第18話 契約-アンジュ視点-

…この世界は私のための世界…そのはずだ。


『私のジェード様に触らないで』

『ジェード様は私の婚約者です。貴女が気安く触れていい相手ではありません』


自分の幸せを私に見せつけてるんだわ、あの王女!

地位も財産も待遇も良ければ婚約者まであんな素敵な人を…私は何もなかったのに!


苛立ちに任せて校舎を走り、気が付けば学校の敷地の隅に来ていた。

空は暗く、そこに浮かぶ月でさえ私を嘲笑っているかのように見える。

前世の時と同じだ。

母親にベランダに放り出された時もこんな風に月は私を嘲笑っていた。あの時は悔しいも悲しいも辛いも分からなかった。

でも今は分かる。分かってしまう。



「なんで……!なんでよ!!私は欲しいものを手に入れるため努力したわ!なのになんで、私より恵まれている努力したことないような子が幸せを手にいれるの!?狡いじゃない!私は……愛されたいだけ…それだけでいいのに!」


愛されるために知識を得てそれを活用してきた。

けれど、私が欲しかったのは……本当に欲しかったのはあるがままの私を受け入れてくれる唯一無二の人だと気が付いてしまった。

作り上げた虚像の私を愛する人間なんて必要ない、価値が無いのだ。


ジェード先生とあの王女の姿がとても羨ましかった、無理矢理婚約者にされたのだと言いながらも私もあんな風に大事に思える人に出会いたいと心の底で願っていたのだ。

熱くなった頬を溢れた涙が冷やしていく。


「…なんで、私ばっかり…」


前世からずっとそうだ。

私ばっかり耐えて耐えて耐えて。


この時、もし私が今生で両親に愛されたときの感情を思い出して居たならば悪魔の囁きに耳を貸すことは無かっただろう。私は一時の感情に流されて目が雲っていたのだ。


だから願ってしまった。


『あの王女から何もかも奪ってやりたい、全部私のものになればいいのに』と。


「誰でもいいからあの王女と先生を引き離してくれればいいのに!!」


吐き捨てたその言葉を拾うものが居たなんて思わなかった。


―――その願い、俺が叶えてやるよ――


耳元から楽しげに笑うような声が聞こえてばっと振り返ると口許に笑みを浮かべた男がひとり立っている。


――お前の望みと俺の望みは一致している。協力しないか?――



男は口を開いていないのに声は私のすぐ近くから聞こえる。

彼が人外であることはすぐに理解した。

しかし、私は目の前に現れたそれが持ち掛けた話を疑うことなく受け入れた。

それほどに心が黒い感情で支配されていたのだと思う。


「私の願いを叶えてくれるならなんでもいいわ!だってこの世界は私のための世界だもの!」


その言葉に男は目を細めてニヤリと笑った。


――契約は完了だな、俺がお前の力になる。あの教師をお前のものにしてやる、そしてあの王女は…俺のものだ――

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