれる。
「貴方はもう自由なのですから」
「………………」
サクは顔を上げる。
門の外には一面の森。この先には未知の世界が広がっている。もしかしたら、辛いこともあるかもしれない。恐ろしいこともあるかもしれない。
けど、それでも――
サクは恐る恐る一歩を踏み出す。
爪先が門の外に出る。
もう一歩踏み出す。
全身が門の外に出た。
自分が外の世界に足を踏み出した瞬間だった。
「あれ?」
なぜか目頭が熱くなっている。気付けば熱い涙が両頬を伝っている。
「なんで?」
外に出たいと思ったのは妹のためだった。妹が外に出してもらえるなら、自分はここで死んでも構わない。そう思っていたはずだったのに。
「……私は嘘つきだ」
妹のためなら自分を犠牲にできるなんて嘘だ。本当は外に出たかった。その証拠にたった一歩、外の世界に踏み出しただけで、胸がこんなにも高鳴っているのだから。
「……ミリアさん、ヴァイスさん」
サクは後ろに立つ二人に向かって言った。
「……ありがとうございました」
震える声でそう言って、サクは何度も何度も涙を拭った。
そして、三年の月日が流れた。
「準備が整いました」
「……はい」
私が村の外に出てから三年。様々なことがあった。外の世界は想像していた以上に刺激的で、思っていた以上に厳しい場所だった。
外の人間は、私たちを罪人として見た。毒の土地へ住んでいたという事実がその偏見をいっそう強いものにした。辛い出来事も、苦しい出来事もたくさんあった。
それでも――
「お姉ちゃん」
リムは私の隣に立っている。ベッドの上から起き上がることも困難だった彼女がこうして元気に歩き回っている。その事実だけで私には十分だった。
「……うん、押すよ」
私たちは三年ぶりにひまわりの村を訪れていた。世話をする者が居なくなったひまわり畑は、幾分か荒れていたが、それでもひまわりたちは変わらず、太陽に向かって堂々と咲いていた。
三年かかったのは、この土地を色々な人に調べてもらう必要があったから。ミリアさん一人の証言で、ハルの国で行われていた機密を公にすることは困難だった。ハルの国の王族に直訴したとしても、握り潰されるのは目に見えていた。
故にミリアさんは国際社会に訴えることにした。
休戦こそしているものの、未だハルの国と戦争状態が継続しているアルエスタにこの土地の現状を訴えでたのだ。これは予想以上の効果があった。アルエスタからすれば、これはハルの国における重大な人権侵害事件だ。これはアルエスタにとって、政治における重要なカードになった。おかげで、ハルの国は国際社会において大きな非難の的となり、その地位を降下させたのだ。
ここまでトントン拍子に話が進んだのは、一重にミリアさんのおかげだ。あの人はなぜか各国の様々な人物にパイプを持っていた。あの人はいったい何者なのだろう。矢を頭に受けても平気であったり、普通の人間でないことは明らかだったが。
しかし、彼女は私の恩人だ。少なくとも私にとってはそれで十分だった。
三年をかけた調査は終了した。ひまわりの調査は主にレヴィアルビオ王国が指揮をとった。ハルの国と戦争状態を継続しているアルエスタに国家内に踏み込むことだけはハルの王も了承しなかったからだ。
そんな調査も終了した。そして、残ったひまわりはすべて焼却処分することが決定した。ひまわりに火をつければ、毒は煙に乗り、拡散してしまう。その辺りの問題は、レヴィアルビオが集めた魔術師が解決してくれるらしい。風の魔法を用いて、有害な空気を浄化するとのことだ。
私は自らひまわりに火をつける役目を願い出た。といっても、最後に着火のスイッチを押すだけの役目だ。レヴィアルビオの国の役人は被害者である私の意志を最大限汲んでくれ、そのスイッチを押す権利をくれた。そこには政治的な思惑などもあったのかもしれない。それでも、私にとってはありがたい話だった。
私はこのひまわりたちを私の手で終わらせたかった。そうしないとこれ以上は前に進めないと思っていたから。ミリアさんたちに導かれ、初めて外の世界に足を踏み出した日を思い出す。あれは本当は一歩目に過ぎなかった。今ここでひまわりを燃やすことで、私はようやく歩き出せる。
私は着火スイッチに手をかける。このまま力を込めれば、ひまわりは一気に燃え上がるはずだ。
私はひまわりの墓の方に目をやる。荒れ果ててはいたが、どこが私たちの墓標だったのかはすぐにわかった。
あの下にはたくさんの人が眠っている。お父さんも、お母さんもいる。本当はあそこには妹も居たはずだ。
私は隣に立つリムをもう一度見る。
目が合うとリムは優しく微笑んだ。
私はゆっくりと頷くとスイッチに力を込めた。
火は導火線を伝い、ひまわり畑へと迫る。ひまわりの周囲に撒かれていた油に火がつく。その火は瞬く間に黄色いひまわりたちを呑み込んでいく。パチパチとひまわりが焼ける音がする。あまり、煙たくはない。これは魔術師たちの力なのだろうか。
黒い煙は空へと立ち上っていく。これで本当に最後だ。
黄色い花を彩る嘘みたいに真っ赤な炎。それは、幻想的な美しさを持っていて――
「さよなら、ひまわり」
私の頬を最後の涙が伝った。
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