第21話 油断(※三人称視点)
ユーイ・ノイディは婚約者を大事に想っていながら抗い様のない何かに惹かれるように、アンジュに近づた。
いけないことだと分かっているのに止められない衝動に突き動かされ、気が付けば婚約者のリリアンヌに婚約破棄の話を持ち出し傷付けてしまう。
罪悪感を感じてはいたがアンジュの傍に居ると余計なことを考えなくていい気がして思考を放棄していた。
しかしそれも長くは続かない。
アリス達がレイジと話をして居るのと同時刻、ユーイはアンジュに呼び出されていた。
場所は校舎の屋上。生徒は殆ど寄り付かない、なぜならここは本来生徒の立ち入りが禁止されているからだ。
なぜこんな場所に自分を呼び出したのかと聞けば彼女はうっすらと頬を赤らめて「二人きりになりたくて」と告げる。
愛らしい容姿の女性にそんな思わせぶりなことを言われて心が全く動じない男は居ない。ユーイもその一人である。
けれどどうしても頭の片隅にリリアンヌの姿が浮かぶ、彼女を傷付けた自分にはリリアンヌの事を考える権利などないと言うのに。
二人きりの屋上でアンジュは暫くユーイの事を見つめていたが、いきなり腕を伸ばして彼に抱きついてきた。
突然の包容に動揺したユーイは頬を染めてアンジュを受け入れる。
「ユーイ様、私……ユーイ様の事、凄く大事に思っています」
甘く切ない声でそう言われユーイは胸が高鳴るのを感じた。
「だから、どうしても……ユーイ様が必要なんです。私の一番欲しいものを手に入れるために」
「アンジュ嬢…?」
「ねぇユーイ様、『その体を私のお友達に譲って下さい。』」
アンジュがそう告げた途端、急に体が動かなくなる。動揺するユーイを見つめるアンジュの足元から黒い影のようなものが溢れだし彼の体を捕まえ覆っていく。
抵抗しようと思うのに体は全く動かないどころか明け渡してしまおうと意思がねじ曲げられるような干渉を受けて、ユーイは必死に抵抗する。
(このままじゃいけない!)
黒く染まっていく視界の中でユーイは必死にもがく。するとどうした事か、自分の意識が体から抜け出たではないか。目の前には自分の体が見えた。
驚くユーイだが分離した意識まで取り込もうとする影を見て捕まる前に走り出す。
(誰かに知らせないと…!そうだ、リリアンヌなら…!)
なぜ意識だけが抜け出たのか分からない、けれど一刻も早くリリアンヌの元に行かねばならない。その一心でユーイはその場から逃げ出した。
「ちっ、魂は逃したか…」
静まり返った屋上で黒い影を取り込んだユーイの体は舌打ちをした。
「必要なのは器だけでしょう?なら魂がどうなろうと構わないわ。それにあのままじゃ誰にも認識してもらえない訳だし。それより、実体を得られたんだからしっかり働いてよね」
「わかってるって。そう急ぐなよ、急いては事を仕損じるって言うだろ」
呆れたようにため息をつくアンジュを尻目に、ユーイの体は楽し気に笑った。
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